第18話 星弥の協力
「ふええー……」
ソファの背にもたれ、星弥はまるで講談でも聞いた後のような気の抜けた息を漏らした。
今、永がした話は、あの日公園で蕾生に語ったものと大差なかった。
「信じて欲しいところではあるけど、信じられないだろうねえ」
得意気に永は言う。鈴心に対する星弥の優位性を、自分の方がもっと前から彼女を知っている事で上回ろうという気持ちが溢れてしまっている。
「大丈夫か?」
背もたれに沈んだ星弥を見て蕾生が声をかけると、星弥はお茶を一口飲んだ後あまりまとまらない頭で答えた。
「あ、うん。ちょっと、なんか壮大っていうか、ものすごくファンタジーっていうか、すごく大変そうっていうのはわかったかも……」
「俺も聞いた時は似たようなもんだった」
フォローをすっかり蕾生に任せた永は勿体ぶった口調のまま、あくまで上から目線の姿勢を崩さずに言った。
「これ以上のことは君の返事次第かな。まだライくんに話してないこともたくさんあるし」
すると星弥は真剣な眼差しで永を見据える。
その後、息をすっと吸ってはっきりと言った。
「わたしは──すずちゃんは貴方達とちゃんと話をするべきだと思う。その為の協力はします」
さすがに銀騎詮充郎に即突き出すような事はしないとは思っていたが、はっきりと協力すると口にした星弥の態度に蕾生は驚いた。
永も同様で、目をまるくして聞き返す。
「マジで?」
星弥は大きく頷いて、彼女なりに考えた己の立ち回り方を宣言した。
「それから、貴方達がお祖父様の敵にならない道を考える」
「はぁ? 悪いけどそんな道は──」
「当事者の貴方達には見つからないかもしれない。だからわたしが探してみる」
説得力のある、「模範的」な答えだった。それを星弥は天然ではなく、意識的にそうあろうとしている節がある。それを永は読み違えていたのだ。
「本当に、苦手だなあ、君」
永にとっては制御のきかない味方──とも言えない、第三の勢力が現れたような気分だった。
「永、あきらめろ。こいつ、見た目に反して結構ぶっ飛んでる」
蕾生の表現は的確だった。なんとなく肌でとんでもない相手だとわかったのだ。
「さすが、孫……」
永はがっくりと肩を落とす。星弥を上手く取り込んで意のままに操る──という最高の結果ではなかったからだ。それでもこの辺が落とし所だとわかっているので余計に悔しい。
「えへへ、褒められた」
「褒めてない」
「ウソ!」
少し照れる星弥に蕾生が冷静に言えば、星弥はそれが心外かのように驚いていた。そんな二人のやり取りを見て、あいつのお守りはライに任せよう、と永は隠れて決める。
「わかった、それでいい。僕らだって銀騎と争わずにすむならそっちの方がいい」
そんなことは不可能だけどね、という言葉を辛うじて永は飲み込んだ。
「よし、じゃあ、まずはもう一度すずちゃんに会ってもらえるようにしないとね」
話はまとまったと言わんばかりに、星弥は手を打って今後のことを話し始める。
「手はあるのか?」
蕾生が聞くと、星弥はうーんと大袈裟に考える仕草をした後、あっけらかんと言ってのけた。
「具体的にはないけど、二人は毎週末うちに遊びにくればいいよ」
「え、いいの?」
「もちろん。わたしがお友達を呼ぶのは勝手でしょ? すずちゃんだってそれは止められない。後は時間をかけてゆっくり……ね?」
永と星弥が膝を突き合わせて相談していると、まるで悪巧みのようだと蕾生は思う。
「あんまりかける時間はないかもしれないけど……今はその作戦にのるしかない、か」
「決まりだね」
なんだか終始星弥のペースだったような気がする。だが鈴心が心を開かない現状、星弥の言う通りに動くしかないことは永も蕾生もわかっていた。
また来週。今度はどんな手で鈴心に会おうか、その場では結論が出ないまま散会となった。
◆ ◆ ◆
騒がしい二人が帰った後は、屋敷は元の静けさを取り戻していた。とても刺激的な一日を過ごして少し疲れを感じつつも、星弥は鈴心の部屋を訪ねる。
「すずちゃん? 入ってもいい?」
「……どうぞ」
ノックをすると小さく返事がしたので、星弥は静かに扉を開ける。
