(十二)クズと呼ばないで その二・クズのうわさ
―極道場・太刀音の場合―
次にやって来たのは、橘町の太刀音がいる道場であった。太刀音の性格であれば屑屋のことを悪く言うことはないだろう、そう凛は考えたのであった。
「あら、藤兵衛さんに凛さん。どうも、ご無沙汰しております」
三人の来訪に気付いた太刀音は、丁寧なお辞儀をする。凛たちもお辞儀を返し、ふと道場の中に目を向けると大勢の門弟たちで賑わっていた。
「すみません、太刀音さん。突然お邪魔しちゃって。実は……」
と、凛はここを訪ねた目的を説明する。
「屑屋さんの印象、ですか…… そうですね、うちには懇意にしている屑屋さんがいるのですが、相場よりも高く買ってくれるので非常に助かっています」
「へえ、そうなんですね」
やはり美人は得だな、と凛は思った。すると、太刀音の話には続きがあった。
「この前は、私が汗を拭いた紙を『冨麗美編』が付くからと、いつもよりも更に高く買ってくれました」
((…………それは、怪しい目的なのではなかろうか?))
凛と藤兵衛はそう勘ぐったが、そこには敢えて触れずに屑屋の印象を重ねて尋ねる。すると、
「大変なお仕事をされていると思います」
狙い通りの太刀音の返答に、凛は心の中でガッツポーズを決める。しかし、続いた言葉が予想外であった。
「私たちがもう用済みと思っているものを生活の糧とされているのですから、一見すると乞食のように見えます。しかし、彼らが居なければ、私たちの生活が成り立たないのもまた事実。『くず』と呼ばれても耐え、辛抱強く日々を生きていく彼らは、立派な『お屑さん』だと私は思います」
「…………(汗)」
悪気は無いのだろうが、太刀音の発言は微妙にけなしているかのように聞こえた。
(もしかしてこれ、やっちゃった?)
気まずい思いで凛は屑屋の方を見る。すると、屑屋は頬を上気させ、
「……なんだか、美人にけなされると、こう胸が熱くなるというか、変な気持ちになってきますね……」
と、興奮していた。そして、隣にいる藤兵衛はというと、何故か息を荒くして「立派なお屑さん……」と息荒く興奮している。
「あほか、あんたらは……」
二人の様子を見た凛は、大いに呆れるのであった。
◇
知り合いに聞いて回った結果は正直芳しいものではなかったが、『屑屋がいて助かっている』という点は多かった。凛はその点を強調する。
「皆助かっているって言ってたから、屑屋さんに対して悪い印象は持ってないんじゃないかな?」
「そうかもしれませんが…… わがままなのかもしれませんが、良い印象を持たれている証拠というか、はっきりしたものが欲しいのです」
屑屋としては、目に見えるはっきりしたものが欲しいとのことだった。ここで、藤兵衛が一つの案を出す。
「洗い汁の時のように、幟を立てて仕事をするとかどうだろう? なんかこう、印象が良くなるような文言を書いてさ」
「へ~、藤兵衛さんにしてはいい案出すじゃない。どんな文言?」
広告作戦は良い案だと、凛が具体的な中身を尋ねる。
「そうだな…… 祖父の代からの家業って言っていたから…… 『うちはそんじょそこらの屑とは格が違う。だって、先祖代々屑ですから!』ってのは?」
「……それって、余計印象が悪くなってない?」
「私もそう思います……」
やはりと言うか、藤兵衛の案は速攻でお蔵入りになった。すると、今度は凛が得意の食べ物絡みのネタを提案する。
「そうだ。上方にある『葛もち』と、『屑』を語呂合わせでうまく絡めるってのはどうかな?」
「おお! それはいいですね。 漢字を変えて『葛屋』にすれば、印象が良くなるかもしれませんね」
凛の案をすぐさま採用した屑屋は、屋号を『葛屋』に変えて様子を見ることになった。
◇
その三日後。屑屋は青ざめた表情で藤兵衛の部屋に駆け込んできた。
「藤兵衛さ~~ん。ダメでしたよ~~」
「うわっ、びっくりした! ……え、ダメ、だった?」
「はい…… 葛屋の幟を立てていたら、本物の葛屋と勘違いした客が来まして…… うちは違うんですと説明したら、『葛屋っていうのに、葛売ってねえのか、このクズ野郎!』と言われてしまい……」
泣きそうな顔で、事のあらましを説明する。ちょうどその場に居合わせた凛は、それを聞いてあちゃ~という仕草をした。
「まさか、そうなるなんて…… ごめんなさいね、屑屋さん」
「いえ、凛さんが謝ることはないですよ。せっかく考えてくれたんですから…… しかし、一体どうすればよいのか……」
屑屋は大きなため息をつく。
「う~ん…… こうなったらこの手の話に強い、あの人のところに相談に行きましょうか」
「この手の話に強い人って…… あ! 師匠か!」
「そういうこと」
こうして三人は、藁にもすがる思いで源内のところへ相談に向かうのであった。
つづく




