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(十三)大火の後で その三・避難所生活

■この部分からの登場人物

・えり、(らん):凛の同僚で、「いろは」の従業員。

 ____トントンカンカン トンテンカンテン


 火事後の混乱が落ち着くと、金槌をふるう音、木材を木槌で叩く音、(のこぎり)を引く音などがあちらこちらから聞こえるようになった。当然のことながら、大工は大忙しである。


「よし、じゃあ、行ってくるぜ!」


 威勢の良い掛け声と共に外へと出掛けるのは、半纏(はんてん)、腹掛けに、紺色の股引きを履いた大工姿の藤兵衛である。


 藤兵衛はお梅婆さんからの紹介で、大工の手伝いとして働きに出ていた。火事の影響で傘張り仕事が当面無いことや、賃金が良いこともあって一も二もなく話を受けたのだった。そして金を溜めたら、また春画を集めようと考えている。


「はい、いってらっしゃい。しっかり、稼いできてね!」


 藤兵衛を送り出すのは矢絣(やがすり)の文様が入った小袖に紺色の(はかま)をはいた、いろはの制服姿の凛である。彼女が固い火打ち石を打つと、持ち前の怪力のせいかガチンガチンという普通とは異なる音が鳴る。


「もう、すっかり若奥様気取りね」


「……新妻」


 そこへ姿を現したのは、同じ制服姿のえりと蘭だ。彼女たちは凛が毎朝送り出すたびに、こうしてからかいにやって来る。


「……あんたたちも、暇ね。毎朝同じこと言ってくるじゃない」


 初めのうちこそ顔を真っ赤にして反論していたが、毎度のことなのですっかり慣れた凛は呆れた顔をする。


「だって、しょうがないじゃない。お店はいつ営業再開するのか全然わかんないし、避難してきた人たちだってだいぶ落ち着いてきたから、私たちがあれこれ世話する必要もないし」


 えりが口を尖らせて言うと、隣の蘭もこくこくとうなずく。実際えりの言う通りで、『いろは』は休業状態が続いていた。避難してきた人たちも、別の場所に越したり、親類の家を頼ったりと徐々に減ってはいるが、営業再開にはもう少しかかりそうな雰囲気であった。


 尚、部屋割りの方はというと、藤兵衛との相部屋はあの日のみで、それ以降は凛は店に勤める中年女性と同じ部屋になった。一方、藤兵衛の方は源内と相部屋になっていた。いつまでも納屋ではかわいそうだからと、藤兵衛が申し出たのだ。彼らの部屋からは盛り上がっている声が毎晩聞こえてくるので、趣味の合う者同士で楽しくやっているようだった。


「ということで、凛をからかうぐらいしか楽しみがないのよ」


 と、えりが背伸びをしながら結論づける。


「…………」


 そういう楽しみ方は如何なものなのか? という目でえりを見ていると、お梅婆さんが声をかけてきた。


「凛。ちょっといいかい?」


「あ、お梅さん。なんでしょう?」


 手招きされたので、凛はえりと蘭に断りを入れ、お梅婆さんの所へ向かう。


「……以前話したあの件のことだけど、考えてくれたかい?」


『あの件』に思い至った凛は、すぐに答える。


「はい、考えました。……ですけど、ホントにあたしなんかでいいんですか?」


「ああ、あんたが適任かと思ってね。ただ、いろはの仕事か藤兵衛の手伝いのうち、どちらかは辞めてもらうことになるけどね」


「そう、ですか……」


 凛は顔を横に向け、暫し考え込む。


「……もう少し、考えさせてくれませんか?」


「それは構わないよ。まだモノも出来上がってないしね。ただ、悪い話じゃ無いと思うから、前向きに考えておくれ」


 そう言い残すと、お梅婆さんは店仲間の会合へと出掛けていく。その後ろ姿を眺めていると、えりが近寄ってきた。


「ねえ、なんの話してたの?」


「あ、えっとね…… ちょっと、仕事の話」


 凛は適当にはぐらかすと、避難所の方へと戻っていった。



 ◇



「「きゃーーーー!!」」


 深夜に、女性の悲鳴が響き渡る。


「……またか」


 凛はむくりと起き、半纏(はんてん)を羽織ると廊下へ出た。


「そっちに行ったわ! 蘭!」


「わかった……」


 屋敷の中を三つの影が走り回っている。追いかけまわしているのはえりと蘭で、男の影が彼女たちから逃げ回っていた。


「……はあ」


 ため息を一つ入れ、凛は影に歩み寄る。尚、逃げ回っている影は源内であった。


「ふっふっふ、そう簡単には捕まらないでおじゃるよ? 夜這い歴十年の拙者には、逃走秘術があるでおじゃるからのう…… ん?」


 自慢にならないことを呟いていると、目の前に影が現れた。


「あれは……? ハッ! あの(つの)のような髪の毛は!?」


 凛だと気づき、慌てて方向を変えたが、襟元をむんずと捕まえられてしまった。そのまま縄を掛けられ、木に吊るし上げられると、三人の娘たちに囲まれる。


「むう…… またしても、やられたでおじゃるか……」


 無念がっていると、凛が声をかける。


「あのですね、源内さん…… いい年して恥ずかしくないんですか!? 毎晩毎晩、女性陣の部屋に忍び込んで!」


「それはしょうがないのでおじゃる。一つ屋根の下に綺麗どころがいたら、夜這いを掛けるのが健全な男の義務というものでおじゃろう?」


「そんな義務、ある訳ないでしょう!?」


 まるで反省の色が感じられない弁に凛が文句を入れると、えりと蘭もうんうんとうなずく。


「まあまあ、いずれ夜這いは男の(さが)だということに、気づくでおじゃろうよ。……ところで、反省したので降ろしてもらえないでおじゃるか? 縄が食い込んで、痛気持ちいいでおじゃるよって」


「どこが反省しているんですか! ……そんなに気持ちいいなら、もっと締め上げてやりますよ!」


 凛が増し締めすると、源内は「ぐえぇ!」と悶絶の声を上げる。


「まったく、反省しないんだから! 罰として、今夜はこのまま吊るしたままにします!」


 そう言い放つと、三人は源内に背を向けた。


「ひ、ひどいでおじゃる~。夜は冷えるでおじゃる~。お慈悲が欲しいでおじゃる~」


 後ろから源内が泣き言を言ってくるが、三人は完全に無視をする。


「……ったく、なんなのあの人は!? 天才発明家だか何だかしんないけど、ただのスケベ親父じゃん!」


「……簀巻(すま)きにして、川に放り投げればいい」


 ほぼ毎晩のことなので、えりも蘭も段々とストレスが溜まってきている。特に蘭の発言は日増しに過激度が増していた。


 実は凛も何度か襲われていた。この前などは「花子のため!」などと叫び、髪を切ろうとしたので半殺しの目に遭わせたのだ。だが、ゴキブリ並みの生命力なのか翌日には復活して、別の女性のところへ忍び込むものだから、皆の悩みの種になっていた。


(ああ、早く源内さんの家が建ってくれないかな……)


 凛はせつに願う。そうすれば、めでたく源内は出ていくことになる。だが、ことはそう上手くは運ばなかった。


 つづく

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