ー第4節 勘違いは止まらない。「最近の栄養ドリンクはすごい」と本気で信じる田中と、彼を「癒やしの神」と崇める信者たちの誕生
第4節 勘違いは止まらない。「最近の栄養ドリンクはすごい」と本気で信じる田中と、彼を「癒やしの神」と崇める信者たちの誕生
一時間後。
持参した酒とつまみがなくなったので、俺は撤収することにした。
「よし、そろそろ仕事に戻るか」
俺が立ち上がり、空き缶をゴミ袋に入れる。
すると、今まで周囲を満たしていた温かい光――回復フィールドが、スゥッと消滅した。
「ああっ! 極楽が!」
「待ってくれ! まだ行かないでくれ!」
「あと五分! いや一分でいいから!」
探索者たちから悲鳴のような嘆願が上がる。
まるで、真冬にコタツを奪われた猫のような必死さだ。
「えぇ……? もう休憩時間終わりですよ? 皆さんも早く帰らないと、終電なくなりますよ?」
俺は不思議そうに首を傾げた。
彼らが求めているのが俺の「存在」そのものだとは露知らず、単に話が盛り上がって名残惜しいだけだと解釈したのだ。
「また会ったら、一緒に飲みましょうね」
俺は爽やかに手を振り、ポリッシャーを押して去っていった。
その背中には、さっきまであった疲労感など微塵もなく、肌艶も二十代の頃のように輝いていた。
「……神だ」
「癒やしの神が、去っていかれた……」
残された探索者たちは、涙ながらに合掌した。
彼らの身体は全快し、肌はピカピカ。明日からの探索効率が劇的に向上することは間違いなかった。
玲奈は、去っていく田中の背中を見つめながら、拳を握りしめた。
「田中様……。貴方の清浄な領域は、心だけでなく、肉体までも浄化するのですね」
彼女の中で、田中への信仰心はさらに強固なものとなった。
そして彼女は決意する。
この素晴らしい力を、独り占めしてはいけない。いや、むしろ田中様が快適に清掃できるように、私が環境を整えなければ。
「まずは、田中様が休憩するための『移動式特別休憩所(神殿)』の設計図を書かなくちゃ……」
ズレた方向へ暴走を始める玲奈。
一方、俺は帰り道、自分の手の甲を見て呟いた。
「いやー、しかし最近の栄養ドリンクは効くなぁ。肌荒れも治ってるし。メーカーに感謝状でも送るか」
俺は完全に、ドラッグストアの安売りドリンクのおかげだと思い込んでいた。
おつまみが『いやいや、僕の力だってば!』とツッコミを入れているが、その声は上機嫌な鼻歌にかき消されていた。
こうして、新宿ダンジョンには新たな伝説が生まれた。
――深夜、どこからともなく現れる中年男性の宴会に混ざると、あらゆる病気や怪我が治り、若返る。
その噂は瞬く間に広がり、俺の知らないところで「田中を探せ」というクエストが、探索者たちの間で大流行することになるのだった。
(第3章 完)




