(十四)ボッチくノ一、頑張ります! その一・奇妙な光景
江戸といえば忍び。という事で、忍びのゴタゴタに巻き込まれるお話を書きました(十七部構成です)。
■この話の主要人物
・藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、かつて「白光鬼」と呼ばれた盗賊。傘張り仕事を生業としている。
・凛:茶髪の豪快&怪力娘。「いろは」の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手、兼土左衛門店の大家。
・お梅婆さん:「いろは」のオーナーであり、裏稼業を取り仕切っている女傑。
凛が新・土左衛門店の大家になってから、一月がたった。
まだ十代と若いこともあって、初めのうちは不安に思う店子も多かった。だが、生来の面倒見の良さに加え、以前の大家である与平が副大家としてフォローをしたため、店子たちの不安はすぐに解消、いや、それどころか評判が高まることになった。
与平が大家の時代から悩みの種であった、口喧嘩が絶えない夫婦の諍いを見事に収めたからである。初めは双方の言い分を聞き、他の部屋に迷惑だからと注意をする程度であった。が、何度注意しても変わらなかったため、ある時に置いてあった火ばさみを掴むと、
「静かにして、く・だ・さ・い・ね?」
と、笑顔のまま夫婦の前でぐにゃぐにゃに曲げたのだ。これを見た夫婦は以後静かになり、今度の大家は凄いとなったのだ。
尚、ひん曲がった火ばさみは何故か藤兵衛の部屋に置いてあり、それ以降似たような案件が起こると『騒ぐとこんな目に遭うぞ』と店子たちは見せ合い、自制するようになる。
また、凛は大家になっても藤兵衛のご飯作りをやめなかった。忙しいだろうと言っても、
「大丈夫。私も食べるし、通う時間が無くなった分楽になったから」
と、笑って取り合わない。藤兵衛としては非常に助かるのでそれ以上は何も言わなかったのだが、頑張り過ぎではないかと心配している。
そんな凛の座右の銘は、『一日一膳』である。
壁に掛けられた、その文字を初めて見た時、藤兵衛はダイエットでもしているのかと思ったのだがそうではなかった。一日一日の積み重ねが大事だと、自分を戒める為に書いたとのことであったが、その場合『膳』の漢字が違う。お梅婆さんの下で勉強も続けているようで、いつか誤字に気付くだろうと見て見ぬふりをしている。
そうして細々とした事件に振り回されながらも時は過ぎ、新しい生活に徐々に慣れていった。
◇
いろはの女主人であるお梅婆さんは、縁側で陽の光を浴びながら煙草をふかしていた。ぼんやりと空を眺め、時折家の中に視線を移す。その先の文机の上には文が開かれたまま置かれ、冒頭には『親愛なる梅殿へ』という文字が達筆で書かれてあった。
「伊蔵のやつも、無茶を言うねえ……」
誰が聞いているわけでもなく、お梅婆さんはぼそりと言う。
「大会で優勝出来るぐらいの腕が立つ者を紹介して欲しいって、言われてもねえ…… こっちは、一般市民なんだよ? 全く、無茶を言うよ、あいつは」
一旦、煙管を咥えると、ゆっくりと口を開ける。
「……ま、あの二人なら、何とかなる…… かもね」
輪っかになった煙が、空へと昇っていった。
◇
ちょうどその頃、藤兵衛と凛は山道を歩いていた。お梅婆さんから特別な用事を頼まれ、こうして二人並んで歩いているのである。
「しっかし、用事って何なんだろうな、一体。詳しい説明は一切無かったからな、あの婆さん。……凛は、何か聞いているか?」
「さあ? 何にも聞いてないけど。でもさ、日数が掛かるかもしれないから色々持っていけってことは、大ごとなんじゃないかな?」
「……そうかもしれんが、それならもっとこう、目的とか説明して欲しいよな? 『山里にいる伊蔵という名の男に会って、話を聞け』だけじゃあ、ちんぷんかんぶんだよ。……おまけに、断れないオーラまで出すし」
藤兵衛は苦い表情を浮かべ、用事を頼まれた時のことを思い出す。表の仕事はどうするなど色々抵抗したが、最後は怖い顔で『四の五の言わずに、いいから行け』と、半ば脅されたことを。
「……ったく、あのパワハラ婆さんは。……凛、なんだか楽しそうだな」
「え? そ、そう? そんなこと、ないよ」
言葉とは裏腹に、凛は内心楽しんでいる。と言うのも、藤兵衛と二人きりでの遠出だからだ。仕事とはいえ、半分旅行気分であった。
二人はそのまま山道を歩き続け、開けた場所に辿り着いたところで休憩をすることにした。竹筒の栓を外して水を飲み、一息つくと、遠くから物音がかすかに聞こえてきた。木が擦れる音に混じって、「やあ」だの「とお」だの人の掛け声が聞こえる。
「……あっちの、河原の方から聞こえるな」
「なんだろうね。……ちょっと、行ってみよっか」
こうして二人は休憩を早々と切り上げ、様子を見に行くことにした。
◇
「……なんだ、あれ?」
「さあ?」
