第17話 演者達の攻防
小さな背中に、どれだけのものを背負っているのだろう。
長く生きて、と願う言葉以外は何も語らずにリン──鈴心は永の前から去った。
彼女を留めようとした蕾生の叫びが空しく響いた後、部屋には重い空気が漂っている。
星弥は永と蕾生を交互に見るけれど、どう声をかけていいのかさっぱりわからなかった。
かたや肩を落として力無く座っている者と、かたや立ち尽くしたまま世界を滅ぼしかねない程怒っている者。どちらの気持ちを思っても、何を言っても軽々しいものになりそうで居た堪れない。
仕方なく星弥はすっかり存在を忘れていたお茶のセットに手を伸ばし、淹れ始める。
「えっと……もう少し事情を聞いても?」
温かく湯気の出た紅茶をテーブルにそれぞれ並べた後、そう切り出した星弥に蕾生は少しバツが悪そうに謝った。
「ああ、悪かった。騒いじまって」
「ううん、いいの。それに、すずちゃんの方が一方的で悪かったよう……な?」
星弥の言葉に蕾生は少し驚いた。今までの態度からすれば鈴心側に立って言いそうなものなのに、こちら側にも一定の理解を示してくれるとは。
「いや、悪いとかじゃないと思う」
「そうなの?」
ならば、と蕾生は星弥に自分達のあらましを教えてみてもいいかもしれないと思った。今、永はその判断ができないから。
「俺達三人は、鵺の呪いってやつでずっと昔から転生を繰り返しているらしい」
「らしいって?」
星弥の言葉尻を捉えた質問は的確で、もともと説明することが苦手な蕾生は無意識に頭を掻いた。
「俺は呪いが一番濃いみたいで、記憶がねえんだ。だから、俺も知ったのは最近で」
「そう……」
「永の方はずっと──最初に呪いを受けた時からの記憶があるし、鈴心もそうらしい」
「すずちゃんも?」
蕾生の辿々しい説明を聞きながら、星弥はしきりに首を傾げている。
蕾生は言いながら自分がわかっている情報を整理しようとするが、整理するほどの引き出しがない。次第に情けなくなってきた。
「永と鈴心は鵺の呪いを解こうとして転生を繰り返してる。俺は覚えてないから過去に何をしてきたのかわからねえ」
「そうなんだ……」
「鈴心は昔からリンって呼ばれてて、毎回俺達のところに十五ぐらいでやってきて、呪いを解くために動いてたっぽい……」
「ああ、それですずちゃんが十三歳ってこと、気にしてたんだね?」
「まあ、そうだ。で、えーっと……あー……」
たった一つだけの引き出しの中身が尽きた。頭の中のタンスは蹴っ飛ばしてもひっくり返しても、もう何も出てこない。
「おい、永! いつまで落ち込んでんだ! 俺じゃ、これ以上はわかんねえぞ!!」
堪らずに蕾生が癇癪をぶつけると、それまで落ち込んでいたはずの永は肩を震わせて笑いをこらえていた。
「く、くふふ! はあー、ライくんの理解度がこんなもんだとはねえ……」
「お前がほとんど教えてくんねえからだろ!」
蕾生が喚くと、永は顔を上げて見せる。そこにはいつも通りの人を食ったような表情の永がいた。
永はうんと伸びをして座り直し、すっきりした顔で笑う。
「──よし! 落ち込むのやめ! ありがと、ライくんが場を繋いでくれたおかげで冷静になれた」
「お、おう。で、これからどうするんだ?」
「リンのことは絶対にあきらめない。あいつは何かを隠してる」
閉ざされてしまった部屋の扉を見つめる瞳。真っ直ぐに、その向こうにいる小さな背中を捉えようとしている。
永はブレていなかった。それでこそだ、と蕾生も安心した。
「──だろうな」
まだこれからだ。二人の間にはまだ諦めるという選択肢はない。希望はあると信じて頷き合う。
「あの、もう少し詳しく教えてくれない? すずちゃん、とっても辛そうだったの。このままじゃいけないと思う」
星弥の疑問は当然の事だ。蕾生は永が彼女に何を伝えるのか、全てを伝えてもいいんじゃないかと視線で訴える。
永にはもちろんそれだけで通じていた。蕾生から星弥に視線を移して、真剣な顔で言う。
「うん、できれば銀騎さんにも協力して欲しいんだけど、僕らの事情を話す前に言っておかないといけないことがある」
「なに?」
