File.1 拝啓、親愛なる神父様へ。
名もない孤児院。
毎日朝8時に始まる讃美歌の時間。部屋の角で口を噤んでいる少年は、黒く澱んだ目で、壇上に立っている男を睨みつけていた。
「ほら、ラプ君も、ちゃんとお歌を歌いなさい。」
少年の名はラプ。齢は11になったばかりである。
「神父様に言って、お仕置き部屋に連れて行ってもらうわよ。」
若いシスターが、ラプの背中を軽く小突いた。
その瞳孔は、瞬きさえ惜しむように男を捉え続けていた。
ラプは既に決意していたのだ。
神父を殺す――と。
神父の名はオラクルム。
孤児院を管理するこの神父は、キセキを起こすことができるのだ。
讃美歌が終わり、神父は女神像の前に立ち、祈りを捧げる。
……すると、天井があるというのに、神々しい光が差し込むのである。
村の人々は神の使いだ、と言ってこの神父を崇め奉る。
何かあったら、オラクルム様の孤児院へ――。
村の人々は挙って孤児院へ押しかける。
怪我をしたなら、神父様が神の力で、治してくれる――。
村一番の聖人。我らを守ってくれる神父様。という評判である。
……表では。
ラプは見てしまった。
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つい先日のことである。皆が寝静まった深夜。三段ベットの最下層で、寝息を立てていた少年は慢性の頭痛で起きてしまった。
「うぅ……。」
いつにもまして酷い痛みだ。今までは何となく避けていたが、今回ばかりはしょうがない。
神父様に診てもらおう。
そう思って、ドアをそっと開けた。
もう、廊下のロウソクは消えている。いつもなら突きあたりが見えないくらい真っ暗なはずなのに、遠くの方から、微かな光が見える。
不思議に思いながらも、他の部屋の子供たちを起こさないよう抜き足差し足で進む。
進入禁止!と書かれている扉が半開きになっていて、そこから光が発せられているようだ。
普段は神父によって固く閉じられている扉である。
好奇心と不安がせめぎ合う。
いつもならこんなところ絶対に入れない……。
ラプは少しの間、頭を悩ませる。しばらくして、左手をギュッと握り、右手をドアノブへと伸ばしていった。
そこには階段があり、コツ、コツと歩みを進めていくと、捧物部屋、と書かれた部屋の前に辿り着いた。
「……?」
部屋から、神父様がキセキを起こすときの神々しい光が漏れ出ている。
誰かを治療しているのだろうか。この孤児院では夜の来客も珍しいことではない。
不思議に思いながら、ラプはそーっと部屋を開けた。
――少年の脳は。そこに広がっていた景色を理解するのを強く拒んだ。
台の上にきつく、縛られた少女。
周りには、拷問器具のようなものが並べられている。
少女は体の至る所から流血していて、所々人間にあるべき部位が欠損している。
その真正面には、千切った耳を片手に息を荒めている肥えた裸の男。
神父、いや、オラクルムであった。
少女は助けを求めるような、涙ぐんた左目で、ラプに目線を合わせた。
右目は抉られ、床に落ちていた。
「う……あ…………。」
ラプは腰が抜けて、体を恐怖で震わせることしかできなくなってしまった。
「……ん?何だ?」
神父が、動きを止め、ゆっくりと振り返る。
「……扉は、閉めとくもんだね。」
一歩、一歩とラプへ近づく。
「君は、お仕置き、だ。」
まるで、モノを扱うかのように、ラプの顔面を鷲掴みにして、隣の部屋へと引きずっていく。
「んー!むー!」
何が何だか分からないまま、必死に手足をバタつかせもがく。
「運びにくいガキだ。」
――ゴキッ。
鈍い鈍い、首の骨が折れる音。
少年の意識は瞬く間に暗闇へと誘われていった。




