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【短編】外れ扱いされ捨てられた聖女は魔女になることを選んだ

掲載日:2026/02/21

「サラ、お前はハズレ聖女どころか魔女だ、魔物に食われて死ね!」


 罵倒の声と共に背中を思い切り蹴飛ばされ私は馬車から突き落とされた。


「うぐっ」


 無様に顔から地面に突っ込んだ私を蹴り飛ばした男は馬車の中から嘲笑う。

 しかし下品な笑みから一転、怒りを露にして叫んだ。


「アリスはこの僕が花嫁として幸せにしてやる、僕の国に戻ってきたら火炙りにしてやるからな!!」


 その声を最後に馬車のドアは閉められ、私を置いてそそくさと去っていく。

 車輪の音が遠ざかり完全に聞こえなくなるのを確認し私はゆっくりと起き上がった。


「確か、魔族の領地とか言っていたわね……」


 力いっぱい男の力で蹴り飛ばされたが体に痛みは無い。

 顔から固い地面に突っ込んだが鼻も折れていなかった。


「頑健ね……あの馬鹿王子はハズレスキル扱いしてたけど、普通に便利じゃないこれ」


 日本に帰れた後も持って帰りたいぐらいだわ。

 私は一人呟く。


「まあ、戻れないらしいけど」


 そう冗談めいて呟いた途端目の前が潤む。瞬きすると涙が一粒零れた。

 私がこのゲームみたいな世界に召喚されたのは二か月前だ。



 □□□



 仕事帰り、突然前を歩いていたセーラー服の少女の足元が光輝いた。

 何事かと私もギョッととしたが少女もパニックになったらしい。


「やだ、なんで動けないの?! ……誰か助けて!」

「落ち着いて、この手を掴んで」


 泣き叫ぶ金髪の少女に私は駆け寄り、手を伸ばす。

 彼女がその手を掴んだ瞬間、雷に打たれたような衝撃に襲われ私は気を失った。


 それからは悪夢のようだった。

 私と金色の髪の少女は魔族と人間が戦っているファンタジーゲームのような世界に居た。


 そして私たちは魔族と対立する人間側の王家が召喚したらしい。

 異世界から召喚された少女はこの世界では聖女と呼ばれ魔王にさえ対抗出来る他数々の奇跡を起こせるらしい。

 確かに私が助けようとした金髪の女の子、有栖ちゃんは聖女のような子だった。


 本来は有栖ちゃん一人を召喚する筈だったのに私がついてきたせいで聖女の権能は二分されたらしい。

 この国を守るために必要な結界や退魔、天候操作や豊穣の能力は有栖ちゃんに。

 そしてこの世界で生活しやすくなる為の頑健や自動翻訳の能力は私に気付いたら付与されていた。


 つまり有栖ちゃんは全く言葉の通じない異世界に放り出された形になるのだ。

 けれど彼女は私が自分の能力を奪ったと責めることはなく、寧ろ自分が連れて来てしまったと泣いて謝った。


 そんな彼女に私も当然申し訳なくなり謝罪合戦を経た後、私はこの娘と二人三脚のような形でこの世界を生き抜くと決意したのだ。

 どうやら召喚した神官の説明によると私たちはどちらもあの日死ぬ運命だったらしい。

 だから本来呼ばれてない私も有栖ちゃんと一緒にこの世界に魂が引っ張られたという話だった。


 私はもう二十三歳の社会人だ。

 召喚側に都合良すぎる説明を鵜呑みにする気は無かった。

 だけどこの国の人間たちが私たちを元の世界に帰すつもりが無いのだけは理解していた。


 だから生きる為に私たちを召喚したこの国、セラフィスに従う振りをした。

 有栖ちゃんは魔族が国に入らないよう指定された土地に結界を張り続けた。

 そして魔王の瘴気に汚染された土地を浄化し、水の足りない土地には雨を降らし雨続きで困る地は晴らした。

 正直聖女というより女神のような能力だ。


 私はというと、そんな大それた能力は無い為に主な仕事は有栖ちゃんの通訳係だった。それとメンタルケアだ。 

 時間がある時は彼女に望まれて異世界言語の家庭教師のようなこともした。

