06.国一番の美姫
立ちあがったルカが咎める声を警戒するように、セアラを背中に隠して声のしたほうを見た。
「……急にどうしたの?」
ルカの背中から覗き見るようにしてセアラが問いかける。声をあげたのは侍女だった。
「今回はエスメラルダ姫様と竜人族のお見合いでしょう?! それなのにどうしてセアラ姫様なのですか!!」
「セアラ王女殿下もこのお見合いに参加することになったことが早馬で通達された。だから僕がセアラ王女殿下に求婚してもなにもおかしくはない」
顔を覗かせたセアラを再び背中に隠しながらルカが冷たい声で反論した。
「だとしても、エスメラルダ姫様のほうがルカ様と歳が近いし、なによりルカ様のお美しさはエスメラルダ姫様にふさわしいです。しかもエスメラルダ姫様はこの国一番の美姫なのですよ!」
侍女の言葉にセアラは唇を噛んだ。
エスメラルダは十二歳であるが、幼少のころから『こんなに美しい容貌は見たことがない』『神の芸術品だ』と言われている。それはエスメラルダが成長を見せるたびに人々の口にあがり、十二歳にしてこの国一番の美貌という国内の共通認識ができていた。そんなエスメラルダにだって引けを取らない美貌の持ち主であるルカが隣に並ぶとさぞお似合いだろう。
対して、セアラはエスメラルダの陰に隠れる地味な顔。ルカの隣に立つのがセアラだなんて、申し訳ない気持ちになってきた。
「エスメラルダ王女殿下が国一番の美姫だと噂されているのは知っている。だけどその人しか美しくないというわけではないし、美しさにも種類はある」
ルカがセアラの隣に移動してきた。いまはルカの隣に立つことに引けを感じて咄嗟に俯いた。
「セアラ王女殿下は可憐で愛らしいと僕は思う。僕の番。どうか僕の目を見てください」
番と認め、愛を乞うように囁くルカを、おずおずとしながらも望みどおりに彼の目を見た。
望みどおりに目を合わせたことをルカは嬉しそうに、そして慈しみにあふれる眼差しで見つめ返してくる。
「僕の番は誰がなんと言おうとあなたです」
エスメラルダの噂を知っていながらも興味を持つことなくセアラをかまうルカに対して、侍女がなにごとかを叫んでいる。しかしルカはそれを無視してセアラと向き合ってくれる。
竜人族は番を大切にする種族だという。
目の前のルカは本当にそのとおりだとわかる。
だからセアラも。
「はい」
容姿がルカにふさわしくないなんて卑下せずにルカと向き合って、ルカを大切にしたい。
「わたしの番もルカ様です」
気持ちよ伝われと祈るように手を組み、ルカを見あげた。
「んんっ、僕の番がかわいすぎる」
なにがと首をかしげていると、ルカが手を繋いできた。ルカの手は大きくてあたたかくて落ち着くことを知る。その熱を求めるようにセアラもルカの手を握り返した。
「さて、国一番の美姫で美しい男を求めているというのなら、竜人族には見目のよい男が多いからなにも僕にこだわる必要はないと思うよ」
「ルカ様よりも見目のよい竜人族がいるのですか?! それに……よくよく考えたらルカ様は辺境伯令息ではないから、エスメラルダ姫様にはふさわしくないわね」
独り言を呟く侍女を見つめるルカは含みのある表情をしながらも口を噤んでいる。しかしセアラがルカを見つめていることに気づくと、ルカは愛情たっぷりに微笑みを向けた。
「そろそろ戻ったほうがいいかな? セアラ王女殿下、陛下のところまでお送りしますね」
父王たちが休憩している場所まで戻る道すがら、この辺境伯領に滞在しているあいだにルカがお気に入りの場所に案内する約束をしてくれた。先ほど求婚の前にルカが言っていた言葉をさっそく実行してくれるらしい。ずっと一緒にいられることが嬉しくて、セアラは一も二もなく頷いていた。
やがて父王たちのもとに戻ると、そこでは父王とエスメラルダが談笑していた。そしてセアラが戻ってきたことに気づいたエスメラルダの視線が父王から移動して、ルカのところでぴたりと止まった。その大きな瞳がこぼれんばかりに開かれた。薔薇色の唇が小さく開き、それを慌てて手で覆い隠す。うっすらと色づく頬に、エスメラルダがルカの美貌に見とれていることがよくわかった。
ルカはセアラを番に選んでくれたが、エスメラルダがルカを気に入り、番になることを望めばどうなるのか。そこに不安を感じてこっそりと隣のルカを見あげた。ルカはエスメラルダのほうではなく、彼女たちから少し離れたところに立っている竜人族の男性を見ていた。
「ルカ、ずいぶんと遅かったな」
「魔物を倒したあと、セアラ王女殿下の護衛をしていたんだ。セアラ王女殿下の目的が湖だったみたいでね」
「まあ。あなたお強いのね。名前はなんというの?」
ルカと竜人族の男性の話に、エスメラルダが割って入った。それに合わせてルカの視線がエスメラルダに向く。
「ウォーレイ辺境伯家嫡男のルカです。以後お見知りおきください」
礼儀正しく騎士の礼をするルカではあるが、いま予想外の言葉が聞こえた気がする。
(ウォーレイ辺境伯家……の……?)
「あなたがウォーレイ辺境伯令息なのね。お美しいうえに、お強いだなんて素晴らしいことですわね」
「ありがとうございます」
先ほどの侍女の言葉をルカは否定していなかったが、肯定もしていなかった。しかしなんだか含みのある表情をしていた。それはこういうことだったのだろうなといまになって気づく。あの侍女の言い分ではルカがウォーレイ辺境伯令息だとわかれば、さらにうるさくなりそうだった。だからきっとそれを阻むための手立てだったのだろう。
(だけどそれとはべつにお姉様がルカ様を気に入ったみたいなのよね)
眉尻をさげながら見つめるセアラの前で、エスメラルダはもの憂げに息をつく。
「けれどまた魔物が出れば怖いわ……」
潤む瞳でルカを見つめるエスメラルダを見ていられなくて、セアラは俯いた。