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(十三)大火の後で その四・怒りに燃えて

■この部分からの登場人物

()(くに)(ぶん)()衛門(えもん):みかんで一旗あげた豪商。材木も取り扱っている。

「え~~! 遅れてる!? な、なんでですか!?」


 凛の高い声がいろは中に響く。土左衛門店や源内家の建て直しの件で、お梅婆さんと一緒に大工の棟梁と打ち合わせをしている最中(さなか)であった。


「火事の後に一斉に建築が始まっただろ? そのせいで材木の値段がとんでもなく上がっちまったんだよ。それで、安い材木を探しちゃあいるが、なかなか見つからなくてな。材料が集まらねえんで、遅れが出始めているんだよ」


 棟梁はやれやれとばかりに、被りを振る。


「とんでもなく上がったっていうのは、どれぐらい?」


「ざっと、三倍は下らねえ」


 棟梁は指を三本立てる。


「さ、さんばい!?」


 これを聞いて、凛は唖然とした。隣で話を聞いていたお梅婆さんも渋い顔をする。


「誰かが買い占めているんじゃないのかい? 火事の後に建築が増えるのは普通だし、過去に上がったって言っても二割か三割ぐらいだったじゃないか。いくら何でも、三倍はないだろう?」


「そうなんだよ、お梅さん」


 棟梁は相槌を打つ。


「ちぃと小耳に挟んだんだがよ。どうやら『()(くに)屋』って材木商が、買い占めてるんじゃねえかって噂があるんだよ」


「紀ノ国屋って、あのみかんで一旗揚げた!?」


 紀ノ国屋の主人は名を(ぶん)()衛門(えもん)と言い、みかんの話が有名である。江戸でみかんが品薄のために高騰していた際、海が荒れて皆が躊躇していた中、みかんを積んだ船を出し、無事に江戸に辿り着いて一財産を築いた人物である。その紀ノ国屋が、今度は材木に手を出して莫大な利益を狙っているというのが、棟梁の言う噂であった。


「おうよ。そういう商売には鼻が利くんだろうな、ああいう輩はよ。だけど、俺ら一般人にゃ迷惑な話さ」


 そう言うと、棟梁は現場に戻っていった。


「はて。そんな奴だったかねえ……?」


 お梅婆さんは紀ノ国屋と面識があるのか、噂に対して合点がいかないようで首を傾げる。だが、凛は己の事情も重なったせいか、噂をまともに捉えてしまう。


「許せない…… 皆が困っているなか、自分だけ儲けようなんて…… そんな欲深な奴には、正義の鉄槌を下さないと!」


 メラメラと怒りの炎をたぎらせたところへ、ちょうど藤兵衛が仕事から戻ってきた。


「ただいま。いや~、今日も働いた働いた」


「藤兵衛さん!!」


 凛はすぐさま藤兵衛に迫る。


「お、おわっ! な、なんだ!? いきなり!?」


「今夜、行くわよ」


「は? どこに?」


 当然のように、藤兵衛は話の筋がさっぱりわからなかった。


「材木を買い占め、自分だけ儲けようという欲深を懲らしめに行くのよ! このままだと、藤兵衛さんの長屋が出来るのも遅れちゃうわよ?」


「え? ああ、別に遅れたって構わないけど。師匠と楽しくやって……」


「藤兵衛さん!!」


 途中で遮り、凛は藤兵衛に詰め寄る。


「いいの? このままだとあなたの師匠のせいで、私やえりや蘭が、ひどい目に遭うのかもしれないのよ?」


 これで藤兵衛にも話の大筋がわかってきた。源内の夜這いのことを言っているのだと理解した。


「ああ、そのことなら、お前たちなら上手く躱すだろうと思ってるけど」


 藤兵衛の呑気な回答に凛はイラっと来た。あせりに怒りが重なり、凛はますます距離を詰める。もはや鼻先が触れるか触れないかの距離である。


「藤兵衛、さん?」


「は、はい!」


 凛の声の調子が変わったことに気づいた藤兵衛は、反射的に背筋を伸ばす。


「いいの? あなたの大事な大事な師匠、この世から消えちゃう・か・も・よ??」


「…………(汗)(こいつの目は本気だ。逆らってはいけない)」


 凛の表情を見て、そう本能が訴えてきた。もはや藤兵衛には「かしこまりました」しか、答えは残されていなかった。



 ◇



 その日の夜、凛と藤兵衛は材木商・紀ノ国屋の屋敷に忍び込む。さすがに豪商と言われるだけあって、屋敷はかなり広かった。そして、何故か見張りの数が多く、それだけでなく犬まで何頭か放されていた。


