第20話 禁忌に触れる
永は星弥の「力」を少し疑っているようだった。けれどそこに深入りすることはせず、軽く頷いた後話題を変える。
「ところで、銀騎のじいさんの息子──君の父親だけど亡くなったのはいつ?」
星弥は目を丸くして驚いていた。自分の口から言った事がない事実を当てられたからだ。
「……なんで知ってるの?」
途端にその表情が曇る。実家が陰陽師の家系である事を当てられた時とはまるで違っていた。
星弥の雰囲気を鋭敏に感じ取った永は、肩で大きく息を吐いて弁解するように言う。
「いや、調べたんだよ。ちょっと苦労したけどね」
だが、詳細は言わなかった。永はインターネットで何種類ものハンドルネームを使いこなし、常に情報をかき集めている。銀騎詮充郎の息子が故人である事は、永の手にかかれば容易に手に入る情報だろうと蕾生は思っていた。
星弥の態度、永の曖昧な言い方。話題の人物については、何か禁忌に触れているような気分になった。
「お父様が亡くなったのはわたしが産まれる直前。確か、三十六歳、くらいだったかな? それより前に何か大怪我をして、そのせいで……」
「あの写真の人だよね? あれは若い頃の?」
戸棚の中に飾られた若い男性の写真立てを指して永が言う。蕾生もそこに視線をやるが、三十代後半には見えなかった。
銀騎皓矢によく似た、温和な顔立ちの男性だ。だがその視線だけ、どこを見ているのかわからなくて蕾生は少し不安になる。一度見たはずなのに、人の写真を見てこんな気持ちになったのは初めてだった。星弥の態度のせいだろうか。
「うんそう。まだ二十代だと思うよ。その頃大怪我をしたから、あの写真以降のものがないんだって」
星弥は素直に頷いたものの、その顔は依然曇ったままだった。
「親父さんはどうだったんだ? そういう陰陽師的な力……」
蕾生が聞くと、星弥よりも先に永が答える。言いにくそうに言葉を選びながら。
「彼は……まあ、力はあったんじゃない? 彼についてはよく知らないんだ」
「わたしも知らない。兄さんがどれくらい強い術者かも知らないくらいだし」
星弥もまた首を振っていた。彼女が生まれる直前に亡くなっているのだから無理もない、と蕾生は思う。すでに故人となっている父親の話がどう関係しているのか、よくわからなかった。
故人の話をしたせいか、それともこの話題そのものが触れてはならないものだったのか、場の空気は沈んでしまっていた。
「銀騎が僕達と因縁があるって意味、わかった?」
不意に永の朗らかな声が響く。沈んだ空気を無かった事にするような口調だった。蕾生にそう聞く表情も、いつもの飄々とした永だ。
蕾生は思考を少し戻して、陰陽師という重要な言葉に焦点を当てた。
「鵺の呪いは、陰陽師の銀騎がかけたって事か?」
「うーん、不正解」
「え?」
永は陽気な声音で、けれど渋い顔をして首を振った。
「逆なんだ。銀騎が陰陽師だから、僕らにかけられた呪いに興味を持たれた」
「どういうことだ?」
銀騎の家が陰陽師だと聞かされた時から、蕾生はこの呪いは鵺を使って銀騎がかけたものかもしれないと自然に思っていた。
混乱しかける蕾生に、永はゆっくりとした口調で説明を始める。
「銀騎の目的は、実は僕にもよくわからないんだよね。何回か転生を繰り返してるうちにいつの間にか絡まれるようになっててさ。多分、専門家から見たら、僕らの呪いって特殊なんじゃない? だからしつこく追い回すのかなって」
「じゃあ、銀騎を探っても鵺の呪いを解く方法はわからないってことか?」
蕾生が首を捻りながらそう聞くと、永は肩を竦め手のひらを掲げて答えた。
「うーん、だと思うよ。銀騎が僕らの呪いを独自に分析してる可能性もあるけど、基本的に彼らの興味は鵺そのものだから」
「鵺そのもの?」
蕾生にとっては鵺の呪いこそが解明すべき謎である。だが、銀騎の目的は蕾生の目標とはズレている。そのズレは、陰陽師という特殊な職種によるものなのだろうが、今の蕾生にはよくわからない。
混乱が続く蕾生に、永は体験を交えて噛み砕いた説明をした。
「うん、何度かライは捕まりそうになってる。多分、銀騎は僕らを捕らえて隅々まで調べたいんじゃない? 調べて何に使うのかはわからないけど」
そこまで聞いて、星弥は大きく頷きながら言った。
「そっか、お祖父様ならそうかも。知的好奇心の塊みたいな人だから」
「でしょ? 銀騎の人達ってさ、興味を引かれるとすごく執着してくるんだよね。ライくん、僕ら人体実験されちゃうかもよー?」
少し戯けた永の態度をいなす余裕は今の蕾生にはない。代わりに少し睨んでやると永も咳払いをして真面目に言った。
「とにかく、僕らが鵺の呪いを解こうと頑張ってると絶対に邪魔してくるのが銀騎ってワケ」
「そういうヤツらの所にリンが転生したのか……」
鈴心は偶然だと言い張ったが、今の蕾生にはとてもそうは思えなかった。
「ライくんだってここまで聞けば、何かあるって思うでしょ?」
ここでようやく蕾生にも、鈴心の置かれている状況が「出来過ぎて」いることがわかる。
鵺に興味を持った銀騎詮充郎が前回の転生においてリンに目をつけ、何らかの方法で身内に取り込んだ可能性は十分に考えられることだ。
「そうだな。でも陰陽師ってそんなことまで出来るのか?」
「さあ、そこは銀騎さんに聞きたいところなんだけど」
永が視線をやると、難しいテストを解くような顔をして星弥は眉を顰めていた。
「人一人を狙い通りに転生させる……? うちにそういう秘法があるかどうかはわたしにはわからないな。兄さんなら知ってるかもしれないけど」
「だよね、じゃあそこは一旦棚上げで。話を変えるけど、御堂って銀騎の分家だよね?」
その言葉を聞いて、星弥は呆れるような、怖さを感じているような声で率直な反応を見せた。
「よく知ってるんだね……」
「まあ、ちょっとね。分家にも術者はいると思うけど、リン──鈴心にはそういう力は?」
「あ……」
それまで自分の家のことを隅々まで知っている永に微かな嫌悪感を見せていた星弥だったが、そう問いかけられて急に怯えた表情を見せた。
「この話を二人にしようかどうしようか、ずっと悩んでて……」
ただ事ではない星弥の様子に、永も蕾生も身構える。
「すずちゃんが辛そうだから、やっぱり教える方がいいかもしれない……」
確実に良い話ではないことは蕾生にもわかった。
永なら尚更で、途端に頬を強張らせ、厳しい視線を星弥に向けていた。




