第12話 今回の転生
「基本の──っていうか、これだけはいつも変わらないことがあるんだけど。まず、僕とライくんは必ず同い年で近所に産まれるのね」
リンについて話すためには、まずおおまかな転生の流れを説明すると言って、永はそう切り出した。
「ライくんの記憶はその都度リセットされてるんだけど、僕は物心がつくあたりからなんとなく前世の記憶を思い出してくるんだ」
「そうなのか?」
それを聞いた蕾生は不思議な気持ちになった。
喋る言葉には細心の注意を払う永が「必ず」とつけた事だ。情報オタクで物事においてあらゆる可能性を考える永が、何かを断定する事はまずない。
それだけ永と自分の運命は「定められている」ものなのだ。永と一緒にいることも決められたことだったのだ。そこに、運命的なこそばゆさと、鵺の呪いによる恐ろしさを感じていた。
「俺は、いつもはどうしてるんだ……?」
記憶がリセットされる自分は、いつ頃運命を知るのだろうか。その間、永は何をしてきたのか。知りたい事はたくさんあるけれど、何から聞いたら良いのかわからずに、蕾生は漠然とした質問をしてしまった。
「別に何も。君は健康に育ってくれたらそれでいいんだ」
永はにっこりと笑って言う。その笑顔は普段通りではあった。けれど、自分たちの運命を知った状態では永の笑顔は全てを背負ったような──覚悟を決めたようなものに思えて、蕾生は少し焦る。
最初に永が助けてくれたのも、ずっと側にいてくれたのも、有難いことだと思っていた。その理由が運命に裏付けされたものだと知った今、何も知らなかった自分が情けなくなった。
「なんか、不公平だな。俺ばかり何にも知らずに暢気にしてて」
「やだなあ、そんなことないんだよ! その方が、僕は救われてる」
「……」
沈みそうになる蕾生の肩をぽんと叩いて、永は更に明るい口調で話題を切り替えるように言う。
「で! だいたい十五か十六になるころ、リンがどこからかひょっこり現れるんだ」
「ええ?」
唐突な第三の人物の登場に、蕾生は思わず間抜けな声を出してしまった。
「状況はその時々で違うけど、だいたい僕達の住んでる街に引っ越してくるのが多いかな。その時にはリンも僕達と同い年で転生の記憶がある状態でやってくる」
「そいつはなんで俺達の居場所がわかるんだ?」
「リンが言うには、十五歳になる頃に突然記憶が蘇るんだって。夢を見るらしい。その夢の最後に現在の僕達の居場所が正確に出てくるんだって」
「……それ全部呪いのせいなのか?」
蕾生はにわかには信じられなかった。ただでさえ、あのリンという少女には今の所良い印象はない。
狙って自分達の元にやってくるなんて、逆に怪しいのではないかとすら思う。
「ものすごくご都合主義っぽくて笑っちゃうけど、僕とリンは呪いが三人を引き合わせてるって考えてる。ところが──」
永も蕾生の戸惑いを当然のように受け止めながら、困ったように笑う。けれど永は蕾生のようにリンを疑うような素振りは全く見せなかった。
「ライくんは初めてのことで違和感があると思うけど、あえて現在の僕達のことを『今回の転生』って呼ぶけど……」
遠慮がちに永は言う。蕾生の中ではリンに対する違和感は拭えていない。けれど、自分は記憶がリセットされてしまっている。九百年間を知り尽くす永が疑問を持っていないのなら、何も知らない自分の違和感は意味がない。だから蕾生は素直に頷いた。
「ああ、それでいい」
「今回の転生では、リンの合流が遅れていたんだ」
「まあ、昨日はそういう雰囲気じゃなかったな」
出会った事だけを考えれば今回も矛盾はないように思えたが、蕾生は昨日拒絶されたことを思い出した。
「うまく言えないんだけど、いつもだったらリンが現れて『ああ、鵺の呪いをなんとかしなくちゃ』って実感する。リンがやって来る事で運命へのスイッチが入る……って感じなんだけど」
永は珍しく感覚的な物言いで、その感覚を言語化する事に苦労しているようだった。
