(十一)白百合の花 その七・そなたは花
又兵衛が去る前夜、梅は又兵衛の住処を訪れた。梅の夜の訪問に又兵衛は驚いたが、すぐに笑顔を見せ、縁の下の住処に招き入れた。
「もう、引っ越しの準備は、終わったの?」
「うむ。元々荷物は少なかったので、すぐに終わったでござるよ。細々としたものは、住職に渡したしのう」
又兵衛は笑いながら答える。その普段と変わらない様子は梅の目には、戦場に向かう人の表情にはとても見えなかった。
「いや~、しかし驚いたでござるよ。梅どのが急に来るので、もてなしの準備が出来ないのでござる。……あ、元々もてなしなど出来ないでござったなあ。は~はっはっは」
かんらかんらと笑っていた又兵衛だったが、次の瞬間驚いてしまった。
「う、梅どの!?」
なんと、梅が又兵衛の前で、着物を脱ぎ始めたのだ。梅は震える手でゆっくりと着物を一枚、また一枚と脱ぎ、ついには下着一枚の姿となった。
「梅、どの……」
梅はきっと又兵衛を見据えた。
「又兵衛さん…… 行かないで、とは言わない。だけど……」
そうして、又兵衛の胸へと滑り込むように体を預けた。
「お願い。何も言わず、私を…… 抱いて!」
胸に顔をつけたまま、梅は震える声で叫ぶように言う。顔を真っ赤にし、体を小刻みに震わせながら語る梅の想いを又兵衛は汲み取った。又兵衛は一度梅を抱きしめた後、そっと体を引き離す。
「又兵衛、さん……」
梅が見つめると、又兵衛はにこりと笑う。そして、小さく被りを振った。
「梅どの。そなたは花じゃ」
「は…… 花?」
梅が顔を上げると、又兵衛は力強くうなずいた。
「うむ、花じゃ。それも、白百合の花じゃ。真っ直ぐ生きる、力強い花じゃ」
又兵衛の目は、真っ直ぐに梅の瞳を見ていた。
「某の手は、もう血で穢れてしまっている。……だから、そんな自分が、そなたを抱くことなど出来ぬ」
「又兵衛、さん」
強く、だがどこか悲しい目で自分を見つめる又兵衛を見て、梅は目が熱くなった。
「……この戦が終われば、平和な世が来る。きっと来る! ……だから、そなたはそれまで、あの花のように、真っ直ぐ生きて欲しい」
力強さと、同時に温かみを感じ、梅の頬に涙が伝う。そして、そのまま又兵衛を見つめ、願う。
「嘘でもいい。……お願い、お願いだから、生きて帰ってくるって、戻ってくるって、言って!」
激しい目だった。又兵衛は、じっと梅を見つめたまま、こくり頷く。
「わかったでござるよ、梅どの」
「絶対! 絶対に! 戻ってきて!」
自分の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくる梅を、又兵衛はあやすように梅の頭を撫で続けた。やがて、梅が落ちついた頃に、又兵衛が優しく呼びかけた。
「梅どの」
「え?」
泣きはらした目で、梅は見上げる。
「良ければ、梅どのの髪を少しばかり、分けてもらってもよいでござるか?」
「髪、を?」
「うむ。戦人の間には、大切な人の一部をお守りにするならわしがあるのでござるよ」
そう言われると、梅には拒む理由は無かった。大切な人、と言われたのが気恥ずかしく感じた。
「わかった……」
梅は持っていた小刀で左側の髪を切り、それを手渡す。又兵衛は大事そうに受け取ると、懐から取り出した小袋へ髪を入れた。小袋を目の前に掲げ、又兵衛はにかっと笑みを浮かべる。
「ありがとうでござる、梅どの。これで、何かあっても梅どのが守ってくれるでござる。……梅どのの守りであれば、さぞかし強力であろうからの」
「どういう意味よ、それ……」
梅は口でが文句を言ったが、そうあって欲しい、この人を守って欲しいと心から願った。
その後、梅と又兵衛は外に出て夜空を一緒に眺めた。きれいな満月の夜だった。眺めながら二人はあれこれと語り、そして梅はいつしか又兵衛の肩に寄り掛かるようにして眠った。又兵衛はというと、そのままの姿勢で空が白じむまで、ぼんやりと空を眺めていた。
◇
お梅婆さんの話が一区切りつくと、藤兵衛とひさ子はしんみりとした表情で聞き入り、隣にいる凛は顔を赤く染めていた。
「なかなか、大胆なことを、なさるのですね」
「あの頃は向こう見ずだったからね。怖いものなしで、思い立ったらすぐ行動してたのさ。……でも、あの後にはもっと大胆なことをしたよ」
「と、いうと?」
藤兵衛が聞き返す。
「大坂城に、忍び込んだのさ」
「「「ええ“!!」」」
とんでもない内容に、三人は揃って驚きの声を上げる。と、お梅婆さんは思い出したように付け加えた。
「忍び込んだってのは語弊があるね。働きにいったのさ」
「働きに…… ですか?」
「ああ。あんたらも知っての通り、大坂の戦いは冬と夏、二度あっただろう? 冬の戦いでは、真田丸の戦いで徳川方がコテンパンにされてねえ。それを聞いた時は、うちらは皆、大喜びしたものさ。だってそうだろう? 世は既に徳川に傾いているのに、あんな弱い者苛めするような真似してさ。大坂に住んでる人たちは皆、心の中では豊臣方を応援してたのさ」
ここで煙管を取り出し、お梅婆さんは一度紫煙を燻らせる。
「結局、冬の戦いでは終わらなくてねぇ。しかも徳川の陰険なやり方で、城も丸裸にされちまって、今度こそ豊臣方はもう終わりだって話になってね。……そんな中、大坂城で飯炊きやけが人の看護の募集があってね。それで、矢も楯もたまらず、応募したんだよ」
そこからお梅婆さんは続きを語り始めたが、表情はどこか暗かった。
つづく




