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(十一)白百合の花 その九・強く、生きて

 五月六日。その日は朝から濃い霧が出ていた。大坂城から出撃し、(どう)(みょう)()付近で激戦を繰り広げていた又兵衛の部隊は、小松山に立て籠もっていたが敵に囲まれる。見回りにあたっていた者が戻り、息せき込んで又兵衛に報告する。


「又兵衛殿! 敵が近づいて来ます! ……旗印は、伊達(だて)勢!」


「わかった」


 又兵衛はそれだけを言い、周りを見る。連戦に次ぐ連戦で、又兵衛の部隊は疲弊し切っていた。落ち合う事になっていた味方の軍勢が来る気配も無く、又兵衛は最期の時が近いと感じた。懐からあのお守りを取り出すと、又兵衛はぎゅっと握り締め、目をつむる。


(どうやらここが死に場所でござるな。……すまぬな、梅どの。そなたの願いは叶いそうにない)


 祈りの後、又兵衛は部下たちに向かって大声を張り上げる。皆、冬の戦いから共に戦ってきた、戦友たちだった。


「聞けい、皆のもの!」


 大声に、部下たちは疲れた表情を向ける。


「我らはこれより、最後の突撃へと入る!」


 最後、と聞いた瞬間、皆の顔に緊張が走った。又兵衛の大音声は続く。


「相手はあの独眼竜ぞ! 我らにとって不足の無い相手! 思う存分戦い、後世に名を残すのだあ!」


 これを聞いた男たちの顔から疲れが消え、みるみると活力が(みなぎ)り、


「「「オーーーーー!!」」」


 力強い応えが返ってきた。その勢いのまま、又兵衛たちは攻撃の準備に入る。


(すまんの、梅どの。そなたはどうか強く、生きてほしい)


 心の中で詫びた後、又兵衛は皆と一緒に霧の中へ、怒涛の突撃を開始したのだった。



 ◇



 ____パンパン、パンパン、パパパーーーーン


 その日は朝から乾いた音が城内の詰め所にまで響いていた。そんな銃撃の音の中をかいくぐるように伝令が頻繁に行き交い、怪我人が引っ切り無しに運び込まれるなど、状況は一気に激しさを増していた。


「いよいよ、始まったのかな……」


 竹は銃弾の聞こえる方角を眺めながら、ボソリと呟く。それが聞こえた梅は、


(又兵衛さん!)


と目を瞑り、手を合わせる。そんな梅に、松がぽんと肩を置いた。


 次々に運び込まれるけが人の手当で、詰所は修羅場状態であった。三人はその中を駆けずり回って対応に当たる。そして、昼を少し過ぎた頃のことだった。


「て、手当をお願いします!」


 二人組が板を担ぐようにして駆け込んできた。ふと見ると、板に載せられた男性は立派な甲冑を着、明らかに身分の高い男性だとわかった。無性に気になった梅が近づくと、思わず目を疑った。なんと、又兵衛だったのだ。


「ま、又兵衛さん!!」


 思わぬ再会を果たした梅は、すぐさま又兵衛に取りつく。


「伊達勢との戦いで負傷し、部下がここまで運んできたそうです。至急、手当をお願いします!」


 運び入れた二人組は手当を託すと、すぐさま別のところへと駆け去っていった。


「た、竹! 急いで又兵衛さんを!」


「わ、わかった! こっちに運んで!」


 梅はすぐさま又兵衛の手当に入った。空いている場所に運び入れ、甲冑を脱がし、傷ついた箇所の確認に入る。


(なんで、こんなになるまで……)


 又兵衛の傷のひどさに梅は絶句する。一緒に手当にあたった竹と松も同じだった。


「これは、ひどいのう……」


 思わず正直な感想をこぼしてしまい、松は慌てて口をつぐむ。だが、その通りであった。銃創だけでも腕、肩、胸、腿などにあり、その数は十か所以上。その上、刀傷等が体のあちこちにあり、生きているのが不思議な状態であった。


 梅は必死だった。


(生きて! 生きて!)


 そう願いながら傷を洗い、布を当てていくが、拭けども拭けども血は止まらない。止まらない血が恨めしく感じ、いつしか梅は泣きながら手当を続けていた。


 そこから、どれぐらい時間が経ったのだろうか。日は落ち、戦いの音もいつしか静まり、少しの間ではあったが静寂が訪れていた。梅はその間中、又兵衛の看護をつきっきりで続けていた。竹や松が休みを取るように言っても聞かず、ずっと又兵衛の近くにいた。


