(十四)ボッチくノ一、頑張ります! その六・特訓、そして大会前夜
邪魔が入る場面があったが、一通り結衣の実力がわかった。大会まで時間が無いことから、結衣の弱点強化と知力試験に集中しようということになった。
「でも、どうすればいいのか…… これでも私、色々と試したんですけど」
結衣も投げ技がへぼいのは自覚しており、様々な方法を試みたのだと説明する。その方法は、利き腕とは逆の腕を使ったりだとか、目隠しをしてだとか、方向性がずれたものばかりであった。
「その方法だと、あまり効果がなさそうだけど…… 投げる構えは悪くはないからな。集中力が足りないとか、あるのかも」
「む! それだわ!」
藤兵衛の推測にピンと来るものがあったのか、凛が鋭く反応する。
「集中力を鍛える…… それなら、あの方法がいいのかもしれない」
「「?? あの方法?」」
二人が首をかしげるなか、凛は児雷をちらっと見る。嫌な予感がした児雷は逃げようとするが、凛に捕まってしまった。
◇
「ゲ、ゲコォ?(あ、あの、これは……?)」
「こら! 動かないでよ、児雷!」
凛は児雷を縄で木に縛り付け、逃げようと暴れる児雷に向かって注意を入れる。
「ゲ、ゲココ、ゲココォオ? (そ、そうは言っても、何をなさるので、凛様?)」
先ほどの的破壊の一件で、凛のことを『逆らってはいけない存在』と認識した児雷は、丁寧な言葉遣いで尋ねる。だが、蛙の言葉などわからない凛は、児雷の言葉を無視して縛り上げると頭の上にリンゴを置いた。
「いい、児雷? 動いちゃだめよ。動くと…… 死ぬわよ?」
「ゲコゲコ、ゲコココ……(いや、だから、動けませんって……)」
蛙を脅し、脅された蛙は冷静に返すというシュールな光景が展開される。
「凛ちゃん…… これは、一体?」
苦無を手渡された結衣は、ポカンとして凛を見た。
「昔、聞いたことがあるのよ。どこかの遠い国では、自分の子供の頭の上にリンゴを置いて、それを矢で射抜いた凄腕に弓使いがいたという話を…… で、それを真似したってわけ」
「ふんふん」
結衣は真剣な顔で聞き入るが、藤兵衛は(どこから聞いたんだ?)と半ばあきれ顔であった。
「おそらく私の勘だけど、それはきっと集中力を高める為にやっていたのよ。外れれば子供が怪我をするって、自らを極限状態に追い詰めたのよ。だから、愛する児雷を犠牲にすることで結衣ちゃんの集中力を高め、命中率を上げるって算段よ!」
「な、なるほど…… よくわかりました。児雷を愛してはいませんが、集中力ですね!」
大きくうなずくと、結衣は苦無を構え、児雷をキッと見据える。児雷は目をウルウルさせ、伊也は両手を合わせハラハラしていた。
「……児雷、あなたの犠牲は無駄にはしないわ」
「ゲコゲコゲコ! ゲッコオ!(なんで犠牲が前提になってるんだ! ちゃんと狙え!)」
「いきます! ……とぉっ!!」
気合を込め、結衣は苦無を投げる。すると、苦無は見事リンゴに…… ではなく、児雷の眉間に命中した。
「ゲッコォオ!! (や、やっぱりぃ!!)」
児雷の断末魔の叫びが響き、凛と藤兵衛はガクッと膝を崩すのであった。
◇
こうして様々な事はあったが、三人は順調に訓練を重ねる。知力試験対策は、長の伊蔵から借りた『赤本』を基に勉強し、忍びの基本知識は結衣から学び、一般教養は藤兵衛や凛が逆に結衣に教える形で進めた。
体力試験対策は結衣の投げ技強化に注力したおかげか、大分マシになった。だが、リンゴを射抜く練習では、何故か毎回、児雷の眉間に命中する。毎回同じ箇所に飛んでくるので、最後の方はどこからか持ってきた鉢金を装着し、見事に防いで児雷がドヤ顔を決めるという一幕もあった。
そうこうするうちに日々は流れ、大会前夜となった。