 私たちは二人だけの異世界人で同性だった為短い間で姉妹のような近い関係になった。


 金髪ハーフで人形のような容姿の有栖ちゃんと黒髪和顔の私は全く似ていない。

 それでも彼女は私を『沙良お姉ちゃん』と呼んで懐いてくれた。

 有栖ちゃんはまだ十四歳だ。親や友達を恋しがり泣く彼女を慰めながら私も泣いた夜もあった。


 それでも侍女含め現地人の何人かと仲良くなり大勢の人を守る為なら頑張っていた有栖ちゃんだが、それを妨害する者がいた。

 セラフィス第一王子のベルナールだ。

 彼は今年二十七歳になるらしいが何と有栖ちゃんを女性として気に入り妻にしてやると連日口説いた。


 確かに美男子だが有栖ちゃんより十歳以上年上の男だ。

 それが隙あらば少女の頬に触れたり掌にキスをしたり肩を抱いて「子供はまだ早いな」と囁く。

 子供と言うのが有栖ちゃんの事ではないと気付いた瞬間、凄まじい鳥肌が立った。


 三十歳近い男が十四歳の少女を妻にしようと狙う姿は吐き気がした。

 彼に興味を持たれていない私でさえ気持ち悪かったのだから当事者である有栖ちゃんのダメージは酷かった。


 有栖ちゃんの精神状態は彼女の能力に直結するらしい。

 だからか神官や第二王子たちは出来るだけベルナールからの接触をガードしてくれた。

 しかし国王夫妻は自分の息子のおぞましい行動を止めはしない。


 抗議するとこの国の聖女は王族と結婚する決まりになっていると言われた。

 つまり責任を取って結婚するのだから問題無いだろうという言い分だった。


 その事実を私が席を外している時に聞かされた有栖ちゃんは入浴も就寝も一人ではできなくなった。

 食事もろくに摂らず痩せ細っていく彼女を見ていられず国王夫妻と第一王子ベルナールに私は直談判した。


 自分と有栖ちゃんが元居た国の法律と常識を説き、その世界では十四歳を配偶者にしようとする二十七歳は性犯罪者扱いされると説明した。

 結果激怒したベルナールとその馬鹿親の命令で縛り上げられ魔王領へ馬車からぶん投げられたという訳だ。


 処刑されなかったのは一応私もお情けで聖女認定されたからだろう。

 あんな馬鹿王子でも神罰を無意識に恐れているのだろうか。


 だが処刑はされなかったが魔王領に馬車から蹴り飛ばされた。

 つまり魔物に食われるか野垂れ死ねという事だろう。


「でも、国には戻れないわね」


 私の黒髪は金髪だらけのセラフィス国では目立ちすぎる。

 更に黒髪から魔族を連想し恐れる者もいるらしい。


 実際金髪の有栖ちゃんと違い私は常に大きな布で髪を隠すことが義務付けられていた。

 昔はそんなことは無かったと年老いた神官が申し訳なさそうに言っていたのを思い出す。


「あのロリコン馬鹿王子の言いなりにはなりたくないけど……この先どうすればいいのかしら」


 目の前は鬱蒼とした森だ、良く見ると大木に見えてキノコだったりする。

 見ただけで人外が暮らしてそうな土地だとわかる。丈夫だけが取り柄の私が生きていける気はしない。


 しかし来た道を戻っても火炙りが待っている。

 黒髪は目立つし嫌われているらしいので正体を隠し暮らすのも無理だろう。


「……大丈夫かな、有栖ちゃん」


 私は自分の髪をつまみ呟いた。

 一時間ほど迷っていると突然激しい雨が降り出す。

 それが私には背を押しているように思えた。


「ここに居続けても助けなんて来ないし……風邪ひくだけよね」


 この森を抜ければ魔族たちが暮らしている土地がある気がする。

 私の髪が魔族を連想させて人間に嫌われるなら魔族の振りをするのは逆に容易なのかもしれない。


 決意し私は森の中に足を踏み入れた。

 そして三日ほど森を彷徨った結果、魔族軍に保護されることになったのだ。

 だって生えてる木が口々に「あっちの道を行くと魔王様の城だよ」と言って全然違う方角を枝で指すのだ。

 