二人が見たものは、なんとも奇妙な光景であった。忍びの格好をした少女が、大きな人形らしきものを相手に戦っているのだ。人形は台車の上に柱が立ち、柱の先端には案山子のような顔が掛かれた布が巻きつけられ、おまけに柱には枝のように棒が組まれ、その棒の先には刃物やら鉄の球が鎖で繋がれていた。しかも、その柱が回転しつつ、土台の台車が前後に動いている。
「さすがは暴れ太郎、手ごわいですね…… 亮、喬、大丈夫!?」
「大丈夫!」
「まだまだ、いけるわ!」
人形も奇妙だったが、少女の方も奇妙だった。背中に案山子を二体取り付け、しかもその案山子に呼びかけては自分で答えるという一人芝居を演じている。
「……もう少し、様子を見てみるか」
「……そうね」
本当は立ち去りたかったが、なぜか興味が湧き、二人は暫し少女の様子を眺めることにした。
「なかなか隙がないです…… このままだと、まずいです!」
「駄目よ、結衣! あきらめちゃ!」
「そうだぞ、結衣。皆で、力を合わせるんだ!」
「……ありがとう、みんな!」
少女の小芝居は続く。案山子を背負う様は珍妙であったが、動きはかなり俊敏であった。回転しながら迫る棒をかわしては刀で斬りつけ、また宙返りでかわしてと軽業師のような動きをする。だが、それも長くは続かなかった。
「ああ! 喬!」
かわしきれず、片方の案山子が回転する棒に巻き込まれたのだ。喬と呼ばれた案山子の首がもげ、地面に転がる。
「放っておけ、結衣! 弱きものはやられる運命なんだ!」
「でも、亮! あのままだと、喬が死んじゃう!」
「馬鹿! 助けに行ったら、俺たちもやられてしまう! あいつのことは、放っておくんだ!」
「そんな……」
一人二役をしながら、少女は人形の攻撃をかわし続ける。なかなか器用であった。
「まあ、首がもげちゃってるから、助からないけどね……」
一連の様子を見ていた凛は、ボソッと呟く。
そうこうするうちに、もう一体の案山子も人形に屈してしまう。鉄球がもろに当たり、頭が吹っ飛んでいく。
「しまった! 亮! ……きゃあ!」
案山子に気を取られたせいで少女も人形の攻撃を受け、弾かれてしまった。少女が吹き飛んだところで、人形の動きが止まった。
「……大丈夫かな?」
「ちょっと心配よね。行ってみましょう」
少女が倒れたまま動かなかったので、心配になった藤兵衛と凛は少女のところへ駆け寄った。
◇
「……大丈夫? ねえ」
凛が頬をぺちぺち叩きながら揺さぶると、やがて少女の目が開く。
「う~~ん…… ハッ! 亮に、喬はどこ!? 無事!?」
「……残念ながら、お亡くなりになったようです」
少女の小芝居はまだ続いていたようで、藤兵衛は転がっている案山子の頭を指さす。
「そんな…… あれ? ……あの~~、つかぬことをお聞きしますが、あなたたちは、どちら様でしょうか?」
「「あのね……」」
ようやく正気に戻ったようだが、なんとも呑気なことを尋ねてきたので二人は呆れてしまった。凛が状況を説明すると、結衣と名乗った少女はみるみる顔を赤くする。
「み、見てたんですね、あれを…… うわ~~、恥ずかしいですう!」
顔を真っ赤に染め、両手で顔を押さえてうずくまってしまう。恥ずかしいという気持ちはあったんだな、と藤兵衛は少しほっとした。
「だ、大丈夫よ。私たちだけしか見てないから。ね、藤兵衛さん?」
「ああ。だけど、こんなところで一体何をしてたんだ? あの不思議な人形みたいなやつとか…… ん?」
止まっている人形を見たところで、今度は藤兵衛の動きが止まった。なんと、人形が再び動きだしたのだ。
「お、おわ! また動いた!」
「ええ!? どういうこと!?」
いきなりの出来事に藤兵衛と凛は驚き、結衣もまた同様だった。
「そ、そんな! ちゃんと設定したのに、また動くだなんて…… 二人とも、この場から逃げてください! 暴れ太郎は、一般人には危険な人形なんです!」
警告するが、暴れ太郎はすでに藤兵衛たちに迫っていた。
「ええ“!? なんで、こっちに向かってくるのよ! と、藤兵衛さん!」
「しょうがないな」
逃げる暇は無いと判断した藤兵衛は、暴れ太郎の前に立つ。そして持っていた鉄傘を構えると、回転する棒を潜り抜けて柱の根本に叩き込んだ。すると、ベギィという破裂音とともに暴れ太郎の柱が倒れ、すぐに動きが止まった。
「さ、さすが藤兵衛さん!」
「ふう…… 師匠が回転する物は軸が弱点だって言っていたから、それを実行しただけさ」
凛が褒めそやすが、藤兵衛はさらりと流す。そして、
「しかし、なかなか凄いからくりだな、こいつ。出来れば、師匠のところへ持っていきたい……」
構造に興味が湧いたのか、壊れた暴れ太郎をあちこち調べ始めた。
「す、すごい…… あの、幾多の忍びを沈めてきた訓練兵器『暴れ太郎』を、一撃で倒すだなんて……」
一方、助けられる形になった結衣は、藤兵衛の強さに唖然とするのであった。
つづく




