14.かりそめの関係が終わるとき(ルカ視点)
ベインズ王国において成人お披露目のドレスは白色の生地を使う。セアラのドレスはルカの母親が贈ることになったが、ベインズ王国の慣例に従って白色のドレスを用意していた。
「俺はこういうのにはあまり造詣が深くないのだが、これはわかるぞ。国内にも近隣国にもない生地であることを。ネスタ特有のものだな?」
トルソーに飾られたセアラの成人お披露目用のドレスを間近でまじまじと見つめるシルヴェスターが推理した。
「正解。ネスタの特産品だ」
ひとりソファに座ってシルヴェスターの様子を眺めながらルカは機嫌よく答えた。
ここは王都にあるウォーレイ辺境伯家のタウンハウス。
このドレスを直接セアラに手渡したいルカであったが、エスメラルダの味方ばかりの王城に置いておくのがなんとなく不安だった。そのため当日までウォーレイ家に置いているわけだが、このドレスを見るたびにセアラを迎えられる実感がわく。
ネスタ独特の織り方をした生地をベインズ王国の流行のシルエットで整え、これまたネスタ独特の刺繍で飾っている。刺繍に使用している糸は金色と水色で、ルカとセアラの瞳の色。
「ドレスのデザイン的にはシンプルなほうだが、そのぶんアクセサリーがえぐい。こんな大ぶりなイエローダイヤモンド、よく見つけてきたな」
「なんせ番と離れて暮らしていたからな」
「執念か……」
ドレスは母親が用意したが、アクセサリーはルカが用意した。以前はエスメラルダたちの手前、花で作った指輪しか贈ることができなかったが、約束のセアラの成人を迎えたので堂々と宝石を用意した。ネックレスもイヤリングも、イエローダイヤモンドをメインに、アクセントとして小粒のブラックダイヤモンドをあしらっている。両方ルカの色である。
「そういえばエスメラルダのドレスは母上経由で渡したらしいな。エスメラルダはおまえに会えなくて残念がっていたぞ」
「王妃様経由もなにも、あれを作ったのは王妃様だからな」
「――は? エスメラルダにドレスを贈る約束したんじゃなかったのか?」
「俺にはドレスのことがさっぱりわからないと王妃様に言ったら、いいように取り計らってくれた。生地もデザインも全部王妃様が決めて、ウォーレイ家に請求してもらった。俺の手はいっさい通っていない」
「……詐欺では?」
「あのとき、俺はエスメラルダ様に話しかけられはしたが、誰からドレスをほしいとは言われなかったからな。だからウォーレイ辺境伯から俺の婚約者予定の姉へ贈ってもらった。まあ、金を出しただけだが」
「だから詐欺だろ」
唖然としているシルヴェスターに、ルカは含みのある笑みを浮かべた。
「さんざん横取りしてきた女に対する報復だ」
セアラに会うために登城してもエスメラルダのもとへ通された。セアラに手紙を出してもそれが届くことはなかった。どちらもエスメラルダが手を回してのことだというのは、エスメラルダに派遣した竜人族の侍女が同じく彼女につけた竜人族の護衛経由で報告してくれた。
エスメラルダは自分好みの若く美しい護衛と侍女を派遣されたと喜んでいるらしいが、ルカに言わせればどちらも密偵役であり、セアラの味方でもある。
「横取りなぁ。この前は俺を訪ねてきたはずのルカをエスメラルダに横取りされて、驚くやら腹立たしいやらだったな」
ソファまで移動してきたシルヴェスターは、ルカの向かいに腰をおろしながら苦笑した。
「セアラが成人して焦ったんだろ。あの女が小細工をするようになったこの二年間で、俺があの女を直接訪ねたことなど一度もないのにな。その前だって当然訪ねていない。自分のやっていることが筒抜けなのも気づいていない。現実が見えていなさすぎる」
「エスメラルダの護衛を頻繁に入れ替えていたのは、エスメラルダの動向を報告させるためか」
「それとセアラとの手紙のやりとりのためだ」
「だよなぁ。セアラにデレデレのルカが、二年間も挨拶だけで満足できるわけないよな」
手紙が加わったところで満足には程遠い。とはいえ、ないよりもはるかによい。
「本当ならもっと直接声が聞きたかったが、あの女を刺激してもセアラがさらに被害を受けるだけだからな」
訪問回数をしぼりつつもなんとか訪れた王城で通されたのは、いとしい番ではなくエスメラルダだった。抗議すると「セアラが会いたくないと言っている」など、嘘も甚だしいことを平然と言っていた。手紙の件もあるし、セアラにつけられている人族の使用人たちもエスメラルダの味方で、セアラがエスメラルダの陰に隠れるように尽力していたことを知っている身としては、用心するに越したことはない。
「そうだな。エスメラルダは俺の言葉では止まらないからな。……不甲斐ない兄で申し訳ない」
「いや、シルヴェスターはよくやってくれたと思う。いつでもセアラの味方でいてくれた。俺もセアラも、シルヴェスターがいてくれて心強かった」
「そう言ってもらえると助かる」
シルヴェスターは自分の不甲斐なさを責めているようで、弱々しく微笑むのみだった。
セアラを守るために護衛や侍女をつけはしたが、だからといってエスメラルダに直接もの申せるわけではない。護衛たちではできないことをシルヴェスターは肩代わりしてくれていた。エスメラルダを諌めることができるのは兄であるシルヴェスターぐらいなものだろう。エスメラルダは父王に守られているから、兄の言葉を聞き入れたりしなかっただけで。
それに言葉を聞き入れてもらえなかったのはルカも同じだった。
「なあ、ルカ。お披露目のときのエスコートは本当にしなくていいのか?」
ルカの外聞を守るために、ルカは今回もエスメラルダのエスコートをする。その裏にあるのは、ルカをエスメラルダのパートナーとして貴族たちに印象づけることだとルカもシルヴェスターも考える。エスメラルダのエスコート役を引き受けるということは、それを容認したことになるから悪手ではとシルヴェスターは懸念しているようだった。
「セアラのエスコートをできないのは納得いかないが、セアラが成人したのは紛れもない事実」
エスメラルダのエスコートを拒否して待っているのは、セアラの晴れ舞台に泥を塗ることのみ。とはいえ――
「もともとセアラは成人したときに改めて俺に求婚してもらいたかったわけだからな。俺はその望みを叶えるのみ。だが、セアラが成人したからにはここからは俺のターンだ」
この二年間、セアラにろくに会えなかったのも、エスメラルダにドレスをちらつかせて条件をのませたのも、すべてはこのときのための下準備。
「シルヴェスター、俺はお披露目の場でセアラに求婚する」
それを聞くとシルヴェスターは目を瞠った。
「それをあの女や国王が邪魔をするというのなら、今度こそセアラを攫っていくぞ」
不敵に笑うルカをシルヴェスターはしばらくのあいだ無言で見つめていた。そしてやがて静かに目を閉じる。次に目を開いたときには、穏やかな笑みをルカに向けてきた。
「セアラももう成人したからそれでいい。竜人族の性質もあるというのに、おまえはこれまでよく耐えてくれたよ」
この六年間をねぎらってくれる親友に、ルカは笑顔で頷いた。