 □□□



「……人間が魔の森に入るなど、ドライアドたちに弄ばれ狂うだけだぞ」


 心地良い低音の声に意識がゆっくりと浮上する。

 あまりにも良い声だったので一瞬アニメか洋画の吹き替えでも流れているのかと思う。

 けれど目を覚ましたら見慣れた自分の部屋では無く私はがっかりした。


 数か月寝起きした城の寝室でもない。

 ただ似たような豪奢さはあった。

 ベッドから起き上がり声の方向を向く。


 悪魔みたいな角と羽がが生えた黒髪の美青年が椅子に座って書類を読んでいた。

 瞳は赤と琥珀で左右違う色をしている。

 その非常に目立つ特徴には見覚えがあった。城の図書室で読んだ本で見た。

 

「魔王様ですか……?」

「よくわかったな」

「本の挿絵で見ました」 


 五百年前から魔族を統治している人物。通称、漆黒の魔王。

 本にはそう書かれていた。敵なのに美男子に描かれていたから余計記憶に残っていた。

 普通あの手の歴史書では敵対している側は醜く悪し様に描写するだろうと思っていたから。


「……ドライアドって、あの嘘を吐きまくる人面樹たちですか?」

「そうだ」


 あの連中が歩く度にその道は違う向こうが正解と言いまくるお陰で迷わされて遭難したのだ。

 魔王相手に口に出さないが燃やしてやろうと何度も思った。


「あれは魔属領に不法侵入する者を惑わし眠らせる役目がある、そう嫌うな」


 あの者たちが使いの鳥を寄越したからお前を保護してやれた。

 そう魔王は私に微笑んだ。

 角や羽が生えた異形の姿なのに何故かベルナール王子なんかより彼が余程人間に思えた。


「確かに不法侵入はしました、申し訳ございません」


 素直に頭を下げる。

 気にしなくていいと魔王は私に言った。


「お前を捨てて行ったのはセラフィス王家の連中だろう」

「……よくご存じですね」

「勝手だが、お前の記憶は既に確認させて貰った」


 そう言いながら魔王は私に自分が読んでいた書類を手渡す。

 目を通すとそれは私がこの世界に召喚されてからの行動が詳細に書かれていた。


 正直ぞっとするし気持ちが悪い。

 私が無言でいると魔王が私の手から書類を取り上げた。


「許せとは言わない、だが必要だからやった」


 そう告げた途端書類が彼の手の中で燃える。

 しかし紙が焦げるような匂いは一切しなかった。


「……必要だから。そうですね、私でもそうすると思います」 


 それはそうだろう。人間と魔族は敵対している。

 魔族領に侵入した人間の身元を確認したいと思うのは当然だ。そして私は意識が無かった。

 寧ろ私が聖女だと知っていたなら処刑や拷問を受けていていてもおかしくは無い。

 いや今から処刑するのかもしれない。


「それで私の記憶を知った魔王様はどうされるのですか?」

「どうもしない。元の世界に帰してやれないのは申し訳なく思う」


 意外な言葉に私は目を見開く。


「……申し訳ない、ですか」

「君たち聖女は私とセラフィス王家の対立に巻き込まれただけだ」

「王家……魔族と人間ではなく?」

「言っておきたいことがある。魔族と人間の全てが敵対している訳では無い」

「……は?」


 私が愕然とすると魔王は色の違う左右の目に哀れみを浮かべた。


「敵対しているのはセラフィス国だけで、向こうが魔族の女子供を奴隷にしようとしたからだ」

「魔族の、女子供って……」


 それだけで嫌な予感がする。


「三十年前から国境近くの村で魔族や魔族と人間の間に生まれた子供が誘拐される事件が増えていた」

「それって」

「調査した結果セラフィス国の王族の関与が認められたから抗議と返還要求をした、しかし無関係だと言われた」

「調査って私の記憶を書類にして読んだみたいにですか?」

