(十三)大火の後で その二・一つ屋根の下で
■この部分からの登場人物
・お梅婆さん:「いろは」のオーナー。裏世界も含め、色々な商売をしているやり手の婆さん。
店から避難所と様変わりした『よろづや・いろは』であったが、昼の混雑も夕方ごろになるとだいぶ落ち着いた。避難した人たちは焚き出されたにぎり飯をほおばり、一心地ついた顔付きになっている。そんな中、店の奥の方から驚きの声が、二つあがった。
「「ええ~~~~~~!! あ、相部屋!?」」
声の主は藤兵衛と凛であった。二人の前には、煙管を咥えたお梅婆さんが座っている。
「ああ。バタバタしていたもんで、すっかりあんたらの事を忘れていたよ。今夜だけお願いするよ。……いつも土左衛門店で一緒なんだから、一晩ぐらいなら構わないだろう?」
「そ、それは仕事で一緒にいる訳で、生活となると話は別で……」
凛は必死に抗弁する。だが、
「なんか文句でもあるのかい?」
「……いえ」
お梅婆さんに睨まれると、縮こまってしまった。こうして凛と藤兵衛は、一晩だけではあるが相部屋で過ごす羽目になった。二人ともに気まずい顔で部屋へ行こうとすると、お梅婆さんは藤兵衛だけを呼び止める。
「ちょい待ち、藤兵衛」
「なんですか?」
藤兵衛が振り返ると、お梅婆さんは一呼吸置いた後にこう言った。
「大丈夫だとは思うけど…… あんた、嫁入り前の娘に変なことをするんじゃないよ」
「しませんよ!!(あの怪力娘にそんな真似したら、こっちの身が危ないわ!)」
藤兵衛は速攻で否定する。だが、お梅婆さんはまだ疑念を持っているようだった。
「どうだかねぇ、あんたも一応男だからさ。……とにかく、一夜の過ちには気を付けるように」
「だから、しませんって!」
お梅婆さんの釘差しに再度否定する。このやり取りでどっと疲れが出た藤兵衛は、疲れた表情で部屋へと向かう。向かう途中、中庭のあたりで凛が源内に絡まれているのを見かけた。源内が、凛に必死に何かを訴えているように見える。
「何故でおじゃる? 何故、拙者と花子が納屋なのでおじゃる!?」
「しょうがないでしょ! 誰だって、変な人形抱えている人と一緒の部屋なんて、嫌がるに決まっているでしょう!?」
どうやら源内は、部屋の変更を申し出ているようだった。去ろうとする凛の袖にすがり、源内は尚も必死に訴え続ける。
「な…… 花子は変な人形などでは無いでおじゃる! 拙者の大事な、大事な家族でおじゃる! それを突き放すなどとは…… そもそも、凛殿は花子の産みの親でおじゃるではないか!」
「誰が産みの親よ! そっちが勝手に似せて作ったんでしょう!? ……とにかく、もう部屋は無いんだし、雨風防げるだけでもマシだと思ってよね!」
最後は源内を突き放し、これ以上相手をするつもりはないと去っていく。源内は凛の後ろ姿に向かって、花子弐号を抱え持ったまま、
「凛殿、お慈悲を~~~。……藁はいやでおじゃる~。布団で眠りたいでおじゃる~」
涙ながらに喚くのであった。一連の光景を見た藤兵衛にはどうこうする気力は既になく、ただ眺めるだけであった。
「…………(汗)」
◇
凛と藤兵衛に割り当てられた部屋は、六畳ほどの広さであった。さして広くも無い部屋に家財道具や内職仕事の道具まで置いたので、ますますスペースは狭くなる。その狭い中に二人が向かい合って座ると、互いの息が届くかのような距離であった。
「…………」
「…………」
二人とも会話が無い。というか、出てこなかった。普段、藤兵衛の部屋に仕事でいる時は平気だったのに、部屋が変わっただけでこうも緊張するものなのか、と凛は思った。
気まずい沈黙を、藤兵衛が破る。
「まあ、昨日今日と疲れたし、もう寝るか」
「え! ね、寝る!?」
藤兵衛の何げない台詞に、凛は素っ頓狂な声を上げた。
「……寝なくても大丈夫なのか?」
「……あ、ああ。寝るっておやすみなさいの方、ね。そうね、寝ないと体持たないもんね」
藤兵衛に指摘され、言葉の意味を取り違えたことに気づいた凛は取り繕うとするが、あせってしまって自分でもよくわからないことを口走ってしまう。
「……他にあるのか?」
眠そうな表情で藤兵衛が返す。
その後、二人で布団を敷こうとしたところで、問題が発生。スペースに余裕がなく、布団がひとつしか敷けなかったのだ。
「「…………」」
(こ、これじゃ、ひさ子さんじゃないけど、添い寝状態じゃない!)
凛は顔を真っ赤にし、この状況を何とかせねばと必死に頭を働かせる。その結果生まれたのは、
「こ、これなら、いいんじゃない?」
布団を縦に二つ折りして、無理やり布団を二つにする方策であった。名付けて『波阿附&波阿附』。だが、実質は一つ布団と同じようなものであった。
「まあ、これの方がいいか……」
藤兵衛も承諾したので、縦半分の布団で二人は床についたのであった。
布団は二つだが、実際は並んで寝ているのに等しいこの状態。当然、凛は気持ちが昂ってしまい、なかなか寝付けない。気持ちを落ち着かせようと、凛は藤兵衛に話しかける。
「あ、あの、藤兵衛さん。……火事って、怖いよね」
当たり障りのない言葉を選んだつもりであったが、藤兵衛からの返事はなかった。
(??)
