ー第3節 噂は光の速さで広まる。田中の休憩所は「現代の理想郷」と呼ばれ、S級探索者すら整理券を求めて並びかける事態に
第3節 噂は光の速さで広まる。田中の休憩所は「現代の理想郷」と呼ばれ、S級探索者すら整理券を求めて並びかける事態に
その光景を、少し離れた木の陰から熱い視線で見つめる少女がいた。
白石玲奈である。
彼女は田中の「一番弟子」を自称して以来、彼の清掃業務を影から(勝手に)護衛していた。
「……素晴らしい」
玲奈は恍惚としていた。
田中様の周囲だけ、空気が違う。
まるで高原の朝のような清々しさ。不浄なものが一切存在しない、完全なる聖域。
「私も……あのブルーシートという名の結界に入りたい……」
S級探索者としてのプライドなど、今の彼女には無意味だった。
彼女は意を決して、茂みから飛び出した。
「た、田中様! 奇遇ですね! こんなところでお会いするなんて!」
わざとらしい演技で近づく玲奈。
「おや、白石さん。また会いましたね」
俺は驚かなかった。最近、どこの現場に行っても彼女に会うからだ。熱心なファン(?)なのだろう。
「白石さんも休憩ですか? どうぞどうぞ」
俺がシートの端を勧めると、彼女は「失礼します!」と最敬礼をして正座した。
そして、その空間の効果を肌で感じ取り、身震いした。
(細胞の一つ一つが洗浄されていく……! 体内に蓄積された毒素も、疲労物質も、すべてが浄化されていくわ!)
玲奈は深呼吸をする。
肺の中が洗われるようだ。
ふと自分の手を見ると、ささくれ立っていた指先が、赤ちゃんのように滑らかになっている。
「これは……究極の美容法……いえ、究極のメンテナンス……!」
玲奈の目が輝く。
この効果は、金で買えるものではない。世界中の富豪が全財産を投げ打ってでも欲しがる「若返り」と「健康」そのものだ。
――そこへ、新たな足音が近づいてきた。
さきほどのパーティがSNSで「新宿ダンジョンに奇跡の泉(おじさん付き)出現!」「座ってるだけで全回復!」「肌年齢が十歳若返る!」と拡散してしまったらしい。
噂を聞きつけた探索者たちが、続々と集まってきていた。
「あそこか! 噂のパワースポットは!」
「頼む! 俺の呪いを解いてくれ!」
「エステ予約してたけどキャンセルしたわ! こっちの方が効くって聞いたの!」
数十人の探索者が、俺たちを取り囲むように集まってきた。
俺は目を丸くした。
「えっ、なに? みんな休憩? 今日は混んでるなぁ」
俺は慌てず騒がず、予備のブルーシートを追加で広げた。
クリーン・ダンジョン社では「現場の整理整頓」も大事な仕事だ。
「はいはい、押さないで。順番に座ってくださいねー。ゴミは持ち帰ってくださいよー」
俺の誘導に従い、荒くれ者の探索者たちが、幼稚園児のようにお行儀よく体育座りで並び始めた。
その光景は異様だった。
ダンジョンのど真ん中で、ブルーシートの上で酒を飲むおじさんと、その周りで至福の表情を浮かべて瞑想する数十人の武装集団。
「あぁ……生き返る……」
「腰痛が……消えた……」
「明日も仕事頑張れる……」
あちこちから感謝の言葉が聞こえてくる。
それを聞いて、おつまみは俺の頭の上でケラケラと笑っていた。
『すごいね勤ちゃん! 君はもう、歩くリラクゼーション施設だね!』
「何言ってんだ。俺はただ、皆で楽しく飲んでるだけだよ」
俺は本当にそう思っていた。
みんな疲れてるんだな。現代社会はストレス社会だし、ダンジョンも大変なんだろう。




