(十四)ボッチくノ一、頑張ります! その五・忍蛙に、火薬使いのお爆
■この部分からの登場人物
・児雷、伊也:結衣の家に仕える蛙。児雷がオスで、伊也がメス。
・お爆:伊賀のくの一で大会出場者。『火薬使いのお爆』という二つ名を持つ。
藤兵衛、凛、結衣の三人は、特訓を開始しようと里から少し離れた草むらに移動する。まずは軽めの準備体操から入ると、周囲の茂みがガサガサと揺れた。その音に気付いた結衣が、何かを思い出したように口を開く。
「あ、そうだ。修練の前に、お二人に紹介しますね。私の家に代々使える、忍蛙です」
「「は? しのび、かえる?」」
「児雷に伊也、いるんでしょ? 出ておいで!」
結衣が呼びかけると、大きな蛙が二匹、ぴょんと飛び出て三人の前に座った。
「う、うわ! おっきい蛙だ!」
「で、でかい!」
現れた蛙は人の半分ほどの大きさもあったので、凛も藤兵衛も大いに驚いてしまった。そんな二人を落ち着かせようと、結衣は蛙の紹介をする。
「こっちのちょっと生意気な顔をしているのが児雷で、こっちの可愛いお目目をしているのが伊也です。児雷と伊也はちょっと特殊な『影蛙』という種族で、忍びが使役するのに適した蛙なんですよ」
「……忍びが扱う動物って、犬とか鳥だと思ってた」
読本で得た知識を、凛はボソッと呟く。
「凛ちゃんの言うように、犬や鳥を扱う忍びもいますが、私の家では代々この影蛙を使役しているんです。あ、ちなみに児雷がオスで、伊也がメスなんですよ。ほら、藤兵衛さんと凛ちゃんよ、挨拶しなさい」
「「ゲコォ!」」
結衣が促すと、児雷と伊也は揃って鳴き声を上げる。どうやら人の言葉がわかるらしく、児雷に至っては立ちあがって手を差し出す。
「ゲコオ(よろしく、片目のあんちゃん)」
「あ、これはどうも、ご丁寧に」
蛙語はわからなかったが意図には気付き、藤兵衛はお辞儀をしながら児雷と握手を交わした。
「あ、握手までするし…… し、忍びの世界って、奥が深いんだね」
「凛ちゃんの言う通りですね。世の中にはきっと、もっとすごい動物を使役する忍びもいるでしょうから」
凛もまた、藤兵衛と同じように忍びの世界に感心するやら呆れるやらであった。
◇
こうして新たな仲間も加わったところで、改めて特訓に入る。まずは結衣の腕前がどの程度かを試すこととなり、藤兵衛が軽く手合わせをする。すると小柄な体を活かした素早い動きで、なかなかのものだった。
「凄いじゃん、結衣ちゃん。なかなかやるじゃない」
凛が素直に感心すると、結衣は照れる仕草をする。
「わたし、接近戦には割と自信があるんです。でも、藤兵衛さんだって凄いですよ。体に当てられる気が全くしませんでした。さすが、お庭番衆を完膚なきまでに叩きのめした方ですね!」
「いや、そこまではしてないんだけど…… 半分以上は、向こうの自滅だったし」
目を輝かせながら見つめる結衣を見て、どんどん自分たちの像を膨らませている気がしたので、藤兵衛はなんとか引き戻そうとする。
「ゲッコォ、ゲッコォ! (すごい! やるじゃねえか、あんちゃん!)」
「ゲコゲッコ(ホントね、結衣が手も足も出ないだんて)」
蛙二匹も藤兵衛の腕前には驚いたようで、感心した様子で手を叩いていた。
「なんだか賑やかね…… まあ、いいわ。それじゃあ、次は投げ技を見ましょうか。忍びといえば、やっぱ投げ技よね。苦無とか手裏剣とか…… シュッていう感じで投げるんでしょ?」
「え、ええ…… そうですね」
凛が身振りを交えて期待した目で見ると、結衣は顔を引きつらせる。
