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05.番の成立

 風が通り抜けてルカの艶やかな髪がなびいた。

 周辺に咲き誇る竜人族の国の花たちもさわさわと揺れている。そんななかで跪くルカはまるで絵画のように美しい。ただでさえ太陽の光を受けて宝石よりもきれいな色の瞳をしているというのに、いまは熱を湛えてさらに輝きを増している。


 この、国一番の美姫と言われるエスメラルダに負けずとも劣らない美貌のルカが、地味で姉の陰に隠れるセアラに求婚?


 今回は竜人族とのお見合いのためにウォーレイ辺境伯領にやって来た。ルカがお見合い相手ならいいのにと願ったのも事実。


 しかしお見合いの前に、一足飛びに求婚?


「えっ……と。あの。お気持ちは大変嬉しいのですが、なぜわたしなのですか? わたしはただ魔物から助けていただき、この湖まで案内していただいただけなのに」


 少し困ったように眉尻をさげて微笑んだ。それを見たルカは気分を害することなく、むしろ満足そうに目を細める。そうする意味もセアラにはわからなくて首をかしげた。


「守られて当然の王族であるのに、怯える侍女をかばい、魔物をしっかりと見据えていたでしょう。まだ幼いのに、いや、大人でもなかなかできることではないです」

「怖くなかったといえば嘘になりますし、生存率をあげるために必死だったので、あまり褒めていただくのも心苦しいです」

「生きるために抗うことは悪いことではない。死んでしまえばなにもできなくなりますからね。それにそれぐらいでないと、領民を守ることはできない」


 ここは魔の森を有するウォーレイ辺境伯領。魔の森は他の地域よりも魔物の出現率が格段に高い。その魔物から人々を守るのが竜人族。

 仮にセアラが竜人族に嫁いでも、セアラ自身が魔物と戦うわけではない。それでも、いや、だからこそ、竜人族が魔物討伐に出れば家や領民を守るのは留守を預かる妻の役目になる。


 あそこで魔物に遭遇したのはただの偶然だったが、はからずも魔物討伐に対するセアラの心構えをルカが垣間見たということになったのかもしれない。


「あと、これは結果的にわかったことだけど、あなたは竜人族の番についても勉強されているようですね。実を言うと、求婚しても互いの意思確認もなく人族の政略結婚として扱い、陛下に裁可を求めるものと考えていました」


 ルカが申し訳なさそうに苦笑した。


 竜人族でいうところの番は、人族でいうところの配偶者。その決め方は、互いに番になることを合意した場合にのみとなっている。これは竜人族のしきたりではなく、本能として組み込まれていることで、番を決めるのに第三者の干渉は受けない。番候補として誰かを紹介することはあっても、最終的に番となるかどうかは当人たちのみに決定権がある。


 だから竜人族との関係強化に政略結婚を目論んだ国王ではあったが、ウォーレイ辺境伯はエスメラルダの年齢に近い竜人族の男子を複数人、お見合い相手として用意していた。


「姉が嫁ぐ先のことと思って」

「そういう家族思いなところも好ましいです」


 竜人族は家族や仲間を大切にする種族でもある。だからかセアラが竜人族について学ぶきっかけが姉であることをルカは好意的に受け取っていた。


「あの、わたしも竜人族の方とお見合いするためにこちらに来ましたけれど、わたしはまだ十歳でルカ様から見るとほんの子どもです……よ?」

「この国では十歳でも婚約することはあるのでしょう。五歳差の結婚もよくあるものだと聞いていますし、僕は十五歳なのでギリギリ子どもです。それに」


 言葉の途中で口を閉じたルカがじっとセアラを見あげる。その熱の籠ったルカの瞳が、セアラの目の前で変化した。それまで人族と同じ形だった丸い瞳孔が縦に細くなっており、まるで猫のような瞳だと驚きの声が出そうになるのを手で口を覆って阻止した。


「……この目が怖いですか?」


 少し傷ついたようにルカが目を伏せた。


「ち、違います! 猫みたいな目だなと思っただけで、怖いなんてことはないです!」

「猫……。ドラゴン由来なんだけどな……」

「あっ、そうですよね?! 竜人族ですものね?!」

「ドラゴンの瞳孔は縦長なんです。気持ちが昂ると僕たち竜人族も瞳孔が縦長になるのです」


 ルカの昂った気持ち。ルカはたしかに先ほどから熱っぽく見つめてきている。


「――僕は、強さも弱さもすべて飲み込んで毅然と魔物に対峙するあなたに恋に落ちました。どんな魔物からも害意からもあなたの一番近くでお守りしたい」


 家族に蔑ろにされてきたセアラを、ルカは見てくれた。それだけでなく気持ちも寄せてくれていている。兄以外にそういった存在に出会えたことに、さみしかったセアラは救われて胸がいっぱいになる。しかもそれが、お見合いの相手がルカだったらいいのにとひそかに願った彼自身なのだからなおさらのこと。


 込みあげてくる気持ちに感応したように目が潤む。


 気持ちが昂った人族は目が潤むことを知ったセアラはその竜人族との違いに、少しのさみしさを感じた。


(わたしも竜人族だったらよかったのに)


 人族は竜人族にはなれない。だけど――


「人族は気持ちが昂ると目が潤むのかな? 大切な人には泣いてほしくないけれど、いまのあなたの目はきれいですね。その目もやっぱり一番近くで見ていたい」

「――っ、わ、わたしも、ルカ様のいまの目、一番近くで見ていたいです」


 長い黒いまつ毛に縁取られたまぶたがゆっくりと金の目を覆い隠す。次に現れたそれも瞳孔は縦長だった。またその目を見ることができたのが嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。

 その笑顔に誘われるように、ルカがセアラの手を掬い取った。


「改めて申し込みます。セアラ王女殿下、僕の番になっていただけませんか」

「はい。喜んで」


 セアラの返事を聞いたルカが幸せそうに微笑み、そしてセアラの手の甲に口づけた。


「ちょっと待ってくださいッ!」


 突然、咎めるような叫び声があがった。




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