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(十一)白百合の花 その十・うそかまことか

■この部分からの登場人物

・えり、せり、(らん):凛の同僚で、「いろは」の従業員。

 又兵衛が亡くなった後も、梅は又兵衛の傍に呆けるように座っていた。松や竹が声を掛けても半端な返事しか返ってこなかった。そして朝を迎え、昼が過ぎ始めた頃、ついに敵が城に侵入し始めたとの情報が伝わり、辺りは騒然となる。それでも、梅は動こうとしなかった。


 やがて、城のあちらこちらから火の手が上がり出す。いよいよ、敵がこの詰め所にも近づいてきたことがわかった。怪我人や、竹たちと一緒に勤めに来ていた者も逃げ出す準備を始め、辺りは狂乱の場へと変わり始める。


「そ、そろそろやばいんじゃないかのう。逃げた方が、よくないかのう」


 松は今すぐ逃げ出したい気分であったが、それでも梅や竹と一緒に、との思いがあった。


「そうだね。そろそろ頃合いかもね。……梅」


 話しかけられても梅は相変わらず、又兵衛のそばで放心状態だった。


「梅、そろそろ逃げよう? あんたは十分にやったよ」


 竹は梅の肩に手を置き、優しく語り掛ける。


「……いい」


「え?」


「もう、いいよ……」


 竹ははじめ、梅の言葉の意味がわからなかった。


「私は…… 又兵衛さんと一緒に、ここに残る。だから、あんたたち二人で、逃げて」


 これを聞いて、竹はカッとなった。


 ____パシィン!


 頬をぶつ、乾いた音が響く。突然の竹の行動に、松は仰天してしまった。竹は梅の前に回り込んで両肩を掴むと、顔を真っ直ぐに見据えた。


「梅…… あんた、あの人の何を聞いてたのよ! 『生きて』って、言ってたでしょ!?」


「生き、て……?」


「そうよ! それは、地べた這いずり回ってでも、泥水啜ってでも、とにかく生きて欲しい、って事なんじゃないの!? 生きてさえいれば、いつか必ず報われる事があるってことなんじゃないの!? あんた、あの人の想いを、踏みにじる気なの!?」


「又兵衛さんの…… 想い?」


「そうよ!」


 目に涙を浮かべる竹を見て、梅の目に力が漲っていく。


「……ごめん、竹。あんたの、言う通りだよ。……逃げよう。そして、生きていこう!」


「ええ!」


 こうなると梅の行動は早かった。すぐさま屋根に登り、逃げる経路を確認する。


「あっちに行こう! 向こうは、火の手がまだ上がってない!」


 そして、指を差して竹と松に伝えた。これに従い、竹と松、それに怪我人や他の奉公人も混じって、移動を開始する。最後になった梅は、逃げ出す前に又兵衛の傍に寄る。


「……またね、又兵衛さん」


 別れの言葉を掛けると、又兵衛の着ていた鎧の一部をはぎ取って、大事そうに懐にしまった。その後、炎や煙が渦巻く中をくぐり抜け、皆で大坂城から脱出したのだった。城から脱出して暫く経った後、三人は一度後ろを振り返った。すると、城の全てが炎に包まれ、やがてガラガラという音とともに崩れ落ちていく姿が見えたのであった。



 ◇



「……とまぁ、こんな顛末さ」


 語り終わったお梅婆さんは、再び煙管を咥えると、一度煙を吹く。話を聞いた三人の反応は様々だった。凛は顔をぐじゅぐじゅにして泣き、ひさ子も胸に来るものがあったのか、


「死に目には、会えたのですね……」


下を見ながら呟いた。


 そして、藤兵衛はというと、目を瞑り真剣に何かを考え込むような仕草を見せた後、こんなことを言った。


「う~ん、しかし…… その後盗賊になったのなら、真っ直ぐ生きてはいないような?」


 この余計な一言に、周囲は即座に反応する。左の凛からは拳を、右のひさ子からは鞭が、正面のお梅婆さんからは湯呑を投げつけられ、三方同時にきついツッコミを入れられた。


「「「茶々ぁ、入れるんじゃない(怒)」」」


「……あい(泣)」


 その後、お梅婆さんは「ふん」と一つ入れると、仕切り直すように言う。


「あの人は、知っていたのかもしれないね。時代が大きく変わる為には、多くの血を流す必要があるって事を。……あんたたちも、少しはあの人たちに感謝するんだね。あの犠牲があったからこそ、今の平和があるって事をさ」


 これには三人とも素直に頷き、お梅婆さんの過去話はこれでお開きとなったのだった。



 ◇



 その翌日、凛は心にもやもやするものを抱えていた。昨日聞いたお梅婆さんの話を、皆に聞かせたい、感動を共にしたいと考えていたのだ。人に話すのもどうかと思ったが、他言無用と止められた訳でもないため、我慢しきれずに仕事が落ち着いた隙を狙ってえり、せり、(らん)の三人娘に尋ねてみた。


「ねえ。お梅さんの初恋の話って、知ってる?」


 すると、三人から予想外の答えが返ってきた。


「え? お梅さんの初恋? 知ってるよ。たしか、徳川の御曹司との道ならぬ恋でしょ?」


「は?」


 これはえりの回答。


「あ~、私も聞いた事あるよ。なんかお奉行様との悲恋だって」


「へ?」


 せりの返事がこれ。


「……海賊になって、海を荒らし回り、そこで出会った異人と恋をしたらしい」


「…………」


 蘭も違う答えであったが、なぜかこれが一番しっくりきた。


 どういうことだと、凛の頭の中は大混乱になった。昨日は感動してあれほどに泣いたのに、あの話は嘘だったのかとの思いがよぎった。そこへ、えりの一言が混乱に拍車をかける。


「なんかお梅さんって壮絶な過去があるらしいけど、それを隠すために、敢えて色々な作り話を方々に話してるみたいよ」


「…………」


 確かにあの策略家のお梅さんであれば、やりかねなかった。だが、同時に信じたいという気持ちも合わさり、頭名の中がぐちゃぐちゃになっていく。その結果、


「あれは…… あれは…… どっちだったのーーーーー!!」


 そんな叫びが、凛の口から飛び出たのであった。


 凛の叫びが縁側に座っていたお梅婆さんの下にも届く。すると、お梅婆さんは小さく笑って立ち上がり、部屋の片隅にある扉のついた小さな箱を開ける。その中には小さな位牌と、折りたたまれた紙があった。


 お梅婆さんはその紙を大事そうに手に取り、ゆっくりと開く。するとそこには、元の花が何であったのかわからない、古ぼけた押し花があった。


 それを懐かしそうに眺めると、頭から櫛を外し、同じようにじっと見つめる。漆が塗られたどこにでもありそうな櫛であったが、一部に古ぼけた鉄の部品が差し込まれていた。文机(ふみづくえ)の上には、昨日凛からもらった白百合が花瓶の中から真っ直ぐと伸び、力強く花を咲かせている。


「話の真贋がわからないようじゃぁ、まだまだ青いねぇ…… ねえ? 又兵衛さん?」


 梅は今でも色褪せる事のない思い出に浸りながら、ぽつりと呟いた。


 ~白百合の花・完~ 次話へとつづく

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!如何だったでしょうか?


 今回は昔話ということでシリアス展開になった訳ですが、なかなか筆が進みませんでしたね…… とは言え、入れたい話でしたので頑張りました! お梅さんはいずれ江戸に上るのですが、その後の話はまたどこかで書ければいいなあと考えています。それでは、また次話以降もよろしくお願いします。

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