第29話 美少女転入生
「という訳で、転入生の御堂鈴心ちゃんです!」
コレタマ部の部室で星弥の努めて明るい声が響いた。
その隣で佇む鈴心は今の所借りてきた猫のよう。何も言わずに居心地が悪そうにしている。
朝に続けて再び衝撃的光景を目の当たりにして、永は目を細めたまま蕾生の腕をつついた。
「ちょっとライくん、ほっぺつねってよ。僕は都合の良過ぎる夢を見てるんだ」
「夢じゃねえけど、お望みなら」
素直な蕾生は永の頬をつねると言うより伸ばすように引っ張る。
「──ひててて!」
「ライ、やめなさい!」
永の悲鳴に、鈴心がたまらず蕾生を叱る。
こんな小学生みたいなヤツに怒鳴られるなんて。蕾生は少し白けた気持ちで指を離した。
糸でも摘むようにそっと行ったつもりだが、永の頬はかなり赤くなっていた。
「やっぱりリンがいるうー、なんでー? なんでー?」
大袈裟ではなく腫れた頬を摩りながら、永は涙目で現状に疑問を呈す。ただし衝撃で語彙を失っているのでいつもの様にはいかない。
「周防くんがショックのあまりバカになっちゃった……」
斜に構えた様な態度の永しか知らない星弥にはそれが至極新鮮に映ったようで、純粋に珍しいものを見る目をしている。
蕾生は頭をガシガシ掻きながら星弥に説明を求めた。収集がつかなくなってきた空気を何故俺が、と思いながら。
「おい、銀騎、どう言う事だ」
「うん、わたしもよくわかんないんだけど──」
そうして星弥は数日前の自宅での出来事を語り始めた。
◆ ◆ ◆
コレタマ部を作った帰り、星弥は駅前まで足を延ばしてスーパーマーケットに行き、鈴心が喜びそうな可愛らしいノートをいくつか見繕った後帰宅した。
「ただいまあ」
玄関に入ると、母親が弾んだ声で星弥を迎え、急かすように手招きをしている。
「おかえり、星弥! こっちこっち!」
「お母様? どうかしたの?」
促されるまま応接室に入ると、部屋の中央で鈴心が今自分が着ているものと同じ服を着させられて立っていた。
傍らでは銀騎家お抱えのテイラーが、まち針を巧みに操って鈴心の着ている制服を調整している。
「──」
人間は驚き過ぎると何も言葉が出てこないし、思考もうまく回らない。十六年生きてきて、星弥はこの日思い知った。
「ねえ? 可愛いでしょ?」
ウキウキでルンルンに声を弾ませる母に尻込みする。その様を鈴心は居心地悪そうに頬を赤らめながら見ていた。
だが、怖気付いている場合ではない。星弥はなんとか現状について問いかけた。
「あ、う……な、何事?」
「すぅちゃんがね、高校に通うことになったのよ。あなたと同じ一年生で!」
「え!? だってすずちゃんはまだ中学生でしょ?」
母からの突拍子もない説明に驚いていると、すぐ後ろで補足が聞こえてきた。
「──中学の過程はとっくに終えてるからね」
「兄さん!」
振り返ると皓矢がそこに立っており、母親同様に上機嫌だった。
「うん、鈴心、よく似合ってるよ」
「どうも……」
鈴心はますます顔を赤らめて一言呟く。ニコニコ笑う兄に、星弥は改めて聞いた。
「兄さん、どういうこと?」
「うん、ここ最近、僕の研究が忙しくて鈴心にろくに教えてあげられていないからね。最近は体調も安定してるし、学校に行かせたらどうかとお祖父様がね」
「お、お祖父様が!?」
星弥は直感でヤバイと思った。祖父が突然そんなことをするなんて、確実にあの二人が関係しているせいだ。
「とは言え、たった一人で中学校へ行かせて体調を崩したら大変だから、星弥と同じ高校に編入手続きをとったんだよ。飛び級の帰国子女ってことにしてね」