「そうだ。誘拐犯の一人を捕まえて私か直々に情報を抜き出そうとした。賊がすぐ自害した為中途半端な形になってしまったが……」


 王族が関与しているのは絶対間違いない。 

 そう言い切る魔王の赤色の瞳が輝く。怒りに燃えているようだと思った。


「王家の非を認めたくないなら誘拐した者達だけでも返して欲しかった。だがそれも拒否だ」

「よくあの国を攻めて王族を捕まえようとしませんでしたね?」

「少し前までは友好関係だった。セラフィス国と魔族の混血もそれなりにいる。騒乱にならないよう彼らに配慮する必要があった」


 魔王という肩書きなのに随分と穏当で人間臭い。

 寧ろ私の方が余程物騒だ。


「だからその者たちを魔王領に徐々に呼び寄せつつ、魔王領の結界を強くした。それを数か月前から破る者がいるので不思議だった」

「……結界を?」

「ああ、闇の魔力で作った結界が光の魔力で作った結界に押し潰され消されていくので困っていた」

「……それって知り合いの聖女が関与しています」


 有栖ちゃんの結界を張る能力を思い出す。でも彼女は悪くないと思う。


「あの娘はずっと騙されてたんです。セラフィス国の領土だと騙されて魔族領にまで結界を張らされただけなんです……!」


 彼女の幼い正義感と善意を汚い欲望に利用された苛立ちで眩暈がした。

 そして彼女が今どこにいるかを思い出す。私はベッドから起き上がり土下座した。

 異世界人の魔王にこれで謝意が伝わるかはわからない。でもそれが自分なりの誠意だった。


「お願いします、有栖ちゃんを……聖女を助けてください、あの娘に事情を話したら絶対魔族側につきます、私も何でもします!」


 彼女に悪意は無くても魔族側の邪魔をし続けていたのは事実だ。それでも私はあの可哀想な子供を助けたかった。

 そしてセラフィス国から、ベルナール王子から少しでも遠くへ引き離したかった。


「わかった」


 あっさりと魔王は了承する。自分が願ったのに信じられなくて私は顔を上げた。

 何故か魔王は私を見て嬉しそうに微笑んでいた。


「元々君の記憶を見てもう一人の聖女も保護するつもりだった。だが急がなければ彼女は危ない」

「危ないって……有栖ちゃんが?」

「もう一人の聖女の体と心が闇に染まった為に生贄として処刑すると、今日の朝に国王が触れを出したそうだ」


 魔王の言葉に全身から血が引く。

 しかし気を失う代わりに唇を怒りで噛み締めた。



  □□□□



 セラフィス国は数日前から大嵐が続いている。

 人は外に出ることが出来ず畑も荒れ放題だ。

 川が氾濫するのも時間の問題だった。


 国王夫妻も第一王子もそれが聖女アリスの仕業だと断定し憎んでいる。

 実際、彼女がその力を振るってはいるのだろう。


 けれど国王夫妻や第一王子にアリスを憎む資格などあるのだろうか。 

 そう第二王子カイルは思った。


 アリスは同時召喚されたもう一人の聖女サラを実の姉のように慕っていた。

 二人を世話していた者、聖女の近くに居た者なら誰でも知っている。


 なのに第一王子、いや自分の兄であるベルナールはサラを追放した。

 それはサラがアリスを守っていると自分がアリスに手を出せないからという醜悪な理由だった。


 ベルナールは彼女がアリスに自分の悪口を吹き込んでいるからアリスがなびかないと思い込んでいたのだ。

 サラが居なくてもアリスはベルナールを好きになることなど無いのに。

 

『ごめん。あのおじさん。きもちわるいしこわい』


 そうアリスは拙い言葉でカイルに打ち明けた。

 謝ったのはベルナールがカイルの兄だと知っていたからだろう。


『ぼくもおなじだよ、ごめんね』


 そうカイルはサラに教わった彼女たちの国の言葉で返した。アリスはほっとしたように笑った。

 だからカイルも安心した。

 

