(十一)白百合の花 その六・抱える想い
____カサリ
枯葉を踏む音がした。その音は増え、幾つか重なり合う。又兵衛は目を覚ますと柱に立てかけてある槍を手に持ち、筵をめくって外に出た。そこには、顔を布で隠した男達が四、五人いた。
「なんじゃのう、お主らは。 見たところ、客人には見えぬが」
男達は問いには答えず、無言で刀を抜いて構えを取る。
「それが答えか。……大方、江戸方の手先じゃろう。相変わらず、こすい真似をするのう」
そう言うと、又兵衛は静かに槍を構える。それが合図だったかのように、男達が襲い掛かった。
◇
その頃、梅は他門寺が見えるところまで近づいていた。そして、遠目に又兵衛が数人の男達と戦っている様子が見え、思わず近くの木陰に身を潜める。
(え!? なに、あいつらは? ……又兵衛さん!)
又兵衛の強さは知っていたが、相手は複数で、しかも見慣れない服装をしている。心配になった梅は、木陰からそっと様子を伺った。襲う男達の動きは素早く、相当な手練れのように見えた。だが、それでも又兵衛は全く問題にしていなかった。既に、又兵衛の周りには二人がうつ伏せに倒れている。
残る三人が又兵衛を囲むように位置取りをすると、意図を察知した又兵衛は素早く前に進んで一人を一撃で倒す。そして遅れて仕掛ける形になった二人の斬撃を振り返りざまに槍ではねのけ、相手の体勢が崩れたところをすぐさま突き刺した。
(す、すごい……)
改めて又兵衛の強さを知った梅は、ただ驚くだけだった。
一人になった敵は、任務困難と見たのか背を向けて逃げ出す。その逃げた先が、ちょうど梅が潜んでいる木の方向だった。梅は思わず近くにあった石を持ち上げると、敵が通り過ぎる瞬間に「えい!」と勢いよく頭に振り下ろす。
「ぐわっ」
予想外の攻撃を受けた敵は、そのままその場に崩れ落ちた。敵が勝手に倒れたように見えた又兵衛は様子が気になり、木の近くに歩み寄る。そこで彼が見たものは、
「う、梅どの!? どうしてここに!?」
なんと石を持った梅だったため、大いに驚いてしまった。
「な…… なんだか、気になって、戻ってきたんだ。そしたら、又兵衛さんが……」
梅は石を持ったまま、足をガクガクと震わせる。その様子を見てすべてを察した又兵衛は、大声を出して笑った。
「なんとも、はや…… 忍びを仕留めるとは、さすが梅どのでござるな!」
あまりに可笑しそうに笑うので、梅はぷうと頬を膨らませてしまう。
「な、なにさ! そんなに笑わなくたって、いいじゃないか!」
「すまん、すまん。いや、それにしても……」
余程可笑しいのか、又兵衛の笑いが収まるまで暫しの時を要したのだった。
その後、又兵衛は梅に縁の下の住処で待つよう伝え、自分は住職たちと一緒に死体の片付けや、生き残った敵を縛り上げ、このことを伝えに坊主をどこかへ使いに出すなどの処置をする。それらが終わったところで、又兵衛は梅のところへ戻った。
「しかし、今思えばあんな危ない真似をよくも…… とは言えないでござるな。梅どのも、ギリギリのところで生きてきたのでござろうからの」
そう言うと、又兵衛は野草茶を淹れて梅に差し出す。そして、梅が落ち着くころを見計らって切り出した。
「梅どの。……某は、大坂城に入ることにしたでござる」
はっと、梅は顔を上げた。
「それは…… あの、手紙で?」
こくり、と又兵衛は頷いた。そして姿勢を正し、梅を真正面から見る。
「某は、元々は黒田家に仕えていた後藤又兵衛基次と申す。故あって浪人の身となったのでござるが、こんな某でも必要としてくれた人がいたのでござる。その人の為、もう一働きすることに決めたのでござる」
予想はしていたものの、梅はその言葉は聞きたくはなかった。
「いつ…… いつ、行くの?」
止める言葉が思いつかず、口から出た言葉はそのようなものだった。
「五日後に」
(五日…… そんなに、早く?)
梅は愕然とする思いだった。湧き出た不安は、このことだったのかと感じた。
「……その日は、見送りに、来てもいいかな?」
様々な想いが渦巻いていたが、梅はそう言うのがやっとだった。又兵衛は「もちろん」と答え、
「梅どのには、感謝しかないでござる。なあに、心配はいらぬでござるよ。梅どのも某の腕前をご存じであろう? 梅どのに自慢できるよう、大手柄を立ててくるでござるよ」
笑って語る様は、いつもの又兵衛であった。梅はただ黙って聞くだけだった。
◇
又兵衛の告白を聞いた夜の、次の日のことだった。
「……梅、どうしたの? 昨日から、ずっと上の空じゃないか」
「そうだのう。今夜のおかずは梅の好きな蛙の照り焼きなのに、ちっとも箸が進んでいないのう。食べないなら、松がもらって……」
松が手を伸ばしたところで、梅は蛙が載った器をさっと取り上げる。そして、表情は虚ろのままポツリと言った。
「行くって……」
「は? 誰が?」
「又兵衛さんが…… 大坂城に、行くって……」
「「……そう」」
その一言で全てを察した竹と松は、黙ってしまった。
「……見送りには、行くんだろ?」
「うん……」
「なら、いいじゃないか。別に、それが今生の別れってわけでもないんだしさ」
竹が慰めの言葉をかけると、松がこんなことを言ってきた。
「そうだのう。梅もお礼を言わないと、いけないのう」
「お礼?」
梅ははじめ、松の言っている意味がわからなかった。
「そりゃあ、梅に花を贈った奇特な男性だからのう。そんな男性、もう現れないかもしれないからのう」
「……松、あんたねえ(怒)」
意味がわかった梅は、湯が入った器を持ち上げる。
「ま、待つのだのう、梅。押し花のやり方を教えてやったでは、ないかのう!」
「それとこれとは別よ! その口、縫い付けてやろうかい!」
梅が松ににじり寄り、これはやばいと松が後ずさった時、竹が笑いだした。
「な、なにが可笑しいのよ、竹!」
「いや。いつもの梅に戻ったな、って思ってさ」
「え……」
まだ笑いが収まらないのか、竹は笑いながら続ける。
「きっと松だって、梅に元気になって欲しくて、わざとあんなこと言ったのよ。だから、そう怒るんじゃないよ」
梅が松を見ると、松はこくこくと必死になって頷いていた。そんな松を、梅は疑惑の眼で見つめる。
「ま、でもさ、梅」
「なに?」
「向こうだってさ、いつもの梅に見送ってもらいたいんだろうからさ。元気、出しなよ」
「……わかった」
しおらしく答えると、梅は自分の席に戻って蛙の照り焼きにかぶりつく。一方、松はほっと胸を撫でおろして自分の席に戻った。最後に、竹がこんなことを言った。
「言いたいことは全部言ってさ。ありったけの想いをぶつけなよ」
「全部……?」
「ああ。……後悔しないように、さ」
竹の言葉を聞いた梅は、何かを考え込むかのように静かになった。
つづく




