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(十三)大火の後で その七・新しい大家は……

 新・土左衛門店が無事落成となり、かつて住んでいた人たちが次々と移ってくる。建て直した店は規模が倍ぐらいに大きくなり、新たに入居した人たちもいた。


 藤兵衛は既に引っ越しを終えて新生活を開始していたなか、住民たちの間ではある噂がのぼっていた。それは、建て直したことを契機に大家も交代になる、というものであった。


「藤兵衛さん、お梅さんからは何も聞いてないのかい?」


「そうそう、しょっちゅういろはに行ってるなら、何か聞いてないかい?」


 藤兵衛は色々と聞かれたのだが、大家交代の話すら初耳だったので、


「いやぁ、何も聞いていないですけど」


と、答えるしかなかった。とそこへ、住民の一人が駆け込んでくる。


「おい、これから新しい大家が来るってよ!」


 この言葉で騒然となり、住んでいる人たちは店の前に集まり、新しい大家を待つ。藤兵衛も後ろに控えていると、現大家の()(へい)という爺様が、別の一人を伴って近づいてくるのが見えた。


「あ、あれかな、新しい大家って…… ええ“!?」


「ほ、本当かい!?」


 皆が騒ぐなか、藤兵衛も新しい大家を見て目を剥いてしまった。


 茶髪に跳ねっ毛があり、整った顔立ちをした年頃の娘…… そう、そこにいたのは凛だったのだ。凛は皆の前で歩みを止めると、ぺこりとお辞儀をする。


「みなさん、こんにちは。今度、ここの新しい大家になりました、凛と申します。若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 これで周囲は大騒ぎとなった。凛は常日頃土左衛門店に通っていたので、ほとんどの住民が凛を知っていたからだ。


「な、な……」


 藤兵衛はあまりのことに言葉が出なかった。口をパクパクとさせ喘いでいると、凛が目線を合わせ、


『そういうことだから、よろしくね』


とばかりに、ウインクをするのであった。



 ◇



 少し時をさかのぼる。


 新・土左衛門店がもう少しで出来上がる、となった頃、凛はお梅婆さんの仕事部屋を訪れていた。湯呑を手でくるくると回していると、スウッと襖が開いたので、凛は湯呑を置いて背筋を伸ばす。


「待たせたね、凛」


「いえ」


 お梅婆さんは自分の席に座ると煙管を咥え、一度紫煙を燻らせた。


「……話があるっていうのは、良い返事をもらえそうって解釈でいいのかい?」


「はい」


 凛の回答を聞いて、お梅婆さんは片方の眉を上げる。


「そうかい、そりゃあ良かった。若過ぎるって声が出るかもしれないが、なあに、あんたなら十分うまくやっていけるだろうさ」


 ここで一度話を区切ると、お梅婆さんは迷った仕草をする。


「……引き受けるってことは、あいつの手伝いかいろは、どっちを辞めるか……」


「そのことなんですが」


 言葉を途中で遮ると、凛はお梅婆さんを見据えた。


「私、いろはも藤兵衛さんの手伝いも、辞めるつもりはありません」


 この答えはある程度予想していたのか、お梅婆さんはさして驚きもせず、二度、三度煙草をふかす。


「……大家の仕事は、あれで結構忙しいんだよ。本気かい?」


「はい」


「大家にいろはに、あいつの手伝い…… いくら若いと言っても、体がもたないよ?」


 これは凛の体を心配しての言葉だった。


「大丈夫です。これでも結構、体力には自信がありますから。今は…… 色々とやってみたいんです。自分がどこまで出来るのか、試してみたいんです」


 まっすぐ自分を見る凛の瞳を見て、お梅婆さんは自分の若い頃と重なったのか、眩しそうに仰ぎ見るとふっと頬を緩める。


「わかったよ。あんたがそう言うんなら、出来るところまで突っ走ればいいさ。けど、初めは大変だろうから、与平には補佐として暫く留まってもらうのと、いろはの仕事も週に何回かに減らすってもんだね」


 この配慮には、凛も素直に応じ、


「お梅さん、ご厚意ありがとうございます」


頭を深々と下げ、礼を述べるのであった。



 ◇



 時を戻す。


 皆に質問攻めされている凛を藤兵衛が呆然と眺めていると、いつの間にか隣にひさ子が立っていた。彼女はこのことを前から知っていたのか、含むような笑いをしてそっと囁く。


「大変ね、藤。……あなた、あの娘には今後、頭が上がらなくなるんじゃない?」


『大家と店子(たなこ)は親子同然』


 そんな言葉があるように、この時代の大家と店子の繋がりは深かった。藤兵衛がひさ子を見ると、彼女は楽しそうな表情をしていた。


 藤兵衛は考える。


 助けた娘が助手になり、かつ傘張り仕事の上役になり、そして今また大家になって…… 自分と差が広がり続けるこの状況に、この先一体どうなるのかと。


(ど、どんどん偉くなっていく…… これから、どうなるんだろう……)


 不安と期待が入り混じった思いを抱え、藤兵衛は暫しの間、その場に立ち尽くすのであった。


 ~大火の後で・完~ 次話へと続く


 最後まで読んで頂きありがとうございます! 江戸は火事が多い分、家の建て替えも多く材木商は相当儲かったようですね。 それを狙った悪徳材木商の話にしようかとも考えましたが…… 辞めました。


 さて、今回のお話で凛が大家になりました。この先、どんなことが待ち受けているのか、楽しみにして頂ければと思います。それでは、また次話以降もよろしくお願いします。

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