 でも今はカイルは死ぬ程後悔している。

 ごめんの代わりに、自分が守ると言うべきだったのだと。

 そして宣言通り彼女の心も大切な人も守り抜くべきだった。


 聖女の権能はセラフィス国に様々な恩恵を与えるがそれだけではない。彼女たちの力は感情に左右される。

 つまり嫌がるアリスにちょっかいを出すベルナールと彼の蛮行を止めない国王夫妻は聖女の運用に対し非常に邪魔な存在だった。


 だからカイルが神官たちと相談し、アリスとサラを男子禁制の修道院で保護させようと動いていた。

 その矢先だった。


 ベルナールが得意げにアリスに対し、サラは魔女だから魔族領に追放したと宣言したのは。

 それをアリスの国の言葉を学び始めていたカイルに無理やり通訳させた。

 最初カイルはその残酷な宣言をアリスに伝えるのを拒み殴られたが、言わなければ追放したサラを殺しに行くと脅された結果渋々口にした。


 正しく意味が伝わったのかわからない。

 けれどカイルの言葉を聞いたアリスの表情は凍り、その唇からは『もうやだ』という異世界の国の言葉が零れた。

 瞬間彼女の周囲には真っ黒な結界が張られ、室内なのに嵐が巻き起こり次の日には国中の天候が荒れた。


 その原因が自分にあると思われたくないベルナールはあれだけ執着していたアリスをあっさりと罪人として生贄に差し出した。

 心を病み魔女になったと。だから処刑することでこの災害は終わるのだと。


 カイルの処刑反対の声は国王夫妻には届かない。

 寧ろ王妃はカイルが反対すればする程処刑に賛同する。


 カイルは国王が若いメイドを孕ませた結果生まれた子供だった。

 そのメイドは伯爵令嬢だったが、体が出産に耐え切れず既に亡くなっている。

 だから王妃は代わりにカイルを憎むのだった。

 そして国王はベルナールにそっくりな性格と趣味の持ち主だった。


 つまりカイルがアリスの助命を望んでも、それを叶える者は居ないということだった。

 ならばとカイルはアリスの部屋で黒い繭のような姿になったアリスにしがみつくように寄り添っている。


 槍や剣が通らない黒い繭には油がかけられ、そして燃やすことで処刑扱いになる。

 第二王子ごと燃やすことを兵士たちが躊躇っているとベルナールがニヤニヤした顔で部屋に入って来た。

 その手には炎を揺らす松明がある。


「お前は、母親と同じでろくな死に方をしないと思ってたよ」


 その言葉でベルナールが異母弟ごと聖女を殺すつもりだと周囲は察する。

 カイルは青褪めながらもベルナールを睨みつけた。


「そっくりそのまま返しますよ。聖女殺しは大罪だ」

「ハッ、そんな奴もう化け物だろ。よく考えたら言う事も聞かないし話も通じない、どうせ少ししたら醜くなるゴミだった」


 サラもアリスもハズレ聖女だ。そう言い放つベルナールにとうとうカイルは殴りかかる。

 しかし二十七歳と十四歳では体格が違い過ぎて、あっさりと殴り返され地べたに這った。

 それでもカイルは腹違いの兄を怒鳴りつける。


「貴方って人は……!」

「ハハッ、神官ども次こそアタリの聖女を呼び出せよな!」


 そう言ってベルナールは燃え盛る松明を真っ黒な繭に投げつけた。

 反射的にカイルはそれに手を伸ばした。しかしその手は異母兄に踏みつけられる。


「ハズレの聖女もハズレの王子も、さっさと死んで消えて無くなれ!」

「お前が死ねロリコン王子!」

「ぐわっ?!」


 懐かしい声が聞こえたと同時に窓側の壁に盛大な穴が開く。

 そして大人の男一人程もある巨大な鍵爪がベルナールを掴んで逆の方の壁に叩きつけた。


「ぎゃげッ!」


 カエルが潰れたような叫び声がする。しかしカイルはそれどころでは無かった。

 漆黒の飛竜が突然部屋に飛び込んできたからだ。

 そしてその背には生存を願ってやまない姿があった。


「聖女サラ……!」

「カイル王子、有栖ちゃんは?!」


 そう真っ先にアリスの安否を尋ねられ、何故かカイルは泣きたくなった。

 でもそれは悲しみの涙では無い。彼女がアリスを案じて戻って来たと理解したからだ。


(まるで救いの女神だ……)


