(十二)クズと呼ばないで その一・クズの悩み
江戸時代にあった職業「屑屋」を題材にしたコメディ話です(三部構成です)。
■この話の主要人物
・藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、かつて「白光鬼」と呼ばれた盗賊。傘張り仕事を生業としている。
・凛:茶髪の豪快&怪力娘。「いろは」の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
・屑屋:「屑屋」を生業としていて、隣の長屋に住んでいる。
「ふ~、色々やってはみたけど、この作業が一番落ち着くな」
そう感慨深げに呟いているのは、土左衛門店に住む隻眼の浪人・藤兵衛である。傘の在庫のだぶつきがだいぶ解消され、更に品質が良いとの理由で、藤兵衛は久しぶりに傘張り仕事に戻ることが出来た。
(やはり、最後にものを言うのは腕なのさ)
一人悦に入り張り切って仕事に励んでいると、ふと部屋が散らかっている様が目に留まった。
管理監督者の凛は普段はおおざっぱなくせに、こと仕事に関しては整理整頓にうるさい。そこで藤兵衛は、文句を言われないために部屋の片付けに取り掛かる。傘張り仕事で出た紙の切れ端などを集めていると、戸の向こうから声がした。
「もし、藤兵衛さん、いらっしゃいますか?」
「ええ、いますよ。ちょっと待ってください」
知った声のようで、藤兵衛はすぐに戸を開ける。
「やっぱり、屑屋さんでしたか」
訪ねてきたのは、隣の店に住む『屑屋』を営んでいる男性だった。
「すみません、突然お声がけして」
「いえいえ、丁度良かったです。これを買い取ってもらおうと思っていたところだったんですよ」
屑屋とは、家や職場で発生した紙屑などを買い取り、その紙を再生して再販売することを生業にしている人たちである。再生された紙は『浅草紙』と呼ばれ、品質があまりよろしくないこともあって鼻かみ用などに使われていた。江戸時代は、モノの再生や再利用という面では、現代よりも余程進んだ循環型社会であった。
屑屋と呼ばれた男性は藤兵衛から紙屑を買い取ると、ふとこんなことを尋ねてきた。
「藤兵衛さん。いきなりこんなことを聞くのもなんですが、私の仕事ってどう思いますか?」
「え? どう思うって、仕事で出た紙くずを買い取ってくれるので、有難いと思ってますけど……」
「そうですか…… それにしては、呼び方というか印象というのが悪すぎて…… 何とかなりませんか!?」
唐突に迫ってきたので、藤兵衛は面食らってしまった。
「な、なんとかって言われても…… とりあえず、落ち着いて! ……何かあったんですか?」
逸る屑屋を抑え、藤兵衛は屑屋の悩みを聞くことにした。
◇
茶の準備をしていると凛がやって来たので、一緒に話を聞いてもらうことにした。
「……という訳なんです」
屑屋の悩みとは、自分の仕事に対しての世間の印象がよろしくない、ということだった。息子に後を継いで欲しいが、息子からは『屑と呼ばれるのが嫌だ』と敬遠されているという。
「なるほど…… 話はわかりました。つまり、屑屋という仕事の印象を良くしたいってことですね?」
凛がまとめると、屑屋は「はい」とうなずく。周りからくる日もくる日も『屑、おい屑』などと言われると、気分は落ち込むわね、と凛は思った。
「そうは言っても、屑は屑だしなあ……」
「こらこら! そういう風に言われるのが、嫌だって言ってるんでしょ!」
藤兵衛の何気ない呟きを、凛がたしなめる。
「屑は屑、ですか……」
悪気は無かったのだが屑屋には堪えたようで、肩を落としてしまった。
「まあまあ、そう落ち込まないで。……でも、それなら職を変えようとかは思わなかったんですか?」
そこまで悩むのであれば、職を変えればいいのでは? と凛は尋ねた。
「この仕事は私の父の父、祖父から代々受け継いだものですし、仕事のやり甲斐自体は感じているんです。ですから、出来れば息子にも後を継いでほしいのです」
とここで、藤兵衛が再びボソッと呟く。
「屑の子は屑、か……」
「だから、そういうの止めいってば! 傷つくでしょう!?」
「いえ…… 慣れてますから……」
口元は笑っているが、屑屋の表情はあきらかに暗かった。
「屑屋さん、元気出して。まずは、周りがどんな印象を持ってるのか、聞きに行きましょうよ」
こうして藤兵衛、凛、屑屋の三人は、『屑屋』に対してどんな印象を持っているのか、知り合いに聞いて回ることにするのであった。
◇
―ひさこの場合―
「あら、どうしたの? 私の部屋に来るなんて珍しいじゃない?」
ひさ子の住んでいる真斗店を訪れると、彼女ははだけた服装で出て来た。部屋の奥の方でガサガサと物音を立てながら誰かが出ていく音がしたが、三人は気付かないふりをした。
「「「…………」」」
藤兵衛と凛がひさこの部屋を見るのは、引っ越しのお祝いで訪ねた時以来だった。彼女の部屋は、藤兵衛と同じで物が少なく、非常にすっきりしている。ただ、炊事はあまりやらないのか、食器棚の周辺には蜘蛛の巣がはっていた。
「実は……」
凛がかくかくしかじかと説明すると、ひさ子はあごに人さし指を当てて考える。
「う~ん、屑屋の印象ねえ…… 私、あんまり家事をしないから、関わり薄いのよね。……でも」
「「でも?」」
「……名前だけ聞くと、『この屑が!』って鞭でしばきたくなる感じがするわね」
ひさ子はなぜかドヤ顔で語る。
「「……駄目だ、こりゃ」」
ここに来たのが間違いだったとため息をつくと、凛と藤兵衛は次の場所に進むのであった。
◇
―読売屋・助弥の場合―
「おう、藤兵衛さんに凛さんか。どうしたんだい? ここに来るなんて珍しいじゃないか」
続いて訪れたのは、読売屋『真実屋』の店主・助弥であった。職業柄、屑屋とは関りがあるだろうと踏んだのである。凛が挨拶もそこそこに、話を切り出す
「突然なんですけど、助弥さん。屑屋に対して、どういう印象持ってますか?」
唐突に尋ねられ、助弥は暫し考え込む。
「屑屋の印象かい? まぁ、仕事柄世話になっているしな。こういう売れ残った瓦版や、刷りに失敗したやつも買い取ってくれるのは非常に助かるよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、この紙屑の多さはどうにかならんもんかね? こいつら、捨てても捨ててもどんどん湧いてきてキリがない。……全くゴキブリみたいなもんだよ。もっとも、屑屋にとってはうれしいのかもしれないがね」
話の方向が微妙にずれていたのだが、凛は嫌な予感がして屑屋の方をそっと見る。すると案の定、彼は青ざめた顔をして、
「ゴキブリを買い漁ってる……」
と、勘違いをしていた。凛が慌ててフォローを入れる。
「ち、違うのよ、屑屋さん! 別に助弥さんは悪く言った訳じゃなくて、ただ例えただけで…… だよね? 藤兵衛さん?」
藤兵衛に相槌を求めると、
「屑には嬉しい不良品……」
と、フォローを台無しにする失言を放ったので、凛は「あほ!」と頭をはたく。結局、ここでも屑屋を傷つけてしまう結果となったので、一行は更に別の場所へと向かうのであった。
つづく




