第11話 思い出せない夢
ああ、また夢を見ている。蕾生はそう理解していた。
誰かが、激しい慟哭をしながら己を責めていた。
その嘆きが内から湧き上がるような、不思議な感覚だった。
◆ ◆ ◆
「俺の世界は間違っていた」
自らの存在意義を問う。
その身を置いた世界は間違っていた。けれど、間違えたのは何より自分自身。
「あきらめるな、抗い続けろ!」
俺はここまで。だが、君は違う。
君の世界は更に残酷だとしても、君には正しい仲間がいる。
「今は飲み込まれてしまうとしても、爪痕くらい遺せるだろう!」
いつか、渡せる日が来るかもしれない。
その時、君の世界が君にとって正しいものであることを願う。
また、会おう。
◆ ◆ ◆
「……」
目覚ましのアラームが鳴っている。
蕾生は携帯電話を操作して音を切った。そして自分の目が覚めていることに驚いた。
何かとても重要なモノを見たような気がするが、それが何かわからない。鵺の呪いのせいだろうか、と蕾生はぼんやり考えながら起き上がった。
のろのろと支度をしても時間が有り余っているのは変な気分だ。一階のダイニングに降りると、母は特大の握り飯を握りながら目を丸くして蕾生を見つめていた。父も読んでいた新聞を落としたまま、拾うことも忘れて口を開けている。
早く起きたはずなのに、罰の悪さを感じるなんて理不尽な朝だ。いたたまれなくなった蕾生は母から握り飯を引ったくって玄関を出た。背後から弾んだ両親の声が聞こえる。それもまたいたたまれない。
「え?」
家を出るとちょうど永が来ていて、父母と同じような、狐にでもつままれたような顔をしていた。
「え、ライくん、ウソでしょ?」
「何が。時間通りだろ」
「……なんてこった。僕があんなことを話したばっかりに」
永は大袈裟な身振りで頭を抱えて見せた。
「いや関係ねえから」
「だいじょぶ? ちゃんと寝れてる?」
口調はふざけ混じりだが、永の目には少しの不安も感じ取れた。蕾生はそれを拭うようにあっけらかんと言って見せる。
「おう、ぐっすり寝た」
──はずだ、と蕾生は自分にも言い聞かせた。夢は見た気がするが内容はさっぱり思い出せない。
そういえばいつもそうだ。普通なら夢を見ればいくらかでも覚えているはずなのに。朝が弱い理由はそこにあるのかもしれない、と蕾生はぼんやりと思った。
「急に早起きしてみようと思った、みたいな?」
永はとにかく心配そうな声音で掘り下げる。
「別に。なんか自然に目が覚めた」
蕾生が答えると、永は雷にでも打たれたような顔で立ち尽くした。
「え……まじでゴメン……」
「──なんで?」
「ライくんの精神に負担をかけてしまったから……」
「んなことねえだろ」
どうも永の様子は大袈裟な気がする。いつもなら蕾生のことはガサツとか大雑把などと言っているのに、今日はまるでカウンセラーのような口調だった。
「話しておいてなんだけど、あんまり深刻にとらえないでね? 考え過ぎたらダメだからね?」
「考え過ぎるも何も、お前、まだほとんど話してくれてないだろ」
「そうなんだよ、だから心配なんだ。あれだけの情報でまさか不眠症になるなんて……」
「そんなんじゃねえよ。ぐっすり寝たって言ったろ」
あまりに永がしつこいので蕾生は苛立って言い放つ。すると永は何かを考え込んでいるように無口になった。
「……」
「永?」
蕾生の声は聞こえないのか、永は一人でうんと頷いて顔を上げた。
「わかった、ライくんを信じることにする」
「お、おう」
永の中でどんな葛藤があったのか蕾生にはわからないが、信じると言った永を信じるしかない。本当に蕾生は自身の体調がおかしいとは思えないので、その場がおさまって安心した。
自分の置かれた運命は昨日がらりと変わってしまった。なのにそれ以外は変わらない日常がある。その乖離に多少の戸惑いはあるが、永と一緒なら立ち向かっていけると蕾生は改めて思いながら学校という日常に向かっていった。
昼休み。弁当を食べた後、永が珍しく中庭に行こうと言い出した。
昨日の続きで、大事な話をするんだろうと思った蕾生は黙って永についていった。
中庭中央の桜の木の下。幸いにも今日は曇りで誰もいない。永は振り返って安いドラマのような口調で切り出した。
「とりあえず、ミッションそのイチ」
わざとおどけて話すのは蕾生に負担をかけたくないからだろうと、当の蕾生ももうわかっている。
「リン、ってやつのことだろ?」
だから蕾生も前置きなしに、昨日の出来事で一番鮮烈なものの名前を出した。
「そうリン! なんであいつ、あんなところに居たんだろ?」
「アイツがいると思ったから銀騎研究所に行ったんじゃないのか?」
あの場所に向かう永の足取りは迷いがなかった。だから蕾生は昨日の目的は当然彼女のことだろうと思っていた。
「いや、ほんとは別のことを確かめたかったんだよね」
「何だよそれ?」
「んーと、なんていうか……どうしよっかな……」
永は急にしどろもどろになって目を泳がせた。その態度に蕾生は冷ややかな視線を送る。
「わーかった、話す! えっとね、ほんとはあの研究所に刀があると思ったんだよね」
「刀?」
「鵺を討伐した時に褒美として帝から賜った宝刀なんだけど、銀騎側に取られちゃってて」
永は努めて明るく、舌まで出して軽い調子で話す。その気遣いは何を言ってもやめることはないだろう。蕾生はそう諦めて話を進めた。
「いつ?」
「うーん、いつからだったかなあ。結構前から。直近だと二、三回くらい前の転生の時かなあ」
「そんなに前から銀騎研究所と知り合いなのか」
永が銀騎研究所を憎んでいることは伝わっていた。おそらく前回の転生で何かがあったからだろう。蕾生はそれくらいに考えていたのだが、もっと昔からだということに驚いた。
思ったよりも根の深い関係なのかもしれない、と蕾生は軽く唾を呑む。
「なんかいろいろややこしい因縁が出来上がってるんだよね、あそことは。元は──」
蕾生の微かな緊張を敏感に感じ取った永は、軽い口調のままで言いかけて、少し止まった。
「ま、その辺はちょっと置いといて、リンのことを先に説明してもいい?」
「あ、ああ」
続きが気になるけれど、話が逸れてしまっている。永は話さないと決めたことは絶対に曲げないし、再び「リン」という言葉を聞いた蕾生は、直ぐにそちらの方へと知りたい欲が膨らんだ。
昨日、温室で会った少女。
厳しい声と表情。それなのに、永を気遣う優しい言葉じり。最後に見た涙。
それらの記憶が蕾生の脳裏に蘇っていた。