 そんな事を考えていると飛竜の巨大な姿は消え、一人の美しい魔族の男性になる。

 彼はサラを大事そうに両腕に抱えていた。

 そしてその足元には泡を吹いて気絶しているベルナールが居る。そのことにもカイルは安堵した。

 これであの邪悪な異母兄がアリスを害することはない。何故かそう思えたのだ。


「アリスは、貴方が追放されたショックで力が暴走してしまったようです。僕が無力なせいで……」

「わかったわ。魔王様、下ろして」

「ああ」


 サラはそう言って床に立つ。

 カイルは魔王という単語に一瞬固まる。

 その間に黒髪の聖女は黒い繭に近づき触れた。

 そして恐れることなく繭に額を触れさせる。


『ごめんね。こわかったね。だいじょうぶ。おねえちゃんかえってきたよ』


 そうカイルの国ではない言葉で優しくサラは眉に語り掛ける。


『サラ、お姉ちゃん……?』


 そうサラと同じ国の言葉で繭の内側から幼い声が聞こえる。


『そうだよ。おねえちゃんだよ』

『おねえちゃん……おねえちゃん!』


 切実な声と共に繭が眩い光を放つ。

 その光が収まった後には金の髪の少女を抱きしめる黒髪の女性が居た。


 何故この場に追放されたサラが現れたのかまだ理解しきれていない。

 けれどアリスの心が救われた事だけはわかった。そしてそれだけでカイルは良かった。


「……綺麗だ」

「ああ」


 無意識に呟いた言葉にいつのまにか自分の隣でその光景を同じように眺めていた魔族の男が同意する。


「聖女というより、最早女神だな」


 美しい眺めだ。 

 その言葉にカイルは目を見開いた。

 国王夫妻や異母兄よりも、初めて会った魔族の青年の方が余程自分と似た考えをしている。

 そしてこの光景を美しいと感じている彼は本当に悪側の存在なのだろうか。


「僕も、そう思います……」


 その日、セラフィス国の王城は魔王に制圧されたが死者は出なかった。

 カイルはそのことに感謝しながら国王夫妻と第一王子をやはり魔王だった青年の要望通り引き渡す。

 王子失格かもしれないが抵抗する気は一切起きなかった。


 数日後、魔族領から魔王とサラが再度僕たちの城を訪れた。

 そして連れて行った者たちへの説明をカイルに行った。


「……つまり国王夫妻は魔族の血を引いた子供を攫って、不老不死の薬を作ろうとしていたと?」

「人族はたまに愚かなことを考える。今回はそれが国王たちだっただけだ」


 魔王は静かな表情でカイルに告げる。

 表情にも声にも怒りは滲んでいないがそれがカイルには逆に恐ろしかった。

 しかしその恐怖の中に疑問が一つ浮かぶ。異母兄のベルナールの存在だ。

 彼も魔王城に連れて行かれまだ帰ってきていない。

 まるで心を読んだように聖女サラが言う。


「信じられないかもしれないけれど、ベルナールも不老不死を望んでいたのよ」

「そんな、あんな刹那的な男が……」


 信じられないと呟こうとしてカイルは言葉を止める。

 サラが何とも言えない表情をしていたからだ。怒りと悲しみとやるせなさ、そしてカイルへの気遣いが彼女の濃茶色の瞳には揺らめいていた。

 だからこそカイルは気づいてしまう。


(魔族の子供……ああ、そういうことか)