大会に出ることが決まってからは、凛と藤兵衛は仮里で寝泊まりしていた。凛は結衣の家に、藤兵衛は伊蔵の家にそれぞれ泊まっている。
「いよいよ明日だね、結衣ちゃん」
「はい。お二人には感謝してますう。お陰で出場できますし、それに……」
結衣はもじもじと、照れる仕草を見せる。
「それに? どうしたの、結衣ちゃん?」
「友達が出来たみたいで、嬉しかったですう。私、里では、いっつも一人だったから……」
「結衣ちゃん……」
ここで凛は、伊蔵から聞いた結衣の境遇を思い出した。両親を早くに亡くし、里では冷たく扱われていたことを。
「だ、大丈夫よ、結衣ちゃん! もう、私と藤兵衛さんは、結衣ちゃんの友達なんだから! それは大会が終わっても、変わらないからさ! ……そ、そうだ。大会が終わったら、江戸に遊びに来てよ! 江戸にはかりんとうとか、ういろうとか美味しいものがたくさんあるからさ。私が、案内するから!」
慰めからなのか本心からなのかわからないまま、凛は早口でまくしたてた。
「あ、ありがとう…… 凛ちゃん」
結衣は心から嬉しかったのか、目に涙を溜める。とここで、凛は前から気になっていたことを思い出した。
「そう言えばさ。結衣ちゃんは、なんでそんなに競技会に出場したいの? 里の人に聞いたけど、別に競技会に出なくても、忍びとしてはやっていけるみたいだけど」
「あ、えと……」
少し迷った後に、結衣は照れ臭そうに話した。
「実は、亡くなった両親も、大会に出たんです。しかも優勝までして、里の皆から『巨忍の星』って呼ばれて、将来を期待されていたみたいで。……私、こんなだから、自分に自信が持てなくて。だから大会で、優勝まで出来なくても、立派な成績を残せば、自信が持てるようになるかなって。『巨忍の星の娘です』って、胸を張って言えるようになるかなって……」
「そっか……」
根っこには深い想いがあるのだな、と凛は感激した。
「じゃあ、明日は私も頑張るけど、藤兵衛さんには目いっぱい気張ってもらわないといけないな」
「その藤兵衛さんなんですけど…… 凛ちゃんとはどういう関係なんです?」
「え? あう?」
予想外の質問に、凛は困惑してしまう。
「ど、どういう関係って、仕事の上役だとか、大家と店子の関係とかだけど……」
「ふ~ん、そうなんですか。てっきり恋人同士かなと思ってました。仲がすごく良いですし」
結衣がさらっと言ってのけるので、凛は顔が真っ赤になってしまった。
「え、や、やめてよ! そんなんじゃないってば! 仲が良く見えるのは、そうしないと仕事に支障が出るからでありまして…… つまりは、そういうことであるのでありまして……」
自分でも何を言っているのかわからない状態になっていると、結衣がにっこりとほほ笑んだ。
「わかりました。じゃあ、将来そうなるってことですね。……お似合いですよ、お二人は」
「あ、いや、だから、そういうものでは、ないのでありまして…… でも、そうなるのは、やぶさかではないというか、なんというか、でありまして……」
結衣が真っ直ぐに言うので、凛はますます、もごもごになるのであった。
◇
一方、そのころの藤兵衛は、伊蔵と児雷、伊也の二人と二匹で酒を酌み交わしていた。
「どうですかな? 藤兵衛殿。これは灘の銘酒『鬼殺し』を真似て作った伊賀の地酒での。その名も『人殺し』というのですじゃ」
「す、すごい銘柄名ですね…… 名前はさておき、すっきりしていて美味いですね」
「お? わかりますかな? そうでしょう、なにせ灘の酒蔵に間者を送り込んでまでして、真似たものですからな。名付けて忍法『巴庫裡の術』ですじゃ! わっはっはっは」
伊蔵は豪快に笑う。
(あまり自慢することではないような……)
藤兵衛はそう思ったが、酒は確かに美味かった。隣にいる児雷は、器用に両手で杯を持って酒を飲むと、
