第34話 潜入
鈴心が高校に通うようになって一週間ほど。飛び級してきた転入生の話題で騒がしい校内で、蕾生と永は無関心を装いつつやり過ごす。
ようやくそれも落ち着いてきた頃、星弥から皓矢に関する情報がもたらされた。
鈴心が高校に通うようになってから、皓矢は頻繁に自宅に帰って来るようになった。最近は詮充郎が研究室に篭りっぱなしとなり、研究所に全くこないので補佐する仕事がない。それで時間に余裕ができたと言ったそうだ。
皓矢がよく自宅に帰ることで、その予定は簡単に掴むことができた。
次の日曜日、皓矢は研究フォーラムに出席するために一日出張に出ることが決まっている。
◆ ◆ ◆
「こっちこっち」
星弥が鈴心を連れて自宅前の門の影から手招きをしている。そこへ、蕾生と永は監視カメラに映らないように、かつ物音を立てないようにそそくさと合流した。
「皓矢は出かけた?」
小声でスパイよろしく、永が確認すると、星弥も小さく頷いた。
「うん、今朝早くに」
「家の方から倉庫に行けるのか?」
背の高い蕾生は中腰に苦戦しつつもやはり小声で聞いた。腰を屈める必要のない鈴心がそれに涼しい顔で答える。
「ええ。もともと研究員は立ち入り禁止の場所ですから、こちらから回れるようになっているんです」
そうして四人は顔をつき合わせて互いに目配せする。
「じゃあ、レッツゴー」
永の囁きによる音頭とともに、一同はゆっくりと静かに移動を開始した。
「周防くんが剣道やってるとは知らなかったな」
永が背負ってきた竹刀入りの布袋を見上げて、星弥は初めて見る物々しさに驚いていた。
「まあ、武将の生まれ変わりとしては基本だからね。ちなみに弓道も習ってるよ」
少し得意げにしている永に続いて、蕾生は誇らしげに言う。
「永に武器持たせたら、俺も簡単には勝てない」
「あのね、それ武器持ってる僕にも負けたことないっていう自慢だからね、ライくん」
「そうか?」
蕾生としては「永はすごいだろ」という意味で付け足したのだが、当の永はお気に召さなかったらしい。
その様子に星弥は思わず吹き出した。
「ふふ、いつかの逆だね」
不思議そうに首を捻る蕾生と複雑な顔の永。それを微笑ましく見ている星弥に、少し先行して歩いていた鈴心が緊張を孕んだ声で雰囲気を正した。
「おしゃべりはそこまでです。見えてきました」
その声に従って全員顔を上げる。
目の前には一軒家ほどの大きさで真四角の建物が立っていた。コンクリートで固められた、窓一つない丈夫な外見の周りには頑強な鉄のフェンス。さらにその上には忍び返しの有刺鉄線が伸びている。
永は眼前の状況を一瞥した後、想定内という表情で呟いた。
「なるほど、一般的なやつだね」
「どうする? ぶち破るのは簡単だけど」
蕾生にとってはなんの気無しに言った言葉だったが、それを聞いた星弥は目を丸くしてこちらを見ていた。
確かに星弥には自分の怪力を示したことはない。きっと喧嘩が強いくらいにしか思っていなかっただろう。
出来れば、彼女にはあまりこの力は見せたくない。そんな思いがふと、よぎる。
星弥の様子を永は特に気にせず、普通の相談をするように答えた。
「それだと派手だなあ。どこかの面に入口があるんじゃない?」
その予想通りの答えを、先んじて建物の周りを一周してきた鈴心が持ってくる。
「ハル様、こちらです」
その案内に従って少し回り込むと、フェンスの一区画が扉になっている箇所があり、大きな南京錠がかかっていた。
流れるような一連のやり取り。蕾生にとっては初めての事ばかりなのに、こうして三人で行動する事はとても自然に思えていた。
「この錠前、随分錆びています」