不思議に思い、凛は藤兵衛を見る。すると、
「すぴ~~」
藤兵衛は寝息を立てて、既に眠りに落ちていた。
「早いな、おい」
の●太並みの寝つきの早さに、凛は思わずツッコミを入れる。が、その後すぐに、昨日は火事の対応でほとんど寝ておらず、今日は今日で避難の手伝いで忙しかったことを思い出した。
「(そっか、疲れてるもんね)……お疲れ様、藤兵衛さん」
そう小声でねぎらうと、自身も眠りについたのだった。
◇
夜中にふと、凛は目が覚めた。緊張からか、眠りが浅かったようだ。そして一度目が覚めてしまうと、なかなか寝付けない。暫く横になったまま、ぼ~っとしていると藤兵衛がゴソゴソと動きながら、寝言を言い始めた。
「う……ん、凛……」
(え?)
自分の名が出てきたので、凛は驚いて藤兵衛の方を見てしまう。
「凛、おまえ……」
(……私の夢を、見てる?)
胸が高鳴りながら、凛は次の言葉を待つ。だが、続けて出てきた言葉は、
「食いすぎ!」
などという、色恋沙汰とは程遠いものであった。しかも、「へへへ」と笑っている。
「…………(苛)」
凛は期待した分、怒りが倍増する。
「一体、私のこと、どういう目で見てんのよ!」
そう言うと、濡れた手拭いを藤兵衛の顔に載せた。(※危険ですから、真似をしてはいけません)
「う~ん、う~ん……」
こうして藤兵衛は、凛の気が済むまで息苦しい目に遭うのであった。
暫くした後に手拭いを取り除くと、凛はなんとなしに藤兵衛の顔を覗き込む。ふと、藤兵衛の顔を間近で見るのは、初めてであることに気づいた。
眺めていると、ここ一年の間に自分の周りで起こった出来事が次々と浮かんでくる。父親が殺されたこと、仇を討つと奔走したこと、そしてその時に藤兵衛と出会ったこと、更に藤兵衛と一緒に行動し、経験した数々の事件。実に色々なことがあった一年だったなあと、凛はしみじみと思う。
(不思議な人よね、藤兵衛さんって……)
月の光がさす藤兵衛の寝顔を見て、凛はそう思う。
藤兵衛は、かつて『白光鬼』と呼ばれた残虐非道の盗賊という過去を持つが、接してみると人柄は穏やかだ。だが、いざ戦いとなると鬼神のような強さを発揮する。そして、右目に収まった月の光を浴びると光り出す『月光石』という謎の石の存在。
どこで生まれたのか、なぜ石が埋め込まれているのか、そしてどういう過去を歩んできたのか、凛には謎だらけであった。
だが、一つだけ確信していたことがあった。それは、藤兵衛と出会ってからの自分の人生が、良い方向に回り出している、ということだった。
(そのうちわかるのかな。……藤兵衛さんの過去とか、この石のこととか……)
ぼんやりと考えながら眺めていると、藤兵衛の右目が淡く、弱く光っていることに気づく。月の光に反応しているのだろうか? と、凛は何となしに、右目にそっと触れた。
(!!)
その瞬間、凛の頭の中に激しい念のような、感情の塊のようなものが一気に流れ込んできた。
憎悪、妬み、恨み、忌むべき感情が混ざり合ったような、暗く、冷たく、そして悲しい想い。そして、それらの想いの先にある、小さな光のようなもの……
驚いた凛は、右目から慌てて手を離した。体は総毛立ち、ドクンドクンと鼓動が激しく脈打つ音が聞こえる。おまけに、全身にびっしょりと汗をかいているのがわかった。
(な、なに…… いまのは? あの、石に、触ったから……?)
もう一度触れて確かめようかと考えたが、怖くなり、止めた。その後、布団に戻って寝ようと頑張ったが、先ほどのせいで気持ちが静まらず、結局そこからは一睡も出来なかったのであった。
◇
翌朝、二人が起き、朝の準備をしているところへひさ子がやって来た。
「おはよ~、藤。昨日は凛と一緒に寝たんだって? 激しかった?」
からかう口調で、ひさ子は昨夜のことを尋ねる。
「誤解されるような言い方はやめい! ただ、隣で寝ただけだ!」
「ホントかしら? あなた、やる時はやるからね」
ひさ子は疑惑の眼で藤兵衛を見つめる。とそこへ、凛がやってきた。
「お、こういうのは本人に聞かなくちゃね。凛、おはよ~。昨晩は……」
言葉を続けようとしたところで、ひさ子は止まってしまった。というのも、凛の目の下には隈が出来ており、一目で寝不足であることがわかったのだ。
「おはよゔ、ございます……」
しかも、凛らしからぬ陰気な挨拶が返ってくる。ひさ子は藤兵衛の方を見ると、
「……藤。あなた、ちょっと頑張り過ぎたんじゃないの?」
と、またしても誤解されるようなことを言う。
「あほか。……よくわからんが、あまり眠れなかったみたいだな」
藤兵衛はまともに相手にせず、冷静に返すのであった。
つづく