「……なんだか、やけに守りが厳重じゃないか?」


「それこそ、やましい事をしているって証拠よ! 絶対に、とっちめてやるんだから!」


「そうですか……」


 藤兵衛は違う見方もあるのではないかと思ったが、暴走状態の凛には何を言っても無駄だろうと素直に後ろに従う。


「……む! こっちよ! こっちから悪の気が流れ込んできたわ!」


 今夜も動物的勘が働いたのか、凛は迷いもせずに突き進む。藤兵衛は大人しく従うと、すぐさま紀ノ国屋の主人がいる部屋を突き止めた。


(こういうところは、ホントに凄いな……)


 凛の直感力に藤兵衛は半ば感心、半ば呆れる。隣の部屋に回り込み、(ふすま)を少しだけ開けて中を覗くと、豪華な着物を来た男性がもう一人の男性と向かい合って酒を酌み交わしている様子が見えた。


 ここで藤兵衛が、凛に小声で話しかける。


「(で、どうするんだ? 買い占めの証拠でも見つけて突きつけるのか?)」


「(そんな悠長なことはしてられないわ。ここは正面突破、後は野となれ山となれ作戦よ!)」


(…………つまり何も考えていないってことね)


 そう藤兵衛は思ったが、口には出さず黙って従うことにする。付き添いの女中が部屋を出た瞬間を見計らい、凛が襖を勢いよく開けて声を張り上げる。


「こら! 紀ノ国屋! 皆が困ってるのに、材木を買い占めて値を吊り上げるなんて、どういうつもりよ!」


 一気にまくしたてると、紀ノ国屋と思しき豪華な着物を着た男性が、ゆっくりとこちらを向いた。


「……誰だね? 君たちは? それと、どういうつもりかと言われたが、儲けるためだが、それが何か?」


 男性は不審者二人を見ても驚く風でもなく、淡々と返す。かなり(はら)が座っているな、と藤兵衛は感じた。


「私たちは…… え~と、その…… 材木の値が上がって困っている庶民代表よ! 儲けるためって、やり方が少しあこぎなんじゃないの!」


「あこぎもなにも、うちだけでやっている話ではないのでね。……しかし、よくここまで忍びこめたものだ。見張りの者達は休んでいたのかな?」


「ふふん、あんなの見張りとは言えないわ。私たちベテランの庶民に掛かれば、これぐらいちょちょいのちょいよ」


(……ベテランの庶民って、何だよ)


 藤兵衛は心の中でツッコみを入れつつ、黙って二人のやり取りを眺める。凛の文句はうまくかわされ、そのうえで向こう側のペースに引き寄せられているように藤兵衛には見えた。


「ほう、それは凄い。なあ、(さい)(すけ)?」


「そうですな。文左衛門様」


 向かい側に座っていた才助と呼ばれた男性が、相槌を打つ。


「まあ、そんな所に突っ立ってないで、こちらに来て座ったらどうかね。君たちはどうやら勘違いをしているようだ。腹が減っては考えも鈍る、とも言う。才助と二人で寂しいと思っていたところだ。皆で大いに盛り上がろうではないか」


 文左衛門が才助に目配せすると、才助は立ち上がり廊下へと出る。するとすぐに、奥の方から女中たちが次々と大皿を運び入れてきた。


「さあさあ、お二人ともどうぞ。大した物ではないですが」


 どう見ても、大した物ではないはずがなかった。高価そうな絵付きの大皿には、海の幸や山の幸がふんだんに盛られ、凛も藤兵衛も生まれてこの方見たことがないほどの豪勢さであった。


「すご……」


「すっご……」


 二人で大皿を呆然と眺めていると、ぐ~~~、と腹が鳴った。凛と藤兵衛は顔を見合わせると、想いは通じ合ったようで、互いにうなずく。


「ま、まあ、そこまで言うのなら、少しは付き合ってあげてもいいけどね」


 強がりを言うと凛は席に着き、その隣に藤兵衛が座る。そして一口食べると驚愕の表情をし、その後は箸が止まらなくなるのであった。


 つづく

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