 この場にアリスが居なくて良かったと心から思う。

 彼女は姉と慕うサラにくっついて魔王城へ行くかと思われたが、何故かこの城で暮らし続けていた。


 今より少し前にサラはアリスの部屋に招かれお茶をしていたらしい。

 その間カイルは魔王の接待をしていた。当然緊張はしたが悪い時間では無かったとカイルは思い返す。


 変な言い方だが、魔王はとても人間らしく思えた。

 少なくとも何人もの子供を犠牲にして平然としていた国王夫妻と第一王子よりは余程常人寄りの倫理観を持っている。


「それで頼みがあるのだけれど……国王夫妻とベルナールは生涯魔王領で働かせて罪を償わせたいの」

「わかりました」


 あっさりとカイルが告げるとサラは驚いた顔をした。 


「お願いしといてなんだけれど、本当に良いの?」

「はい、彼らの愚かな私欲の結果人と魔族の戦争になりかねない状況になっていたのだから当然です」


 国王たちはたかが子供と思っていたのかもしれない。

 けれど魔王側がその子供たちの連れ去りを重要視し解決を何十年も望んでいたのに無視したのは大問題だ。

 更に被害者が出ないようにと魔王領への人間の侵入を防ぐと、それを聖女の力で無理やり破ろうとした。

 戦争にならなかったのがおかしいぐらいだ。カイルは服の上から自らの鳥肌をそっと撫でる。

 父と兄、自分にも彼らと同じ血が流れていることが急におぞましくなった。


「国王夫妻だけでなく第一王子までも大罪人。……はは、血自体が汚れているのかもしれませんね。必要なら僕の首も差し出しましょう」

「そんな物はいらない。お前は次の王になれ」

「……二度とこのようなことは起こさないよう、誓います」 


 国民に今回の騒動の理由と、国王たちの罪状の開示。

 そして魔族人間に関わらず誘拐は大罪だという告知を改めて再周知する。

 そうカイルは魔王に説明し魔王は頷く。


「私からの話は以上だ」

「なら私から一ついいかしら」


 魔王が話を終わらせようとした時、彼の横にいたサラが言う。

 カイルが傾聴姿勢に入ると彼女は口を開いた。


「有栖ちゃんと話し合ったけれど、私は魔王城で有栖ちゃんはこの城で暮らすことにするわ」

「それは……アリスは大丈夫でしょうか? ここは嫌な思い出ばかりでしょうに」


 王族の醜聞を発表し更に直系王族が自分一人になった今、民に人気のある聖女の不在は痛い。

 だが無理をせず姉と慕うもう一人の聖女と穏やかに暮らして欲しいという気持ちもあった。


「それでも有栖ちゃんはこの城に残る事を選んだのよ。貴方を支える事をね」

「アリスが……」

「それに私も有栖ちゃんの家庭教師を辞めたわけじゃないから、ちょくちょく城にお邪魔するわ……彼と一緒に」


 その時は美味しいお菓子を用意していてね。

 如才無く笑うサラにカイルは感謝する。

 魔王とセラフィス国の新王となるカイルが懇意にしていれば臣民たちは徒に怯えずに済むだろう。


 だが、誘拐された魔族の子供たちへはどう償えばいいだろうか。

 彼ら彼女らは人間に対し憎み怯えないだろうか。

 そう不安そうな顔をするカイルにサラは微笑む。


「大丈夫、被害者は何も覚えていないわ。辛い事は全部忘れたまま幸せになって貰うつもりよ」


 その為にあの人たちが必要なの。

 意味深に告げる聖女はまるで神の代理人に思えた。

 だからカイルは好きに使ってくださいと頭を下げるしか出来なかった。



  ■■■



「じゃあこの三人をこの神様に捧げれば、誘拐されて酷い目に遭わされた子たちは元の姿になるのね」

「ああ、攫われる前まで子供たちの時間を戻してくれる。そういう契約だ」


 魔王領の果てにある崖。飛竜でしか辿り着けない廃神殿で魔王と私は語り合う。

 その近くには縛られた三人の男女が居た。


「しかし極悪人にしか興奮しないって変わっているわね」

「先代魔王が契約した邪神だ。被害者の救済と罪人の処刑を兼ねて都合がいいと」

「処刑ってことはこの人たちは食べられてしまうの?」


 私はそう魔王に尋ねる。

 彼は頷いて崖下を見た。


 荒れる海の中に大きな孔が奇妙に存在している。

 それが邪神の口だった。


「噛み吸われ溶かされるが決して死なない。肉体が損傷し過ぎて死にそうになったら時間を戻されて最初からだ」