「だけど今回の転生では『リン遅いな』って思っちゃったんだよね。そんな事考えたことなかった。だから、すごく嫌な……ていうか、異常な事態になりそうな感じがしたんだ」
眉をひそめながら、辿々しい説明になる様はいつもの永らしくない。それだけ正常ではない事が起きていると蕾生に悟らせるには充分だった。
「結果として僕達はリンに会えたけど、あの調子だったでしょ? それに昨日会ったリンはとても僕達と同い年には見えなかった」
昨日見たリンの姿は高校生には見えなかった。せいぜい中学生か、小学校高学年といったところだ。
その姿を思い出すとともに、蕾生はあの時ひどく永が狼狽したことも鮮明に思い出した。
「だから、永はあんなに取り乱してたんだな」
「ま、まあね。話を少し戻すけど、リンが遅いって思った時に、少し思い出したことがあって」
へへ、と照れくさそうに笑った後、真面目な顔になって永が続ける。
「銀騎詮充郎。あいつが前回の転生でリンに異常な興味を示していたんだ」
「あのVTRのじいさんか? 異常な興味って?」
昨日の銀騎詮充郎の姿を蕾生は思い出す。
皺が深く刻まれた顔の中に、落ち窪んだどす黒い目。しゃがれているのに心の奥深くまで突き刺さる声。
まるで死神のような威圧感で睨まれたらきっと身がすくんで動けないだろう。あんな存在とこれから関わらなければならないと思っただけで背筋が寒くなる。
「ちょっとそれはまだ言えないんだけどぉ……」
永の更なる隠し事に、蕾生の苛立ちがますます大きくなった。大袈裟に睨むことで意思表示を試みる。
「それはほんとゴメンっ! とにかくリンと銀騎詮充郎の間に何かあったのかもしれないと思って、僕は昨日君を連れて研究所に行ったって訳」
永は蕾生の目の前で両手を合わせて謝った。ここまでしても教えてくれないなら、次の機会に期待するしかない。
「……まあ、わかった」
「リンのことは確信があった訳じゃないから、本来の僕の目的は刀の方だった。だけど、いざ研究所に入ってみたらリンの気配を感じたもんだから、僕も驚いてしまって」
「そうか……」
永にしてみたら、九百年もずっと仲間だと思ってきた相手に昨日突然拒否されたことになる。
蕾生にはその時間の重みはまだわからないけれど、もし、永にあんな態度を自分がとられたらと思うと、昨日あんなに永が取り乱したのもわかる。
永に自分以外にもそんな相手がいたことは少しショックで、嫉妬のような感情が生まれている。さらにリンに対する違和感と、永を拒絶した怒りのような感情もあって、蕾生の胸の内は消化不良のようにモヤモヤしていた。
「で、ミッションの話をするよ?」
「お、おう」
「まずは、もう一度リンに会いたい」
蕾生がリンに感じている不信感など、永の方は欠片も持っていない。極めて真剣な表情で永は訴えた。
そんな澄んだ目をされては、自分の持っている感情が子どもっぽいものに思える。
「でも、どうやって? 昨日のはただラッキーだっただけだろ? それに──」
「うん。リンははっきりと僕達を拒絶してきた。もう、嫌になってしまったのかも。とても酷い運命だから」
永のこれまでの苦労はとても推し量れるものではない。酷い、と言い切る程の経験を永とリンはしてきたのだろう。
「それでも!」
永は自らを奮い立たせるように、きっぱりと蕾生に訴える。
「僕はもう一度リンに会いたいんだ」
少しだけ声が震えていた。揺らぐ瞳の中にはリンに対する純粋な思いがある。それを感じ取ったからには、蕾生が躊躇う理由はない。
「わかった。絶対にお前をリンに会わす」
「ありがとう、ライ」
やっと安堵したように破顔した永を見て、蕾生の心は決まった。
「で、具体的にはどうするんだ?」
「うん。それなんだけど」
急に永らしい余裕の笑みを浮かべて、というかワルくニヤリと笑って言い放った。
「ライくんに、女の子をナンパして欲しいんだよね!」
「──ハア!?」
突拍子もない言葉に蕾生は思わず声を上げる。
同時に昼休み終了のチャイムが甲高く鳴り響いた。




