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(十一)白百合の花 その五・手紙

「……てな事があってねぇ。又兵衛さんとはだいぶ年が離れていたけど、あの時抱いていた気持ちは確かに恋だったよ。ま、初恋ってやつさね」


 ここで言葉を区切り、お梅婆さんはすっかり温くなった茶に口をつける。湯呑をもてあそぶさまは当時を懐かしみ、それとともに照れ臭さを隠しているようにも見えた。お梅婆さんは、更に続ける。


「又兵衛さんは傍にいて楽しい人だったけど、不思議なところもある人だったねえ。仕官しに来たと言っていた割には、あちこち出掛けるわけでもなく毎日のんびりしていたし…… そうそう、日が暮れると、住まいの前に必ず枯葉を撒くんだよ。当時は何でそんな事をするのかわからなかったけど、後になってその理由がわかったもんさ」


 遠い目をするお梅婆さんに、ひさ子が話しかけた。


「あの、お梅さま」


「なんだい?」


「もしかして、又兵衛という方は、あの豊臣方の……?」


 これに、お梅婆さんはこくりとうなずいた。


「幸せな時ってのは、長くは続かないもんだよ。知ったのはいつだったかねえ…… あの又兵衛さんが、『槍の又兵衛』って呼ばれた、後藤又兵衛 (もと)(つぐ)だってことには……」


 そこから、梅は語り続けた。



 ◇




「え、又兵衛さん宛!? ホントかい、竹?」


 梅の驚く声が、ボロ屋の中を響き渡る。


「うん、そうみたい。他門(たもん)寺って、梅が言う又兵衛さんが間借りしてるところでしょ? 他門寺の下に住んでいる又兵衛殿宛にって依頼だったから、間違いないよ」


 竹もどこか戸惑った表情だった。


「……そうだね。『寺の下』に住んでいる人って、又兵衛さんぐらいしか知らないし」


 又兵衛が間借りしている他門寺は、住職と小坊主が一人いるだけの小さな寺だった。又兵衛は住職と古い知り合いのようで、間借りさせてもらっている代わりなのか、寺用の水汲みや薪割をしている姿を梅はよく見かけた。


「まぁ、仕事って言うのなら届けるけど……」


「そういう訳だから。はい、これね」


 頭の整理が追いつかないのか、梅は首筋をポリポリと掻く。そして竹が差し出した手紙を見て絶句する。


「……なに、これ」


「なにって、手紙に決まってるでしょ」


「そういう意味じゃなくて。なにこの、立派な手紙は、って意味よ」


 梅が驚いたのは、手渡された手紙が格式の高いものだったからだ。紙は上質で、宛名は梅が読めないほどに達筆。更に(ろう)で封がされ、おまけに(こう)が焚きしめられているのか仄かに良い香りが漂っていた。身分の高い人物から、というのがすぐにわかった。


「……又兵衛さんって、実は凄い人なのかな?」


 そんな言葉が、つい漏れ出てしまう。


「私も、この手紙を受けたのは仲介人を通してだったからね。大元が誰なのかはわからないんだよ。……とにかく、気を付けてね、梅。最近、物騒な噂が絶えないからさ」


 竹が言う物騒な噂とは、いよいよ江戸方と豊臣方がぶつかるというもので、その前段階として江戸方の密偵や暗殺部隊が多数大坂へ潜入しているというものであった。


「……ま、気を付けるように、するわ」


 梅は指で頭を掻きながら、以前に襲われたことを思い出す。あんな思いは二度とゴメンだとばかりに、気を引き締める。


「じゃあ、行ってくるよ」


「あ、そうだ、梅」


「なに?」


 飛び出そうとしたところに声を掛けられ、梅は振り返る。すると、竹はにやりと笑った。


「今日の仕事はそれだけだから。だから、後はご自由に、ね」


 意味がわかった梅は、思わず顔を赤らめる。それを隠そうと、梅はボロ屋を勢いよく飛び出したのであった。


 又兵衛が間借りしている他門寺に到着すると、ちょうど又兵衛は薪割りをしているところだった。姿を見とめた梅は声を掛けようとしたが、たじろいでしまう。というのも、暑いせいか又兵衛は着物を脱ぎ、上半身裸だったのだ。


(すご……)


 後ろ姿からでも又兵衛の体躯はしっかりとし、そこらへんの若者よりも立派な体つきだった。と言っても、梅はこれまで男の裸を間近で見たことはないのだが。


 思わず見惚れていると、又兵衛が梅に気付いた。


「おお、梅どの。来てくれたのでござるか」


 薪割の手を止め、又兵衛は汗を拭いながら近づいてくる。


「あ、えと、今日は仕事で来て。これを、届けに来たの」


 目のやり場に困った梅は、又兵衛を直視しないようにして手紙を差し出した。


「おお、これは失礼したでござる」


 梅の様子で己が上半身裸であったことに気付き、又兵衛は慌てて上着を羽織る。そして、梅の手から手紙を受け取った。


「これは…… 梅どのが、何故これを?」


「え、えと。仕事で、届けてくれって頼まれたんだ」


「……なるほど。梅どの言っていた仕事とは、そういう事だったのでござるか」


 又兵衛は合点し、それ以上仕事のことを尋ねようとはしなかった。そして、受け取った手紙をそのまま懐にしまう。


「あ、あれ? 読まないの? なんか、偉い人からの手紙みたいだったけど」


「うん? なあに、手紙はいつでも読めるでござる。それよりも、せっかく梅どのが訪ねて来たのでござるから……」


 そう言うと住処の縁の下へ入り、すぐに戻って来る。


「ふっふっふ。これを住職から頂いたのでござるよ」


「あ、大福だ!」


 又兵衛が手に持った皿には、大きな大福もちが二個載っていた。梅は思わず、声色が高くなる。


「そう。しかも、名店『とら屋』の大福でござるよ? ……せっかくだから、梅どのと一緒に食べようと思っての」


「え…… いいの?」


「当然でござるよ。梅どのにはいつも世話になりっぱなしだからの。それに、美しいおなごと一緒に食べた方が、より一層美味しく感じられるというものでござるよ」


 からからと又兵衛は笑う。台詞に特別な意味などないのであろうが、梅はついまともに反応して顔を赤くしてしまう。


(こういう事さらっと言うから…… 油断出来ないんだよね)