「僕らはいずれ銀騎詮充郎の敵になる」
「──!」
その永の宣言に、星弥は肩が震える程に驚き、困惑の表情を向ける。蕾生にも突然そのことが現実味を帯びてきて緊張が走った。
「リン──鈴心が僕ら側につけばもちろん彼女も君の家族の敵だ」
「お祖父様も、関係があるの?」
「あるなんてもんじゃない。元々、銀騎の家とは因縁があるんだ。詮充郎は中でも一番タチが悪い。前回も酷い目に合わされてね」
朗々と語ってみせる永の言葉を星弥は少し眉を顰めて聞いていた。
「そんな因縁の相手の家にリンが転生してるなんて出来すぎてると思わない?」
「お祖父様が、何かをしたってこと?」
「まあね。あのジジィの性格からしたら、僕はそれを確信してる。多分、君よりも僕は銀騎詮充郎という男を理解している」
「……」
口数の少なくなった星弥を追い詰めるように永はたたみかけた。
「どうする? お祖父様、の敵に手を貸す覚悟が君にあるならその先のことを話す」
「永! そんな言い方──」
さすがに言い過ぎだと蕾生は思った。女子相手に容赦がなさすぎる。けれどそんな蕾生を手で制して永は続けた。
「鈴心を救いたかったら、僕らに協力するしかないよ?」
挑戦的な永の物言いに、星弥は少しだけ考えた後、口を開いた。
「周防くんは、お祖父様かすずちゃんか選べってわたしに言ってるのね」
「そう。君が鈴心を大切に思ってるのは伝わってるからね」
「それは周防くんもでしょ? すずちゃんがどうしても必要だから、今みたいにわたしを脅すみたいな言い方をして」
「うん?」
相手が引く態度を見せないので、永は小首を傾げた。その隙を縫うように、星弥は真っ直ぐに永を見て言う。
「わたしが協力しないと、すずちゃんともう一度会うなんてできないよ? ましてや説得なんて無理でしょ?」
「えーっと……」
永は急に目を泳がせ始める。そこへとどめの一言をにこやかに星弥が放った。
「お願いするべきなのは周防くんの方だよね」
「……」
言葉の出ない永に、星弥はにっこり笑った顔のまま、首を傾けて降参するように促した。
「──やっぱり、君は苦手だなあ」
永が言い負かされたのを初めて見た蕾生は、思わず口を開けて二人を見比べてしまった。両者ともニコニコ笑いながら恐ろしい雰囲気で会話を続ける。
「僕が頭を下げたら君は協力してくれるのかな?」
「そんな必要はないけど、わたしって頼まれたら断れない人みたいだから」
「──なるほど。僕は君の人となりを間違えて解釈してたみたいだ」
星弥の、学校で見せる顔はただのキャラクターだった。彼女は人当たりのいい優等生を演じている。その目的はわからないが、そういう振る舞いは永とほぼ同類だ。
こういうのを狐と狸のばかし合いと言うのか、それとも敵対する者同士の腹の探り合いとでも言おうか、どちらにしても蕾生にとっては高次元の会話がなされていた。
「参ったな、もっと直感を信じれば良かった」
「そうかもね」
確かに永は最初から星弥を警戒している。銀騎憎しの感情もあるだろうが、蕾生は優等生同士のライバル心というか、同属嫌悪のようなものだと思っていた。
だが、そもそも二人が本当に「優等生」なら、こんな尖った雰囲気にはならない。永も星弥も「優等生を演じている」者。同族嫌悪には違いないかもしれないが、裏表を持つ者のそれは全くの別物に思える。
顔は笑っているが目が笑っていない永と星弥。冷ややかでにこやかな攻防の後に永が折れた。
「わかった。まずは君に事情を話す。その後君が選ぶといい。協力するか──詮充郎につきだすか」
「いいのか? 永」
万が一の事を考えて蕾生が尋ねると、永は両手を軽く掲げて降参のポーズでおどけて見せる。
「まあ、大博打ではある。けど、これくらいの賭けには勝てないとね」
永と蕾生の心が決まったのを見定めて、星弥はにっこり笑って言った。それは勝利宣言と言ってもいい。
「お話長くなるよね? お茶、入れ直すね」
今度はカモミールティーが入れられる。蕾生は初めてだったが一口飲むと気分が落ち着くようだった。
それから、永が少し勿体ぶりながら口を開く。
九百年前の自分──英治親の伝記が滔々と語られた。




