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(十一)白百合の花 その八・大坂城へ

「ええ! 城に行くってかい!? 梅」


「うん。もしかしたら、又兵衛さんに会えるかもしれないし」


「何を考えてるんだのう、梅。次は落ちるって、もっぱらの噂だのう。そんなところに行くなんて、命捨てに行くようなものだのう」


 松、竹が驚くのも無理はなかった。実際、応募はあるものの人はあまり集まっていないという話だった。いくら心の中で応援や同情はしていても、自らの命が関わるとなるとそれはまた別の話だということ示していた。


 だが、二人の制止を聞いても、梅の意志は揺るがなかった。


「いや、絶対行く。あんたらは、ここに残ってなよ。元々、私一人で行くつもりだったし」


 松はおろおろするばかりで、止めてくれよとばかりに竹を見やる。すると竹が、


「……わかったよ。なら、三人で行こう!」


と言ったものだから、松は開いた口が塞がらなくなってしまった。


「え、なんでそうなるのよ。あんたらを巻き込むつもりはないんだってば」


 梅も竹の言葉に驚き、自分のことは棚に上げて止めに入る。だが、竹は梅を見据えて言う。


「梅、あんた忘れたの? あたしらは一連托生で生きてくって、誓ったでしょ? ……それに、どうせ梅がいなきゃ、何でも屋の仕事は出来ないし、城での仕事は給金がかなり良いって噂だからね。だったら、三人で行った方が、余計稼げるじゃない」


 友情だけではなく、しっかりと実利も考慮した竹の言葉に梅は呆れる。


「仕方ないのう。でも、やばくなったら、すぐに逃げるんだのう」


 そして、松もしぶしぶながら承諾する。こうして三人は、大坂城の仕事に応募をしたのであった。



 ◇



 城に入った三人は、目まぐるしく働く羽目になる。


「……なんで、こんなに忙しいの? 戦はまだ始まってないのに」


「そうだね…… まあ、応募した人が少ないってことも、あるんだろうけどさ。まさか、ここまでとは」


「もう、疲れたのう~」


 戦の前なので、それほど仕事は無いだろうと見込んでいたが、それは間違いであった。戦は無くても訓練は行っており、そこで怪我をする人が意外に多いのだ。その他にも、兵士たちの食事の世話や洗濯、細かな雑用があれこれと舞い込んで、てんやわんやの状態であった。


 怠け者の松ですら目まぐるしく働き、竹はいつの間にか現場を差配する立場になっていた。そんな忙しい中でも梅は又兵衛に会えないかと、空いた時間を縫ってはあれこれと尋ね廻っていた。


「ただいま……」


「どうだった? 見つかった?」


 竹が尋ねるも、梅は被りを振る。


「そう…… 聞いた話だけどね。又兵衛さんって、相当上の役目を負ってるそうよ。だから、城の上の方にいるんじゃないかな」


「上、か…… この城、やたらと広いんだよね…… は~、早く、又兵衛さんに、会いたいな……」


「梅……」


 落ち込む梅に、竹はかける言葉が見つからなかった。そうして梅の努力もむなしく、会うことが叶わぬまま夏の戦いが始まった。



 ◇



 戦が始まったと言っても、直後は大坂城の周辺に敵がいる訳では無く、遠方の大和国(やまとのくに)(さかい)で小競り合いがある程度であった。城の中は平和そのもののせいか、三人は戦など本当は無いのでは? と錯覚するほどであった。


 そんな時であった。又兵衛が出陣するとの情報が、竹のところに舞い込んでくる。竹は急いで梅にその情報を伝える。


「え!? 又兵衛さんが、城を出る!?」


「うん。城が囲まれないように、撃って出るんだってさ。もう出たって話だから、今から急いで行けば会えるかも!」


「わかった! ありがとう、竹!」


 梅はすぐさま詰め所を飛び出した。


 正門から出ると言っていたので、そこへ急いで駆けつけたが、既に兵士たちの姿は見えなかった。近くにいた人に尋ねると、又兵衛たちは既に城を出て町の中に入っているという。それを聞いた梅は、町へと駆け出していった。


 町に入ると、確かに大勢の甲冑姿の兵士が整然と歩いていた。沿道の人たちが口々に応援や激励の声をかけ、町の中は大いに混み合っていた。


「ど、どこ? 又兵衛さんは、どこ?」


 何しろ兵士の数が多く、又兵衛が歩いているという先頭は遥か遠くだった。そこで梅は人混みの中を避け、民家の屋根によじ登ると、屋根伝いに走って又兵衛の姿を求める。


(又兵衛さん、又兵衛さん!)


 そして家が途切れる所まで来た時だった。遠くの方に又兵衛の姿が見えたのだ。目のいい梅は、立派な兜に甲冑姿であったが、住処に飾られていたあの槍を手にした馬上の人が又兵衛であるとわかった。


「又兵衛さーん!」


 大声を上げ、手を振り、何度も呼び掛ける。すると、一瞬だけ又兵衛が振り返り、小さく手を振ったのがわかった。梅はそれを遠目に見ると、無事に帰ってこれるよう手を合わせて祈るのであった。



 ◇



 ちょうどそれより少し前。先頭を歩いていた又兵衛は、後ろにいる部下たちのやり取りが聞こえてきた。


「やあ、元気なおなごがおるぞ」


「ホントじゃのう。屋根に登って、手を振っておるわ」


「おそらく、身内の誰かがこの軍にいるのであろう」


「そうだな。しかし、本当に元気なおなごよのう。飛び跳ねておるぞ」


 それらを聞いた又兵衛は、ふと梅のことを思い出した。


(そういえば、梅どのは達者じゃろうか)


 そして、笑いが込み上げる。あの溌剌とした娘が、元気がない訳はない、と。懐かしさが込み上げた又兵衛は、話題の娘が気になり後ろを振り返る。すると、確かに娘が屋根の上で飛び跳ねて、こちらに向かって何か叫んでいるように見えた。視力が梅ほどに良くはない又兵衛は、娘が梅であるとわからずに手を振る。


 すると、娘はまるで応えたかのように、急に大人しくなった。それを見た又兵衛は不思議な思いを抱えながらも、前に向き直った。


「さて、こたびの出陣は、どうなるかのう……」


 戻ると約束した梅の姿を思い出し、又兵衛は空を見上げる。晴天の中を、(とんび)が一羽、くるくると回っていた。



 ◇



「あの時は、又兵衛さんが気づいたのかどうかはわからなかったよ。だけど、私には、無事に帰ってくると応えたように見えたもんさ」


 ここで話を区切ると、梅は遠くを見る。


「……その日から、戦は一気に進んでね。どこそこで負けた、とか勝った、なんて話が次々に舞い込んできてね。そして、あの運命の日が、やって来たのさ」


 つづく

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