「げふう」
と、盛大にげっぷをかます。そんな感じで酒が進んだところで、藤兵衛はふと聞いてみた。
「そう言えば…… 長は、お梅さんと知り合いのようですが、どんな関係なんですか?」
お梅婆さんの過去は、大坂のこと以外は知らなかった。意外な過去が聞けるかもしれない、という期待も多分に含まれていた。
「うん? 梅殿と、どういう関係ですか、ですと?」
「はい」
すると、長は少し考えを巡らせた後、急に遠い目になった。
「そうじゃのう…… 仕事の斡旋をしたり、逆にしてもらったり、酒を酌み交わして潰されたり、風呂を覗いて半殺しの目に遭わされたり、そんな仲じゃのう……」
「そ、そうですか…… (汗)」
つまり、あまり良い思い出はないのだな、とわかった藤兵衛はこの話題を打ち切った。すると今度は、伊蔵が尋ねてきた。
「ところで藤兵衛殿。結衣はどうですかな? ……モノになりそうな、感じですかな?」
伊蔵の顔は、少々赤くなっている。
「そうですね、投げ技は大分良くなりましたし、接近戦はなかなかのものを持っています。覚えも良いし、結構いい線いくと思いますよ。少なくとも、昔に対峙したお庭番衆より、よっぽどまともですよ」
これはお世辞でもなんでもなく、正直な感想であった。伊蔵は藤兵衛の答えに、嬉しそうな、そして気恥しそうな顔をする。
「おお、それは心強い言葉。……わしはですの、結衣はどうも人前では実力を出していないというか、抑えているような感じがしてましての。これは、里の者の扱いのせいもあるとは思うのですじゃが、それはわしにも責任がありますからのう……」
一度言葉を切ると、伊蔵はぐいっと杯をあおる。
「前にもお話しましたですじゃが、あの娘の両親は、それは優秀でのう。『巨忍の星』と呼ばれもしましたな」
「巨忍の星……(汗)」
暴れ太郎といい、人殺しという名の銘柄といい、どうも忍びのネーミングセンスはわからない、と藤兵衛は思った。
「それに、元々由緒ある家柄での。そこの児雷、伊也のような影蛙という種族は、忍びの眷属としてはかなりの上位に入るのですじゃよ」
話題にのぼった児雷はすっかり出来上がったのか、伊也にセクハラまがいの行為をして、バチン、と平手打ちを食らっていた。
「……そ、そうなんですか(これが、上位なんだ…… (汗))」
「ええ。結衣も、自分を抑えていることに気付いていないのでしょうな。それが、外見にも出てしまっておる。今年で、十八になるというのに」
「ええっ! じゅ、十八!?」
凛よりも幼く見えるので、十四くらいかと思っていた藤兵衛は大いに驚いた。
「おや? ご存じなかったのですか? ……まあ、いずれにせよ、明日の競技会できっかけを掴んでくれればのう。頼みましたぞ、藤兵衛殿! ついでに柳生の奴らには、赤っ恥をかかせて下されぃ!」
発破とともに酒臭い息を吹き掛ける。
「び、微力ですが頑張ります……」
「おお、そうじゃ」
ここで伊蔵は何かを思い出したのか、おもむろに懐から巻物を取り出した。
「これを藤兵衛殿から結衣に渡してもらえませんか? これは結衣の家に伝わる奥義之書での。一人前になったら渡してくれと、結衣の両親から預かったものなのですじゃ」
「へ~、奥義之書。そういうのがあるんですね。わかりました、折を見て渡します。……ちなみに、長はその奥義がどんなものか知っているんですか?」
「そうじゃのう、一言で言えば……」
伊蔵はもったいぶる仕草をする。
「言えば?」
「超・絶・合・体ですじゃ」
「ちょ、……合体? 何です、それ?」
「まあ、その時になったら、わかると思いますじゃ」
伊蔵はそれ以上は語らず、二人と二匹の宴会は夜遅くまで続いたのであった。
つづく




