表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/20

第5章 第1節 未曾有の危機、スタンピード発生。瘴気に包まれた東京で、田中が一番気にしていたのは避難所の空気の悪さとビールの温度だった

第5章 世界浄化宣言


第1節 未曾有の危機、スタンピード発生。瘴気に包まれた東京で、田中が一番気にしていたのは避難所の空気の悪さとビールの温度だった


 その日、東京の空は不気味な紫色に染まっていた。

 気象庁の発表によれば、これは「大規模魔素汚染マナ・ハザード」の前兆。都内各所のダンジョン深層から、未知の瘴気が地上へ溢れ出したのだ。

 瘴気は生物に幻覚を見せ、精神を蝕み、最終的には魔物化させるという最悪の代物だった。


 政府は緊急事態宣言を発令。都民は地下シェルターや、結界で守られた指定避難所へと殺到していた。


「あー、狭い。うるさい。空気が悪い」


 新宿区の地下避難所。すし詰め状態の人々の中で、田中勤は膝を抱えてぼやいていた。

 彼の周りには、例によってクリーン・ダンジョン社の社員たちや、白石玲奈が確保したスペースがあるため多少マシではあるが、それでも環境は劣悪だった。

 何より、換気システムが追いつかず、人々の恐怖から来る脂汗の臭いと、漏れ出した瘴気のカビ臭さが混ざり合い、鼻をつく悪臭となっていた。


「せっかくの休日出勤手当で買ったプレミアムモルツが……」


 田中はリュックから、奮発して買った高級缶ビールを取り出した。

 しかし、プルタブを開ける気になれない。

 酒というものは、飲む環境が重要だ。こんな汚れた空気の中で飲んでも、本来の芳醇な香りなど楽しめるはずがない。


「……まずそうだ」


 田中は缶を見つめ、深いため息をついた。

 世界が滅びるかもしれないという状況で、彼が心配しているのは「晩酌のクオリティ」だけだった。


「田中顧問! こんなところで黄昏れている場合ではありません!」


 白石玲奈が血相を変えて駆け寄ってきた。彼女は先ほどまで、地上の防衛ラインで瘴気を食い止める戦闘に参加していたはずだ。その白いバトルスーツには、珍しく煤汚れが付着している。


「おや、白石さん。汚れてますよ。ウェットティッシュあげましょうか?」


「それどころじゃありません! 防衛ラインが突破されました! このままだと、この避難所にも瘴気が流れ込んできます!」


 玲奈の悲痛な叫びに、周囲の社員たちがざわめく。

 瘴気が入れば、ここにいる数千人の市民はパニックに陥り、最悪の場合、全員がモンスター化してしまう。


「政府のS級探索者たちも、瘴気の濃さに手が出せないんです! 物理攻撃が効かない霧のような相手に、どう戦えばいいのか……」


 玲奈は悔しそうに拳を握りしめた。

 彼女の「聖剣」も、汚れそのものである瘴気の前では無力だったのだ。


 ドォォォォン……!

 地上の爆発音が、地下まで響いてくる。

 天井からパラパラと埃が落ちてきた。その埃すら、どこか禍々しい紫色を帯びている。


「あーあ、俺のビールにホコリが入っちゃうよ」


 田中は眉をひそめ、缶の飲み口を手で覆った。

 その表情には、恐怖ではなく、純粋な不機嫌さだけが浮かんでいた。


「もう我慢の限界だ。こんな不味い酒、飲めるか!」


 田中が立ち上がった瞬間、彼の背後の空間が歪んだ。


『おやおや、勤ちゃん。ご機嫌斜めだねえ!』


 いつものように、枝豆の殻のような毛玉――おつまみが出現した。

 だが、今回のおつまみは様子が違った。

 普段の倍以上の大きさになり、全身からバチバチと火花のようなエネルギーを放っている。この街を覆う「絶望」の総量が多すぎて、おつまみ自身も興奮状態にあるようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