部屋の中は真っ暗だったが、電気をつけてやるのは違う気がした。星弥は目が闇に慣れるのを待って、机に突っ伏している鈴心に近づく。
「大丈夫?」
「問題ありません」
その声は微かに涙交じりだった。
「嘘だあ、問題ありありじゃない」
「いいえ、これで終わったので」
それでも鈴心は強がっている。何が彼女をここまで頑なにさせているのか、星弥はその理由が本当に知りたいと思った。
「そんなに物分かりがいい人達なの? 九百年も一緒にいたのに?」
「聞いたんですか?」
「ちょっとだけ」
星弥があえて少し笑いながら言うと、鈴心は深く溜息を吐く。
「そうですか……また他人を巻き込んでしまうとは……」
「あー、聞き捨てならないなあ。わたしは他人じゃありません!」
「私達三人以外は他人です」
「!」
思わず漏れた鈴心の本音に星弥は驚いた。やはり痩せ我慢だったのだ。
永と蕾生にはまだ希望がある。それは喜ばしいが、星弥自身は他人だと言われてどうしようもなく寂しくなった。
「……」
星弥が黙ってしまったので、鈴心は罰が悪そうに眉をしかめていた。だから星弥は少し意地悪を言う。
「そんなに大事な人達なのに、拒絶したままでいいの?」
「……彼らのためです」
「自己犠牲?」
「そんな美しいものではありません」
「じゃあ、エゴだ」
星弥の言葉に鈴心は顔を上げた。核心を突かれたような目をしている。けれど、それを鈴心は一瞬で隠してはぐらかす。
「星弥、怒ってます?」
「うん!」
当然だ。小さい頃から何年も一緒に暮らしてきて、妹のように思っていたのに他人だなんて言われて。
「貴女が関わっていいことではないんですよ?」
「それはわたしが決めます! ていうか、すずちゃんとお祖父様が関係してるなら、わたしだって無関係じゃないと思うんだけど!」
「お祖父様とのことも聞いたんですか……」
鈴心はまた溜息を吐いて肩を落とした。
「うーん、詳しくは教えてくれなかった。前回の転生でお祖父様と揉めた? ってことくらいしか」
「でしょうね」
「すずちゃんが教えてくれる?」
「嫌です」
ふいとそっぽを向いた鈴心を振り向かせようと、星弥はわざと明るく言った。
「えー!? 後でわからないことは教えてくれるって言ったのに?」
「ハル様から聞いていないなら、私からも言うことはできません」
「あのねえ、英治親さんは今は周防永くん、雷郷さんは今は唯蕾生くんって言うの! 鈴心って呼んで欲しいならすずちゃんも今の名前で呼ばないとね?」
その言葉は鈴心に自分達の基本情報はおさえていることを悟らせるには充分だった。
鈴心は言葉に詰まったけれど、頑なな姿勢は崩さない。
「……でも、もうその名を呼ぶこともありませんから」
「そんなことないと思うよ? 周防くんと唯くんなら次の週末も遊びに来るから」
「──何故?」
鈴心は寝耳に水といった風で、目を見開いて恐ろしい顔で星弥を見るが、星弥も怯まずにきっぱりと言った。
「わたしが呼んだの。わたしのお友達だから」
「……」
その形相は、暗闇に光る目を持つ猛禽類然としている。さすがに少したじろいだものの、星弥は引かなかった。
「そ、そんな顔したって怖くなんかないもん!」
「……まあ、私は部屋から出ないので。ご自由にどうぞ」
鈴心は諦めたように息を吐いて、またぷいと星弥に背中を見せてしまった。
「ええー、寂しい! 男の子二人と同じ部屋で過ごすなんて、はしたないって思われる!」
「誰も思いませんよ。お祖父様もお兄様もこの家には近寄りませんから」
「うん、だからすずちゃんだって二人に会っても大丈夫だよ?」
優しく言ってみても、鈴心は頑なに拒否を繰り返す。
「会いません」
「気が向いたら出ておいでね」
「向きません」
それでも、そのうち鈴心は応えてくれる気がした。「私達以外は他人」と反射的に言い切ったのなら。そんな存在を拒絶し続けるのは途方もなく難しい。
良かったね、きっとすずちゃんは努力次第で応えてくれる。
けれど、そのことは言ってやらない。
だって何だか羨ましくて頭にくる。
星弥は二人に嫉妬の感情を込めてそう決めた。




