(十三)大火の後で その一・焼け出されました
江戸ではよく火事があったそうで。火事後の出来事を書いたコメディ話です(七部構成です)。
■この話の主要人物
・藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、かつて「白光鬼」と呼ばれた盗賊。傘張り仕事を生業としている。
・凛:茶髪の豪快&怪力娘。「いろは」の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
・ひさ子:ミステリアスな女泥棒。藤兵衛とは昔からの知り合い。
・源内:自称・天才発明家のおっさん。藤兵衛の心の師匠。
『火事と喧嘩は江戸の華』
そう呼んで強がるほど、江戸の町は火事が多かった。木造の建物が、所狭しとひしめいているのだから当たり前と言える。明暦の大火、天和の大火などと呼ばれる大火災は度々発生し、そこに中小さまざまな火事の数を上げれば、数えきれないほどであった。
ある日のことだった。どこからか失火したのか、夕方頃に火の手が上がった。運の悪いことにその日は風が強く、火は一気に燃え広がる。避難する人たちや消火活動にあたる人たちで町はごった返し、まさに修羅場の様相であった。
火は明け方ごろには収まったものの、広い範囲が焼けてしまった。幸いにもお梅婆さんや凛が住む、神田にある『よろづや・いろは』には火の手は及ばなかったのだが……
藤兵衛は焼け出されちゃいました。
◇
ここは『いろは』から歩いて約八半刻(約十五分)の距離にある、『土左衛門店』という物騒な名前の裏長屋があった辺りである。『あった』と過去形なのは、火事で見事に焼け落ちたからである。
焼け落ちた裏長屋の前で、藤兵衛はがっくりと膝をついていた。
「ああ…… 真似ゑもんが…… 北斎が……」
もはや消し炭と化した本を手に取って、彼は目に涙を溜め、うわ言のように呟く。彼が密かに集めていた春画コレクションが、全て燃えてしまったのだった。
「いいじゃない、そんなもん焼けたって。命が助かったんだからいいでしょ」
落ち込んでいる藤兵衛の後ろで、凛はあきれた顔をする。
「そんなもんとは何だ! 生活費を削りに削り、命の危険を感じるまで削り、そうまでして集めた宝物なんだぞ!」
「命の危険を感じるほど削るんじゃない! それに、春画が宝物って情けなくはないの!?」
藤兵衛の涙目の訴えを、凛は冷静に返す。
「そんなに大事なものなら、なんで避難させなかったのよ?」
凛の隣でそう語るのは、二つ隣の長屋・真斗店に住んでいるひさ子である。彼女の長屋は、運良く火の手を免れていた。運良くというか、一人の町役人が鬼の形相で部下を叱咤し、懸命の消火活動にあたったお蔭だというのが真実である。
「時間が、無かったんだ……」
藤兵衛は昨夜のあらましをとつとつと語る。
火の手が近づくと、真っ先に内職仕事の道具類を『いろは』に運んだこと。そして取って返そうとしたところをお梅婆さんに捕まり、避難者の誘導や火消の応援などにこき使われたとのこと。その間に長屋に火が回り、駆け付けた時には炎に包まれていたということだった。
水をかぶって本を救おうとしたところを主水に止められ、愛する本の名前をただただ叫ぶしかできなかった、と彼は悲しげに語った。
「……あなた、本に名前付けてるの? まあ、ご愁傷様、と言うしかないわね」
ひさ子は半ば呆れ、半ば同情の目を向ける。その後、彼女はこんなことを言った。
「で、藤。あなた、暫くの間、寝泊りはどうするつもりなの?」
「へ? 寝泊り?」
反応の鈍さに、ひさ子は呆れたというような仕草をする。
「だって、焼け出されたんでしょう? そしたらどこに寝泊りするのか、って聞いてるのよ。野宿でもするつもりなの?」
「考えてなかった…… というか、考える余裕が無かった……」
