(十三)大火の後で その六・ぞう小僧
そうして満月の夜となった。藤兵衛と凛は約束通り紀ノ国屋の屋敷を訪れ、屋根の上でぞう小僧がやってくるのを待っていた。相手がどこから来るのかわからなかったため、見通しの良い場所で見張ることにしたのだ。
月が中天に差しかかった頃、巨大な塊が通りの向こうから屋敷に近づいて来るのを凛が見つけた。
「ねえ、藤兵衛さん。あれじゃない?」
凛が指さした方向を、藤兵衛は手をかざして目を凝らす。
「……多分、そうだな。正門に向かっているみたいだな。行くぞ、凛」
「おっけ~」
二人は塊が向かう正門へと駆け出した。
____ずどぉ~~~ん
____どしぃ~~~ん
重く鈍い音が屋敷に響き渡る。先ほどの巨大な塊が、門に体当たりを食らわしているようだった。異常に気付いた見張り達は音を立てる正門近くに集まり、そこへ藤兵衛たちも加わる。
重く響く音に、見張り達は明らかに腰が引けているのがわかった。
「藤兵衛さん、これって、もしかして……」
「……さっき見た、塊だろうな。ひさ子が言っていた通り、体が大きな奴なんだろう。さしずめ象みたいにでかいから、ぞう小僧ってことか」
藤兵衛が一人納得していると、ふと音が止み、次いで話し声が聞こえてきた。
「あ、兄者。ち、小さすぎて、と、通れないんだな」
「えぇい、まだるっこしい! 象次! こんな門なんぞ、ぶち破ってしまえ!」
「わ、わかったんだな」
そこから一呼吸ほどの間が空いた後、バリバリバリィ! という轟音と共に門が崩れ落ちた。
「わ! な、なに!?」
突然の出来事に、凛が驚きの声を上げる。そして音と共に舞い上がった煙が薄らぐと、そこには象のように大きな人物が立っていた。
「お、おでたちは、ぞ、ぞう小僧、なんだな。お、大人しく、お金を出すんだな」
巨漢が名乗ると、その後ろから小男が一人、ひょこっと現れる。
「ヒャアッハハハハ~~~! 俺たちは貼り紙した『ぞう小僧』よぉ! 大人しく金を出すんだなぁ。さもないと、この象次が何をしでかすかわからないぜえ? ヒィ~ハァ~~!!」
小男はやたらとテンションが高かった。傍から見て、小物感丸出しであった。
「なるほど。象みたいな奴と小僧みたいな奴で『ぞう小僧』、か。コンビ名だったのか」
藤兵衛が変に納得していると、いつの間にか文左衛門と才助がそばに立っており、二人とも押し入った相手を見て呆れていた。
「どうやらそのようですな。しかし、なんとも大きい……」
見張り達がたじろぐ中、怯まずに立ち向かう娘がいた。もちろん凛である。
「大人しくするのはあんたたちの方よ! 門を壊して入るなんて、非常識にも程があるわ! あんたたちの悪事も、今夜までよ!」
凛が啖呵をきると、巨漢の方が凛をじっと見た。
「か、可愛いんだな。結構、好みなんだな」
「え? あ、そ、そう?」
真に受けた凛が照れると、巨漢の影にいた小男が口を挟む。
「やめとけ、象次。顔はいいかもしれないが、性格がきつそうだぞ。一緒になったら、きっと苦労するぜぇ、ヒャッハァ~~!!」
藤兵衛は、思わずうんうんとうなずく。すると、
「ちょっと、藤兵衛さん! なんでうなずくのよ!」
と、凛からクレームが入った。
「もう! いいから出番よ! あんなデブとチビなんか、早くのしちゃってよ!」
「…………(そういうところなんですよ? きつそうだと言われるのは)」
心の中で抗議の声を上げた後、鉄傘を手に前へと進み出る。満月ではあったが、藤兵衛の右目は光っていなかった。
「ほう…… どうやら、俺らとやる気みたいだな。おもしれえ! 象次!」