 そう思いつつも、内心は嬉しかった。


 二人は寺の縁台に並んで座り、早速大福を食べ始める。しかも飲み物まで付いていた。これは又兵衛が野草を摘んで乾燥させて作った、オリジナルの野草茶であった。二人一緒になって「うまい、うまい」と言いながら食べ終わると、外の景色を眺める。季節は立秋で、暑かったが時折吹く風が涼しく感じられ、秋が近づいているのがわかる穏やかな天気だった。


「いい天気だね」


「そうでござるな」


「……もうすぐ戦が始まるなんて、うそみたい」


 思わず梅がポツリと呟くと、又兵衛は梅を見た。


「梅どのは…… 戦は、好きではないでござるか?」


「戦は、きらい」


 梅は膝を抱えるように座り直す。又兵衛は何も言わず、ただ見つめるだけだった。


「……父ちゃんは、あたしが小さい頃に戦に出て死んじまってさ。母ちゃんが女手一つで頑張って育ててくれたけど、無理が祟って病で死んじゃったんだ。……松だって、竹だって似たようなもんさ。他にも、こんな話ごろごろ転がってるよ。……だから、戦なんて、きらい」


 噛みしめるような口調だった。


「そうでござるか…… いや、当たり前でござるな。変なことを聞いて、すまないでござる」


 又兵衛がバツが悪そうな顔をするので、梅は気まずい思いが込み上げた。


「又兵衛さんが謝ることはないよ ……でも、又兵衛さんも戦が始まったら、行くんでしょ? その為に、大坂に来たんでしょ?」


 梅は薄々気付いていた。又兵衛の体躯の良さや、住処に飾ってある立派な槍を見れば元は侍、それも名の通った侍だったのだろうと。


 時折吹く風が、草木を揺らす。その様子を二人は黙って眺めていたが、又兵衛がゆっくりと口を開いた。


「梅どのの言う通りで、戦のために某は大坂に来たのでござる。……実は黙っていたのでござるが、一度仕官をしたのでござるよ」


「え? そうなの?」


 意外な言葉に、思わず梅は又兵衛を見た。


「うむ。古い知り合いのところに暫く厄介になったのでござるがの。某以外にも集まった者たちがいたのでござるが、色々とあって、(いとま)を頂いたのでござるよ」


「…………」


 梅はただ又兵衛を見つめる。その目は続きを促しているようだった。又兵衛は根負けしたのか、頭をポリポリと掻いた。


「昔、大きな恩を受けたお方がござっての。その親類が困っていると聞いて、駆け付けたのが本当の理由だったのでござるよ。……だがの、古い知り合いも含めて集まった者たちは、誇りだの、出世をするだのと、己の事しか考えない輩ばかりでの。そういう者たちと一緒にいるのが嫌になったのでござるよ」


 ここで一度、又兵衛はすっかり温くなった野草茶を飲む。


「それに、梅どのと知り合ってから、世間のことも色々と知るようになっての。梅どののような、何も関係の無い人たちを戦に巻き込むのは違う、と考えるようになっての。とは言え、某も働き場を探しているのも事実であるしの。はてさて、どうしたものか、と…… まあ、迷っているのでござるよ」


 言い終わると、又兵衛は遠くを眺める。その様子を見た梅は、ふとこんな事をこぼした。


「……そしたら、さ。又兵衛さんも私らの仕事をすればいいよ」


「梅どの、の?」


「うん。私らの仕事、危ない橋を渡ることもあってさ。それに竹にもよく言われるけど、私って見てて危なっかしいところもあるみたいでさ。だから、又兵衛さんが、その…… 私を、守ってくれれば、いいかなあ、なんて。も、もちろん、又兵衛さんだって、色々とやりたい事があるんだろうからさ。もし、気が向けばって程度で考えてもらえれば、いいけど」


 自分でも何故こんな事を話してしまうのか、梅はわからなかった。恥ずかしさのあまり、頬を赤く染め、最後は俯くように顔を伏せた。そんな梅の様子を又兵衛は温かい眼差しで見つめると、


「そうでござるな…… そういう道も、面白いかも、しれないでござるなあ」


と、笑って答えるのであった。


 その後、二人は夕方頃まで一緒に過ごし、日が暮れ始めた頃になって梅は家に帰った。帰り際に振り返ると、又兵衛がいつものように枯葉を住処の周辺に撒いている姿が見えた。


 帰り道、歩きながら梅は急に不安な心持ちに襲われた。又兵衛が初めて自分の想いを語ったこと、そして、あの立派な手紙のことが無性に気にかかった。考える程に不安の気持ちが増し、いつしか梅は歩みを止め、そして来た道を戻り始める。歩みはいつしか早足になり、そして、駆け足に変わった。


 つづく

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