厳しい現実を突きつけられ、藤兵衛はますます落ち込んでしまう。
「ま、無理もないか」
すると、ひさ子は妙案が浮かんだのか、藤兵衛にしなだれかかる。
「……じゃあさ、あたしのウチに泊まる? 添い寝含め、諸々のサービス付きよ♡」
これに、凛が即座に反応する。
「な…… ななな、何言ってるんですか! そんなの駄目に決まってるでしょう!」
凛はひさ子を引っぺがえす。
「じゃあ、どうするのよ? あなたが添い寝するの?」
「しません! ……って、何で、添い寝が出てくるんですか! 藤兵衛さんは、暫く『いろは』で預かります! これは、上役としての務めですから!」
「上役、ねえ……」
顔を真っ赤にする凛に、ひさ子は何か含んだような物言いをする。こうして藤兵衛は、いろはへ居候することになったのであった。
◇
凛が藤兵衛を伴っていろはを訪れると、店の中は多くの人でごった返していた。
「え…… なにこれ?」
驚いていると、二人に気付いた同僚のえりが駆け寄ってくる。
「あ、凛。よかった、手伝ってよ」
「えり、何があったの?」
「ここで働いている人の親戚やら知り合いやら、焼け出された人が大勢うちに避難してきたのよ。お陰でこんな状態になっちゃって…… お梅さんも差配してるんだけど、とにかく人手が足りないのよ」
えりに聞き返すと、こんな答えが返ってきた。
「……皆、考えることは同じって、ことか」
「まあ、お梅さんなら、断らないだろうしね」
お梅婆さんは、こういう非常時は損得勘定抜きで動く人である。それで皆が頼って押し寄せたのかと、二人は納得した。
「そういう訳だから、早速手伝ってよ。あ、藤兵衛さんもお願いね」
こうして、藤兵衛も避難所の対応諸々を手伝うこととなった。部屋の割り振りや、使っていなかった部屋を開放するための準備、荷物の運び込みなどを手伝っていると、意外な人物に出会った。藤兵衛が師匠と仰ぐ自称・天才発明家、平賀源内であった。
「あ、師匠! 何故ここに!? ……って、もしかして、師匠も焼け出されたんですか?」
「おお、藤兵衛でおじゃるか。……ということは、お主も?」
「はい。……体は無事でしたが、無念にも春画コレクションは燃えてしまいました」
「なんと…… それは、辛いであろう、藤兵衛」
やはり師匠は心の傷をわかってくれる、と藤兵衛は尊敬度をさらに高めた。
「拙者の方は、発明品は弟子たちと別の場所へ運び込んだので助かったのでおじゃるが、家は駄目だったでおじゃる」
「そうだったんですね…… 花子弐号も無事、だったんですね」
源内は花子弐号と呼ばれるからくり人形をおんぶするように背負い、両手に手提げ袋を持った状態でうろうろしていた。そのせいか、周りの人はこの怪しいおっさんを避けているように見える。
「うむ。花子は拙者の宝でおじゃるからのう、二人して業火の中を逃げ延びたのでおじゃる。……怖かったであろう? 花子?」
「うん、花子怖くて、ちびりそうになった」
「よしよし、もう大丈夫じゃからのう」
源内は裏声を出して、人形と一人芝居を始める。
「…………(汗)」
ここで、藤兵衛はあることに気づいた。
「あ、よく見たら花子弐号の髪、変なことになってません?」
「うん? ……おお! 花子の髪が、チリチリになってるでおじゃる!」
背負っていたので、源内は気づかなかったのだろう。頭の左半分が天然パーマがかかったようにチリチリになった花子弐号を見て、源内は驚愕の声を出す。
「な、何たることでおじゃるか! 髪は女の命であるというのに…… こうなったら、また誰かから調達せねばならんのう」
(え“…… それ、人の毛だったの?)
藤兵衛は驚いてしまった。
そんなやり取りの後、藤兵衛は避難者の対応へ戻る。源内が獲物を見るような目つきで女性陣を見ているのが気になったが、なるべく気にかけないようにして作業を続けるのであった。
つづく




