ー第2節 スキル発動。「徹底清掃」はただの掃除じゃない、この世の不浄を物理的にも概念的にも拭き取る最強の家事スキルだった件について
第2節 スキル発動。「徹底清掃」はただの掃除じゃない、この世の不浄を物理的にも概念的にも拭き取る最強の家事スキルだった件について
俺の体は、まるで若返ったかのように軽かった。
普段なら重く感じるポリッシャー(床洗浄機)も、片手で振り回せそうなほどだ。だが、今の俺が選んだ武器はモップだった。
「そこだッ!」
シュパッ!
鋭い風切り音と共に、モップが廊下を滑る。
ただ床を拭いただけではない。モップの繊維一本一本が、床の微細な凹凸に入り込み、長年蓄積された汚れを分子レベルで掻き出していくような感覚。
一度通った場所は、まるで新品の鏡のように光り輝き、天井の蛍光灯を反射していた。
「す、すごい……! なんだこれ、新品みたいだ!」
俺は自分の仕事に感動していた。
会社支給の安物洗剤を使っているはずなのに、効果が段違いだ。
俺の持つユニークスキル「徹底清掃」。鑑定士には「ああ、主婦の方がよく持ってるやつですね。便利ですよ」と鼻で笑われたスキルだが、今夜は何かが違う。
毛玉――俺は勝手にこいつを「おつまみ」と呼ぶことにしたが――から送られてくるエネルギーが、スキルの出力を限界突破させているようだった。
『いいよいいよー! その調子! 汚れという汚れを根絶やしにするんだ!』
おつまみは俺の肩にちょこんと乗り、ポンポンのような手(?)を振って応援している。
「よし、次は壁だ!」
俺は壁面にこびりついた血痕のようなシミに向かった。これは高圧洗浄機を使っても落ちなかった頑固な汚れだ。
雑巾を構え、気合いを入れる。
丹田に力を込め、一気に拭き上げる。
「ふんっ!」
キュッ、という音と共に、シミは完全に消滅した。
それだけではない。壁のクロスが張り替えられたかのように白さを取り戻し、空気中のカビ臭さまでもが一瞬で霧散した。
「……気持ちいい」
俺の中で、快感が走る。
掃除とは、ただ汚れを落とす行為ではない。無秩序な状態(エントロピーの増大)に秩序をもたらす、崇高な儀式なのだ。
俺が手を動かすたびに、世界が綺麗になっていく。俺の支配領域が広がっていく。
これは万能感だ。会社では誰にも認められない俺が、ここでは神になれる。
ズズズ……。
調子に乗って廊下を進んでいた時、角の向こうから不穏な音が聞こえてきた。
半透明の身体をした人型の影。
ゴーストだ。
物理攻撃が効きにくく、探索者たちが嫌がるモンスターの筆頭。触れられれば生命力を吸い取られる。
「ひっ、出た!」
俺は反射的に身構える。清掃員向けの護身用スタンガンは持っているが、ゴーストに効くわけがない。
逃げなければ。
そう思ったが、足が動かない。恐怖のせいではない。
俺の目が、ゴーストの足元にある「汚れ」に釘付けになっていたからだ。
ゴーストが通過した床には、黒いヘドロのような霊体がボタボタと垂れ落ち、せっかく磨き上げた床を汚していた。
「あ……」
俺の脳内で、何かが切れる音がした。
「俺の……俺の床を……!」
『勤ちゃん、怒りのままに! あれはただの「動く汚れ」だ!』
おつまみの声が響く。
そうだ。あれはモンスターじゃない。
この美しい空間における、除去すべきシミだ。
「土足で……あがるなぁぁぁぁっ!!」
俺は叫びながら、モップを構えて突撃した。
常識的に考えれば自殺行為だ。だが、今の俺には「掃除道具」以外の認識がなかった。
ゴーストが不気味な悲鳴を上げて襲い掛かってくる。
俺はそれを、床の汚れを拭き取る要領で、横一文字に薙ぎ払った。
バシュッ!!
モップの先端がゴーストの脇腹を捉える。
本来ならすり抜けるはずの霊体が、濡れた雑巾で埃を拭き取った時のように、ごっそりと「拭き取られた」。
「ギャ……!?」
ゴーストが驚愕(に見える反応)を示す。
俺は止まらない。
返しの一撃。上からの叩きつけ。仕上げの乾拭き。
「落ちろ! 落ちろ! しつこい汚れは二度拭きだ!」
シュパパパパッ!
目にも止まらぬ高速のモップさばき。
ゴーストの身体はみるみる削り取られ、ただの黒いチリとなって霧散していく。
そして最後の一拭きで、核となる魔石ごと綺麗サッパリ消滅させた。
「……ふぅ。頑固な汚れだったな」
俺は額の汗を拭う。
手には、キラリと光る魔石が残っていたが、俺にとっては「掃除機の中に溜まったゴミ」程度の認識しかなかったので、無造作にゴミ袋へと放り込んだ。
『すげえよ勤ちゃん! 今の、物理無効のゴーストだよ? それを「洗浄」しちゃうなんて!』
「ん? ああ、最近の洗剤はすごいな。除霊効果まであるのか」
俺は本気でそう思っていた。
株式会社クリーン・ダンジョン、福利厚生は最悪だが、資材調達課だけはいい仕事をしているらしい。