鈴心が指差して永にそれを見るように促す。
「ここから出入りしてる訳ではなさそうだね」
永がそう言うと星弥も首を傾げた。
「兄さんはどうやって入ってるんだろう……」
「ま、それについては考えても無駄なので──うん、思った通りの形だ。じゃあ、ライくん、これ壊しちゃっていいよ」
「……ああ」
短い返事の後、蕾生はその南京錠を掴む。星弥の視線が少し気になった。だが、躊躇している時間はない。
上部の曲がった鉄を引っ張る。するとすぐに南京錠は二つに分かれ、フェンスの入り口が開いた。
「すご……」
蕾生の怪力を初めて目の当たりにした星弥は息を呑む。蕾生には少し複雑だった
これは仕方ない事と頭でわかっていても、後悔と恥ずかしさが胸に入り混じる。
鈴心は特に動じなかった。そのまま永にひとつ確認をする。
「壊してしまってよかったんですか? ハル様」
「ああ、帰りにこの錠前下げていくから。付け焼き刃かもしれないけど、ないよりいいでしょ?」
そう言うと永はウエストポーチから別の南京錠を取り出して見せた。蕾生が壊したものにはあまり似ていないが、古くて錆びている点は共通している。
皓矢がこの南京錠を使っていないなら、代わりにかけておいても少しの間なら誤魔化せるかもしれない。
「……さすが永」
周到に用意してきた永を見て、蕾生の心は決まった。自分の力を星弥に見せて恥ずかしい、という思いは断ち切ることにする。自分がここで揺れていたら、永のこれまでの苦労が台無しなのだから。
蕾生は開いたフェンスに手をかけた。かなり固かったので力任せに入口を広げる。それを当然のようにして永が先に中に入った。
鈴心も続こうとするが、星弥がぽかーんと口を開けているので、その手を引く。
「星弥? 行きますよ」
「あ、はい」
一人面食らっている星弥を気にするのは止めよう。
蕾生はそう決めて、先を歩く永を追った。
四人は倉庫の入口までの侵入に成功した。その入口は重そうな鉄の扉で閉じられている。かんぬきなどの原始的な鍵はない。周りの有刺鉄線などというアナログな雰囲気とは逆に、近代的な電子ロックがかかっていた。
「最初にして最大の難関だね」
鉄製のドアノブをぐいぐい引くけれど当然ビクともせず、その横のテンキーボタンを睨みながら永は息を吐いた。
「蹴破る、わけにもいかねえよな」
出来なくはないと思うが、盛大な音が出てしまう。蕾生も悔しそうに考えあぐねていると、横から星弥が吸い込まれるようにドアに寄り、テンキーを触る。
「暗証番号……か」
言いながら星弥は四桁の番号を押した。するとカチリという音ともに扉が開く。
「──え!?」
あまりに自然な出来事に、思わず永は大声を上げた。
「あ、開いちゃった……」
「星弥、何を入力したんです?」
慌てて鈴心が聞くと、星弥も目を丸くしたまま答える。
「冗談のつもりで兄さんの誕生日を……」
「──」
今度は鈴心の方がぽかんと口を開けてしまった。
「オウ……」
永が言葉を失って声を漏らす。
「なんかごめん……」
星弥は罰が悪そうに肩を竦めた。
「まあいい、入口でまごまごしてる訳にもいかねえだろ。入ろうぜ」
結果オーライ派の蕾生は、その場で深く考えることをさせずに永を急かした。
「そうだね、行こう」
開いてしまった以上、ここからは時間との勝負だ。それを充分にわかっている永もひとまず頷いた。
固い扉が開かれる。
照明のない、暗い室内が四人の目に飛び込んできた。
梅雨曇り。弱々しい光が外から差し込んだところで、あまり意味はない。
得体の知れない闇に、自ら足を踏み入れるしかないのだ。
蕾生は先頭に出て、拳に力を込めていた。