「な、なんだなんだな、兄貴」
「まずは手始めに、こいつを吹き飛ばしちまいな! 江戸の端っこまでな! ヒィ~~ハァ~~!!」
小男は両手の中指を立てて、いちいち大げさに喚きたてる。
「わ、わかったんだな…… い、いぐどぉ!」
象次と呼ばれた巨漢は「パオ~~ン!!」と吠えると、藤兵衛に向かって太い両腕を振り下ろす。藤兵衛は難なくかわすと、返す刀で鉄傘を象次の腹に突き入れた。
「やった! さすが、藤兵衛さん! ……って、あれ?」
決まったと思った凛であったが、そうはならなかった。象次は平然な顔をして、打たれた箇所をまるで蚊に刺されたかのように、ぼりぼりと搔いているだけである。
「ま、まじかい……」
この結果は予想外だった藤兵衛は、一旦下がる。
「なんと……」
「強烈な一撃でしたが……」
離れて見ていた文左衛門と才助、それに他の面々も皆驚きを隠せなかった。その様子を見て気を良くしたのか、小男が両手の中指を立てて、狂ったように叫ぶ。
「ヒャ~ハハハァ~~!! むだ、ムダ、無駄よぉおおお!! そんなカトンボな攻撃なんて通じないぜぇ!? なにせ、こいつの腹には、そこの娘の三倍以上は肉が付いているからよぉ!」
「な…… なんだって! 凛の三倍!?」
「ちょっと! 驚くって、どういう意味よ! ……って、なんで私を引き合いに出すのよ! おかしいでしょ!」
藤兵衛が凛を見て驚いたので、凛はすかさず苦言を入れた。
それから象次は、藤兵衛に対して次々と攻撃を繰り出す。だが、それらを何でもないようにかわしながら、藤兵衛は次の一手を考える。
「……じゃあ、こいつならどうだ」
閃いた藤兵衛は、今度は象次の膝の下あたりを鉄傘で払うように攻撃する。べぎり、と鈍い音が響いた。
「う、うげえ! なんだな」
象次は悲鳴をあげると、その場に崩れ落ちる。崩落に巻き込まれたのか、小物感丸出しの小男の方は、
「お、重い“…… ど、どけぇ! 象次ぃ!」
巨漢の下敷きとなり、必死にもがいていた。
「なるほど、あの重さでは足元が脆くなる、か。しかも、大きさを利用して、もう片方も動けなくするとは、かなり実戦慣れしているな。なあ、才助?」
藤兵衛の判断の良さに文左衛門は感心し、才助もうなずいた。
「く、くそぉ…… 動けん! いいからどけぇ! 象次ぃ!」
「む、無理なんだな。た、多分、骨が折れたんだな」
「骨ぐらいなんだぁ! 気合で動け、このデブ! ……ん?」
小男は自分の前に、人影が立ったことに気付く。見上げると、そこには怖い顔をした凛がポキポキと指を鳴らしながら、自分を見下ろしているのがわかった。
「そう言えば、随分と言いたい放題言ってくれてたわよね。……覚悟は出来ている・か・し・ら?」
「ひ、ひぃ~~~!!」
口は災いの元である。散々に言い散らかした小男は、凛に暫しの間、サンドバック状態でボッコボコにされるのであった。
その様子を眺めていた文左衛門は、冷や汗を垂らしながら、努めて明るい声を出す。
「……い、いやあ。美人で世の中を知っているばかりか、腕っぷしまで強いとは…… 藤兵衛さんが、羨ましい限り、ですなあ」
「……文左衛門さん、それ、本気で言ってないでしょ?」
さすがにわざとらしかったのか、すぐに見透かされるのであった。
ぞう小僧のコンビはその後番屋へと引き渡され、文左衛門が悩んでいた脅迫の一件は無事落着となった。
その後、文左衛門は約束通りに材木を優先的に回し、そればかりか人手まで手配をしてくれた。そのおかげで、いろは関係者の建て直しは、予定よりも前倒しされたのであった。
つづく