「──」
どうする、反対するべきか。それともこれを逆に利用するのか。周防くんならどうするだろう、唯くんはどう思うだろう。
色々なことが星弥の頭を駆け巡っているうちに、皓矢が先んじて結論を突きつけた。
「だから星弥、よろしく頼んだよ?」
「星弥、私からもお願いね」
しかも母の後押し付きで。
こうなっては星弥に状況を覆すことなどできない。そもそも祖父の意向に逆らえるはずもない。
そうしてあれよあれよという間に、今日を迎えてしまった。
◆ ◆ ◆
「──という訳で、美少女転入生の御堂鈴心ちゃんです!!」
説明し終わった星弥はやぶれかぶれの勢いで、もう一度明るく鈴心を紹介した。
その様に蕾生も鈴心も溜息しか出ない。
「……おっかしい」
更に永が首を傾げて言うと、星弥はにこやかに凄んだ。
「すずちゃんが美少女ではない、と?」
「いやそれに異論はないけど」
──ないんだ、と蕾生は心の中でつっこんだ。永と星弥は蕾生の手の届かない次元で言葉を交わしている。こういう時は放置が正解だろうと最近は思うことにしている。
「どうせ罠なんだろ? 絶対おかしいよ」
「デスヨネー」
永の疑いは当然で、星弥もそれを棒読みで肯定した。その空気感に耐えられなくなったのだろう、やっと鈴心が口を開く。
「まあ、タイミングがあれなんで、私もそう思います」
「鈴心はなんか聞いてんのか?」
蕾生が尋ねると鈴心は小さく首を振った。
「いえ。ほんの数日前にお兄様から『学校に行く気はあるか』と聞かれたので、ある、と答えたらトントン拍子に」
「あのジジイ、何考えてんだ……」
永は歯噛みしながら宙を睨んでいた。
「家の外に出られさえすれば、中学に行くふりをしてハル様の所に馳せ参じることができると思ったので承知したら、まさか──」
「全部お膳立てされたって訳ね」
「はい」
そこまで聞いて蕾生からも感想が漏れる。
「バカの俺でもなんかあると思うな」
「そうですね……」
鈴心の相槌になにか含みを感じた蕾生は、思わず掘り下げてしまった。
「おい、今バカを肯定したか?」
「ああ、はい」
悪びれずに頷く鈴心に頭にきて、挑発に乗ってしまう。
「クソガキ、そこに座れ。説教だ」
「冗談でしょう。貴方に説かれる教えなんてある訳がない」
スンとした態度の鈴心に、どうしてくれようかと蕾生が歯を食いしばった所で星弥からの仲裁が入る。
「ストップ、ストーップ! 興奮しないの! すずちゃんたら、いつになくご機嫌だね?」
「すみません、つい」
今のがご機嫌? わかりにくい! と蕾生がやり場のない苛立ちを持て余していると、やっと永の冷静な声音が戻ってきた。
「つまりは、向こうも動き出したってことか」
すると鈴心も蕾生を華麗に無視して永に向き直る。
「はい、真意は掴めていませんが。早急に探ります」
「うん、でもあまり目立つなよ? しばらくは大人しく銀騎さんと一緒に学校に通うだけにしな」
「御意」
永には従順、俺の事は軽視。いい度胸だ。
このガキには後で必ず思い知らせてやると蕾生は密かに誓った。
「駆け引きはもう始まってる。ライ、気を抜くな」
その言葉で蕾生は一気に目を覚ます。
永の目はいつにも増して主君然としていて、それだけで蕾生の気を引き締めるには充分だった。
「ああ、わかってる」
おそらく罠なのだろうが、リンがこちらに帰ってきたことを今は喜んでいよう、と言う永に従い蕾生は誓いを改める。
鈴心と星弥も含めて四人で協力していく。
そして自分は皆の盾になる、と。