 そして、夜も更けた頃だった。


「う、う……ん」


 又兵衛が、目を覚ました。


「ここ、は……?」


「ま、又兵衛さん! よかった、気がついたのね!」


「う、梅どの!? どうして、ここに? ……夢、なのか?」


 又兵衛はいるはずのない梅の姿を見て、目をみはった。梅は軽く頭を振る。


「夢じゃないよ。又兵衛さんに会いたくて、ここの仕事に応募したんだよ。……さ、水飲んで」


 梅に介抱されながら水を一口飲むと、又兵衛は呆れたような、そして嬉しそうな顔をする。


「なんと…… 無茶をするでござるな。……でも、梅どのらしいと言えば、らしいでござるな」


「あは。それって、喜んでいいのかな」


 梅が答えると、又兵衛はにこりと笑った。いつも見せた優しい笑顔だった。又兵衛が目を覚ましたことに気付いた竹と松も、梅の肩越しに覗き込む。そして、又兵衛の血の気の失せた顔を見て愕然とし、梅と二人きりにしようとそっと離れた。


 そんな二人の気遣いに気付かぬまま、梅は又兵衛に話しかけた。


「ね、又兵衛さん」


「うん?」


「ここから一緒に逃げよ? そしてさ、前にも話したように、松と竹と、私と四人で何でも屋をして暮らそうよ? 又兵衛さんは腕が立つからさ、用心棒とか向いてると思うんだよ。それに、私も危なっかしいから、ついでに守ってもらってさ……」


 梅は次々と話しかける。そうしないと、又兵衛をこの世に繋ぎ止めることが出来なそうで、零れ落ちそうで。話が途切れたら、その瞬間に又兵衛も消えてしまいそうな予感がして。


「そうだのう…… それはいいのう……」


 一方、又兵衛は梅の話を、楽しそうに聞いていた。先程まで戦いに明け暮れていたとは思えない、穏やかな顔だった。


 梅が話し続ける中、ふと、又兵衛が手を上げた。


「梅どの。すまないが、某は付き合えそうにないでござる」


「え……」


 梅の動きが止まる。又兵衛は梅を見つめて続けた。


「ちょっと、旅に出ないといけないでござる」


「や、やだ、よ……」


 意味がわかった梅は、頭を横に振る。


「いかないで、又兵衛さん! せっかく会えたのに! 私を置いてかないで!」


 又兵衛の体を揺さぶり、まるで駄々をこねるかのように懇願する。だが、又兵衛は軽く頭を振ると、梅の手を握った。


「梅どのは、強いおなごじゃ。そなたは、そなたの時を生きて欲しい」


「……嫌だ、嫌だよ、又兵衛さん。そんなこと、言わないで!」


 たちまち梅の目から涙が零れ、血の気が失せた又兵衛の顔にぽたり、ぽたりと落ち、濡らしていく。又兵衛は涙にぬれた梅の頬に優しく触れると、いつもの笑顔で語る。


「そなたと出会えて、本当に、楽しかったでござる。……ありがとう」


 後ろで控えていた松と竹は、別れの時が来たと直感し、表情を暗くした。尚も泣き続ける梅に向かって、又兵衛は優しく語りかけた。


「……梅どの。最後に、頼みがあるでござる。……そなたの笑顔で、見送ってくれまいか?」


「又、兵衛、さん……」


 又兵衛の願いに、梅は愕然となる。と、ここで肩に手が置かれた。振り返ると、それは竹だった。


「た、だげ……」


 竹は何も言わず、軽く被りを振る。最後なのだ、と悟った瞬間、又兵衛の願いに報いようと、梅は天井を見上げた。湧き出る涙を必死にこらえ、鼻をすすり、そして、無理矢理笑顔を作った。


「ど、う……? 又兵衛さん」


 それを見た又兵衛は満足したように、一つ大きくうなずく。


「やはり、そなたは、笑顔が一番で、ござる。どうか、真っ直ぐ…… 生きて……」


 その言葉を最後に、又兵衛の目から光が失われ、二度と還ることはなかった。


 又兵衛を見送った後、梅は暫く動かなかった。


「梅……」


「梅、よくやったのう」


 竹と松が声を掛けた途端、梅は何かが壊れたかのように、泣き始める。


「いやだ…… いやだよ。何で、こうなっちゃうのよ。……なんでよ!」


「「梅……」」


「……生きて帰ってって、言ったのに! 戻ってって、言ったのに! ……こんなことになるなら、あんな手紙なんか、捨てちゃえばよかった! 何でも屋なんて、やらなきゃよかった!!」


 しゃくり上げながら、えずきながら、梅は苦しそうに、喚くように声を出す。


「梅、そんなこと、言わないで……」


「そうだのう…… 落ち着くんだのう……」


 子供のように泣く梅を、二人は必死に落ち着かせようとする。声を掛け、体をさすったりするが梅は止まらなかった。梅の想いを知っていた二人はつられるように泣き始め、そのうちに梅と一緒になって大泣きしてしまう。それに釣られてなのか、周囲にいた者は皆、下を向くのであった。


 つづく

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