「死ぬより辛そうね」


 私はそう言うと神殿の真ん中で震える罪人たちを眺める。

 国王夫婦とその息子のベルナールだ。

 誘拐に関わった人間は既に彼ら自身が始末していた。

 だから三人だけなのだ。


 ベルナールと違って私は国王夫妻とはそこまで接触が無かった。

 だが国王夫婦の「遊戯室」で保護された子供たちの話を聞いてからは苦しんで死んで欲しいとしか思わなかった。

 子供の立場でも、子供を攫われた親や姉の立場でもだ。


 彼らが何故魔族の子供たちを選んだのか。

 それは「何をしても壊れにくいから」「中々死なないから」「血と肉が美味しいから」らしい。


 別にカイルに説明した不老不死の話も嘘ではない。

 国王夫妻は最初は不老不死の研究の為に魔族の子供を攫い、娯楽目的でも魅入られただけだ。

 そして彼らに猫可愛がりされていた第一王子のベルナールはその相伴に預かっていたという訳だ。

 

 彼の子供好きは両親から受け継いだ悪癖だった。


(どちらが魔族かわからない) 


 私が呆れている内に魔王が国王夫妻を邪神の口へ放り投げる。

 最後にベルナールが残された。


 彼は目を潤ませて私を見ている。


「助けて欲しい?」


 そう笑顔で聞くと目を輝かせて首を何度も縦に振る。


「嫌よ、私は聖女じゃなく魔女だもの」

「……!」

「さよなら、ハズレ王子様」


 私は勢いよくベルナールの背中を蹴り飛ばす。

 頑健というスキルを応用した結果出来るようになった芸当だ。

 体が壊れることを一切考えず全開で蹴り飛ばせば女でもそれなりの威力になるのだ。

 ベルナールは私を睨みつけながら崖の下に落ちて行った。


「ああスッキリした。でも私初めて人を殺したわ」


 そう笑いながら言う。平気なつもりだが変に声が掠れた。

 別に後悔は無い。改心など絶対にしない、死んでいい人間だった。

 それを裁く権利が私にあったのかわからないだけだ。


「彼らは死なないよ」

「そうだけれど」 

 

 でも死んだ方が多分ずっとマシだ。

 私の心を読んだように魔王が言う。


「あの者たちは自分たちがして来たことを返されるだけだ。死にたいと思いながら死ねない日々を同じように過ごす」


 それが国王たちの償いだ。魔王は言いながら大きな羽を広げた。

 そして私の風除けになるように立つ。


「君は正しく裁いたんだ。国を救う聖女として悪を取り除いた」

「……私は聖女なんかじゃない」

「なら何て呼べばいい?」

「沙良、呼び捨てでいいわ」


 私がそう言うと魔王は何度も「サラ」と繰り返した。

 ただの練習のつもりだろうに、何故か私はそれが甘い囁きに聞こえた。


「なら私のことも呼び捨てで構わない」

「呼び捨ても何も貴方の名前を知らないわ」


 そう言うと彼は驚いた顔をする。そして少し恥ずかしそうな顔をした。


「そういえばそうだ。父の跡を継いでからずっと魔王としか呼ばれて無かったから」

「じゃあ私は今後も魔王様と呼べばいいかしら」

「嫌だ、君には私の名前を呼んで欲しい」


 何故だかはわからないけれど呼んで欲しいのだ。

 魔王はそう言いながら私の耳に唇を寄せる。


 聞き慣れない響きの言葉を擽ったく感じながら私はそれが嫌では無い。


 暗い波の音が聞こえる。

 けれど聖女の道を外れた私を罵倒する声は二度と聞こえなかった。



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― 新着の感想 ―
不老不死になったヤツもれなく死ぬ方法を探すからなあ
不老不死ってそんなにいいかなぁ?不死になるとはいえ病気も怪我もするのに死ねないって地獄じゃあない?いつまでも老いないって怖いよ…老いてるという免罪符が永遠に使えないのって辛くないのかねぇ…王子ロリコン…
国王と王妃と王子様、望み通り不老不死になれたのになぜ不満たらたらなのか? それに、普通に不老不死になったとて、死なないだけで病気にはなるんだし、脳は劣化するんだから、ボケても死ねないんだよ? どっちに…
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