木に的を立てかけ、二十歩ほど離れた距離から結衣が苦無を持って構える。構えはいかにも忍びらしく、さまにはなっていた。
「では、いきます! ……とお!」
一投目。苦無は的にかすりもせず、木の横を飛んでいった。
「あれ?」
「まあ、一投目だからな。あれから調整するんだろう」
藤兵衛と凛は、さして気にしなかった。で、二投目。
「えい!」
これまた的にかすりさえせず、さっきとは反対側を飛んでいく。
「え~と……」
「調整し過ぎ…… かな?」
二人は、おや? と思ったが、次に期待した。そして、三投目。
「今度こそ…… でぇい!!」
気合を入れて投げた三投目はあさっての方向に飛び、円を描くような軌道の末、
「お、おわ!」
最後には藤兵衛の足元に突き刺さった。
「ゆ、結衣、ちゃん……」
凛が声を掛けると、結衣は地面に両手をつき、がっくりとうなだれる。
「わたし、投げ技が苦手なんです…… 昔から、てんで駄目で」
結衣の背中を、児雷と伊也がうんうんと頷きながらさする。
「そ、そうなんだ…… で、でもさ」
凛が何かを言いかけたその時だった。どこからか、声が聞こえてきた。
「ふふ…… 結衣。そんな腕じゃあ、大会に出ても恥をかくだけじゃない?」
声のした方を振り向くと草むらに三人が立っていた。中央に女性が、その両側に男性が二人、一歩後ろに控える形で立っている。
「あ…… お爆さん」
「知り合い?」
「ええ。伊賀の里の大会出場者です。女性の方がリーダーで、名はお爆さん。火薬使いの名人なんです」
凛が尋ねると、結衣が手短に説明する。
「補欠要員かと思ったら、まさか仮忍制度を使って大会に出場するなんてね。長も、なかなかやってくれるわね」
お爆という女性は、前髪を手で払いのける。長髪に切れ長の目で、妖艶な雰囲気を醸し出す美人であったが、『名は体を表す』という言葉がぴったり当てはまりそうに、きつそうであった。
「だけど、結衣。投げ技は忍びの基本でしょ? それなのに、その程度の腕じゃあ恥をかくだけよ? 同じ伊賀の里ってだけで私たちまで馬鹿にされちゃうんだから、今からでも遅くはないわ。出場するのは辞めたら?」
「うう……」
明らかに結衣を下に見る程度であったが、結衣は言い返さずにうつむく。するとお爆は、藤兵衛に視線を移した。
「あなたね? あの暴れ太郎を木っ端みじんにぶっ壊したっていう、凄腕の仮忍は?」
「確かに壊しはしたけど、木っ端みじんになんて……」
どんどん話が膨らんでいる、と藤兵衛は背中がひやりとする。
「ふふ…… 謙虚なのね、あなたは。おまけに、結構いい男じゃない。どう? 私の組に入らない?」
お爆は藤兵衛に近づき、覗き込むように見る。
「え?」
突然の勧誘に、藤兵衛は言葉が出なかった。
「お、おい、お爆。俺らが既に組んでいるじゃないか」
「そうね。そうしたら、あなたたちのうちどちらかは、補欠に回ってもらうしかないわね」
「そ、それは、あんまりじゃないか! お爆!」
当然ながら現仲間から抗議の声があがるが、お爆は一向に意に介さない。
「しょうがないでしょ。火薬だって男だって、良いものがあったら試してみたくなるのよ、私は。……どう? あなたは私を試したいと、思わない?」
「え、あの……」
藤兵衛はすぐに答えが出なかった。試してみたいかと問われれば、男として試してみたい気持ちはある。だが、後ろの方から、何かとんでもない圧の存在が感じられ、それが彼の理性を働かせていた。
「ちょっと! あなた、いい加減にしなさいよ!」
