ー第3節 最強のS級探索者、白石玲奈の登場。彼女が求めていたのは強い武器でもレアアイテムでもなく、チリひとつない床だった
第3節 最強のS級探索者、白石玲奈の登場。彼女が求めていたのは強い武器でもレアアイテムでもなく、チリひとつない床だった
その頃。
同じ第三層の奥地から、一人の女性がふらふらと歩いてきていた。
白銀のロングヘアに、オーダーメイドの純白のバトルスーツ。手には国宝級の魔剣。
日本最強と謳われるS級探索者、白石玲奈二十二歳だ。
だが、今の彼女は「最強」のオーラを微塵も感じさせないほど憔悴しきっていた。
「……無理。もう無理……」
彼女は壁に手をつき、嗚咽を漏らす。
玲奈には致命的な弱点があった。
重度の潔癖症である。
ダンジョンの汚穢、魔物の返り血、カビの臭い。そのすべてが彼女の精神をゴリゴリと削っていく。
高い戦闘能力を持ちながら、彼女が長期探索を行えない理由はそこにあった。
「早く帰ってシャワー浴びたい……。なんでダンジョンってこんなに汚いの……。不潔、不潔、不潔……」
今日は特に酷かった。スライムの群生地を突破しなければならず、スーツに粘液が付着してしまったのだ。
パニック寸前の状態で出口を目指していた彼女は、ふと顔を上げた。
「……え?」
目の前に広がる光景に、彼女は我が目を疑った。
そこは、薄暗く汚いダンジョンの通路のはずだった。
だが、彼女の視界にあるのは、高級ホテルのロビーのごとく磨き上げられた床。
壁はシミ一つなく白く輝き、空気は清浄機を通したかのように澄んでいる。
ほのかに香るのは、安っぽい芳香剤ではなく、洗い立てのリネンのような清潔な香り。
「なに、ここ……」
玲奈はおそるおそる、そのエリアに足を踏み入れる。
ブーツの裏が、キュッと心地よい音を立てる。
埃がない。ゴミがない。血痕も、ヌメリも、何もない。
「あっ、あぁ……」
彼女の口から、陶酔の吐息が漏れる。
不快指数ゼロ。
ストレスフリー。
彼女が求めてやまなかった「完全なる清潔」が、そこにあった。
「ここは、天国……?」
ふらふらと光に吸い寄せられるように進むと、その中心に一人の男がいた。
作業着姿の、冴えない中年男性。
彼は一心不乱に床を磨いていた。その動きには迷いがなく、神々しさすら感じられた。
彼がモップを一振りするたびに、世界が浄化されていく。
玲奈は見た。
彼が近づいてきたスケルトンを、「あ、ホコリ」と呟きながら雑巾で一拭きし、骨の粉すら残さず消滅させる瞬間を。
(聖属性魔法? いいえ、違う。魔力の波動を感じない。あれは……純粋な技術?)
男は仕事を終えると、満足げに頷き、プシュッと缶ビールを開けた。
その横顔は、ダンジョンの深淵で戦うどの英雄よりも輝いて見えた。
「神様……」
玲奈はその場に膝をついた。
汚れることを恐れて地面に座ることなど決してしなかった彼女が、この床なら頬ずりすらできると確信して。
一方、俺は仕事を終え、二本目のビールを開けたところだった。
「ふぅー、終わった終わった! 今日の俺、キレッキレだったな!」
『お疲れ、勤ちゃん! 最高の「現世浄土」だったよ!』
おつまみと祝杯を上げようとした時、背後から視線を感じた。
振り返ると、銀髪の美少女が涙目でこちらを見上げている。
あれ? この人、テレビでよく見る白石玲奈ちゃんじゃないか?
「あ、あの……お掃除中、すみません」
彼女は震える声で言った。
「え、あ、はい。株式会社クリーン・ダンジョンの田中です。足元滑りやすくなってるんで、気をつけてくださいね」
俺は愛想笑いを浮かべてペコペコする。クレームだろうか。ワックスが臭いとか。
しかし、彼女の次の言葉は予想外だった。
「弟子に……してください」
「はい?」
「この清浄なる領域を作り出した貴方を、崇拝させてください!」
「……はぁ?」
こうして、ただの清掃員である俺と、謎の毛玉おつまみ、そして潔癖症の最強探索者による、勘違いだらけのダンジョン清掃ライフが幕を開けたのだった。