ここで圧の元、凛がお爆に食って掛かった。凛は、お爆と藤兵衛の間をふさぐように立つ。
「あら…… あなたは」
「さっきから聞いてれば、随分言いたいこと言ってくれてますけど! 誰だって、得意不得意の一つや二つあるでしょう!? 結衣ちゃんが投げ技が苦手なら、その分私たちがカバーすればいいんです! それと、藤兵衛さんは既に私たちの仲間なんです! あなたみたいな化粧の濃い人のところになんか、行くわけないでしょう!」
挑発を挟むのは、さすがであった。言いたい放題に言われ、お爆は顔をひきつらせる。
「な、なかなか、言ってくれるじゃない。この私に、向かって…… じゃあ、そこまで言うのなら、証拠を見せてもらおうじゃない?」
「証拠?」
「あなたの投げ技を見せてもらいたいわ。……結衣の分も、カバー出来るんでしょう?」
出来るものならやってみなさいよ、そうお爆の目は語っていた。
「り、凛ちゃん。私のために、無理しないで」
結衣が止めに入るが、凛は腕を上げて止める。そして、自信あり気な笑みを浮かべた。
「……いいわよ。縁日の矢場を荒らし回り、『神田の弓小町』と呼ばれた私の実力を、見せてやろうじゃないのさ」
(初めて聞いたぞ、そんなこと)
藤兵衛が呆れるなか、凛は腕まくりをして結衣から苦無を三本借りると、的の前に立つ。的を見る目はさながら獲物を狙う猟師のそれであった。
「……いくわよ。でい! たあ! うりゃぁあ!」
気迫の掛け声とともに、豪速球ならぬ豪速苦無が的を目掛けて飛んでいく。
____ズガン! ドガン! ゴォオオン!
苦無ではあり得ない音とともに、初めの二本が的のど真ん中に突き刺さる。そして、三本目はその少し上に突き刺さると、そのまま的が二つに割れてしまった。
「「「「「えええ“!!」」」」」
これにはお爆も、お爆の仲間の二人も、結衣と藤兵衛も、おまけに児雷と伊也も目を剥くほどに驚いてしまった。
「う~ん、三つ目がちょっとずれたかな? 腕がなまったのかなあ……」
わざとらしさ満点でそんなことを言うと、お爆の方を向いて、
「どうよ?」
と、ドヤ顔を決めた。
「な、なかなか、やるじゃない…… ま、まあまあって、ところかしら」
彼女の表情からは、強がっているのがありありとわかった。
「た、大会では、どの種目が出るのかわからないからね! 足を引っ張って、伊賀の名に恥をかかせることはしないでよね!」
「そっちこそ、大会では化粧を控えめにしてよ!」
逃げるように去るお爆たちの背中に、凛は追い討ちをかける。すっきりしたのか「ふん」と鼻を鳴らすと、結衣が近寄ってきた。
「あ、ありがとう、凛ちゃん! わたし、あのお爆さんが昔から苦手で…… あの人の父は、私の父と組んでたみたいなんですけど、どうしてなのか、よく私に絡んでくるんです……」
「いるよね、ああやって人を下に見て、自分の立ち位置を確保する人って。でも、大丈夫よ。私がいる限り、もうそんな真似はさせやしないわ」
「凛ちゃん……」
男前発言にぐっと来たのか、結衣はうるっとなる。
「で、でも、凛ちゃんは凄いですね! あの苦無投げ! 的を割る人って私、初めて見ました! ねえ、藤兵衛さん!?」
「あ、ああ……」
正直、藤兵衛は驚きを通り越して引いていた。
(よ、よかった。誘いに乗らなくて…… (汗))
そんな思いはお見通しだったのか、凛は、
「よかったわね、藤兵衛さん。もし、あの女の人にホイホイついていったら、藤兵衛さんの頭が、あの的の代わりになっていたわよ?」
と、釘を刺す。藤兵衛はその光景を想像し、ぞっとするのであった。
つづく




