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(十一)白百合の花 その四・確かな想い

「……これでよし、と。深い傷ではないでござるが、傷口が膿む可能性もあるからの。暫くの間は無理をしてはいけないでござるよ?」


「あ…… ありがとう」


 梅は動悸が早まるのを感じていた。会えるかもしれないと思っていた又兵衛に、本当に会えたこと。その又兵衛が実は腕っぷしが強かったということ。自分を女性扱いしてくれたためだったかもしれない。また、それ以上に驚きもあった。何故なら、


「又兵衛さんって、変わったところに住んでいるんだね」


住まいがお寺の縁の下だったからだ。


「うん? まあ、こんな所でも住めば都でござるよ。ここの住職とは、昔からの知り合いでの。無理を言って借りたのでござるよ」


 又兵衛はにかっと笑うので、釣られて梅も笑ってしまう。


 はじめ、連れて来られた場所がお寺だったので、寺に住んでいるのかと思った。しかし、入口からは入らずに裏手に回ったので(ん?)となり、最終的に寺の床から吊り下げられた筵をめくって、「ここでござる」と言われた時には、さしもの梅も呆気に取られてしまった。


 だが、改めて見ると、寺は通常の家よりも床が高い位置にあるため、縁の下は大の男が座っても上側にはまだ十分に余裕があった。加えて所々に穴でも開いているのか、そこから光が差し込んで薄暗い程度であったため、雨風が凌げれば十分と考えている人にとっては、これで十分なのだろう。


(よく見れば、うちらのボロ屋よりもマシかもね)


 そんな考えが頭に浮かび、梅は少しおかしくなった。


「しかし……まさか、こんなに早く恩を返せる時が来るとは思わなかったでござるよ」


 又兵衛の言葉に、梅はハッとなる。


「わ、わたしも、又兵衛さんとは、また会えるかな? なんて思ってたけど、こんなにすぐにとは思ってなかったし。しかも、助けられるだなんて……」


「ホントでござるよ。怪しい奴らがうろついているなと思っていたら、その先に梅どのがいたのでござるから」


「あ、あれは…… 私も訳がわかんなくてさ。あいつら、いきなり現れて、しかもこっちの話をろくに聞かずに襲ってきたんだよ。……でもさ、本当に助かったよ。ありがとう」


 梅は改めて感謝の言葉を述べる。


「なぁに、あれしきのこと。あの時の、握り飯を恵んでくれた梅どのほどではござらぬよ。あの時はまるで…… そう、仏のように見えたでござる」


 又兵衛は腕を組み、真面目くさった顔で神妙に語る。あまりの大袈裟な例えに、梅は思わず噴き出してしまった。


「ほ、仏って、それは幾らなんでも言い過ぎでしょ! 握り飯の一つや二つで……」


「いやいや、某に取ってはそれぐらいの出来事だったのでござる。金が無いという事はこういう目に遭うのかと、しみじみと思い知らされたのでござる」


 頷きながら語る様子が、またなんとも可笑しかった。と、梅は又兵衛が大坂に来た目的を思い出した。


「ところで又兵衛さん、仕官の方は上手くいきそうなの?」


 すると又兵衛は腕を組んだまま、気まずそうな顔をした。


「……色々と壁がござっての。方々からあたってみてはいるのでござるが、なかなかどうして……」


「つまり、上手くいってないってことね」


 梅が指摘すると、又兵衛は頭を搔きながらこくりと頷く。それを見て何故かほっとする自分に気付き、梅は少し戸惑った。


「じゃあさ、暫くはここに住んでるってことだよね? なら、ちょくちょく様子を見に来るよ。どうせ、ご飯とかあんまり食べてないんでしょ?」


「いやいや、そのような心遣いは…… 非常に、助かるでござる」


「やっぱり」


 恥ずかしそうな顔をしながらも素直に甘える又兵衛を見て、梅は笑うのであった。


 その夜、住まいに戻った梅は、竹と松に又兵衛と再会したことを話した。その際、竹が心配するかもしれないので、腕の傷は転んだことにして男達に襲われた件は伏せた。後々二人から聞いたのだが、その夜の梅はとても嬉しそうに話していたとのことだった。



 ◇



 それからというもの、梅は仕事の合間を縫ってはちょこちょこと又兵衛のところへ出かけた。梅にとって又兵衛は、初めのうちは父のような感覚であったが、次第にそれ以上の感情も抱くようになっていった。


 又兵衛と、同じ時を過ごすだけで梅は楽しかった。又兵衛が梅のことをどう見ていたのかは、わからない。それでも、梅は他愛のない話をするだけで十分だった。


 ある日のことだった。

 二人一緒に山菜を取りに出かけ、その帰り道のこと。又兵衛が、ふと道を外れたかと思うとすぐに戻ってくる。そして、手にした花をそっと梅に差し出す。その花は白百合だった。


「これ…… 私に?」


 又兵衛はこくりと頷く。


「世話になっているお礼に、というのもあるのでござるが、なんだかその花を見たら梅どののように思えての。つい摘んでしまったのでござる」


 どこか照れ臭そうに、又兵衛は語る。


「あ、ありがと。う、嬉しいよ。花なんて、人からもらったの初めてだからさ」


「そうなのでござるか? 梅どのは綺麗であるゆえ、男どもが放っておかないと思っていたでござるよ」


 又兵衛がさらりと言ってのけると、梅は顔が真っ赤になる。


「な、何言ってんのさ! き、綺麗って、そんなこと、言われたことなんて……」


 最後の方は、ごにょごにょになってしまった。その後暫くの間、梅は又兵衛の方をまともに見ることが出来ず、


「き、今日はいい天気だね~」


などと当たり障りのないことを言いながら、又兵衛とは反対側を見て歩く。そんな梅を、又兵衛は優しい眼差しで見つめるのであった。



 ◇



 その夜、梅は又兵衛からもらった花を欠けた陶器に入れ、恥ずかしそうに、そして嬉しそうに眺めていた。そんな梅を松が後ろから覗き込む。


「最近の梅は、何だか楽しそうじゃのう」


「え!? そ、そう見える?」


 唐突に言われ、梅は何とか誤魔化そうとあれこれ考えを巡らせる。が、しかし、


「見えるのう。まるで、恋でもしてるようだのう。のう、竹?」


「そうだね。相手は、あの又兵衛って人でしょ?」


竹にあっさりと見抜かれ、梅は言葉が詰まってしまった。あうあうと悶えていると、竹はにこりと笑う。


「その花は、又兵衛さんからもらったの?」


「う、うん…… この花、私みたいだって言ってた。 ……どう思う?」


 笑われることも覚悟し、梅は恐る恐る尋ねた。


「白百合、ね…… 確かに、梅みたいって言えば、言えなくもないわね」


「ホ、ホント?」


「そうだのう。その人をあまり寄せ付けない雰囲気を放つさまは、梅にそっくりだのう。 ……って、いたいのう!」


 変なことを言った松には、近くにあった石を投げた。それを見て、竹はくすりと笑う。


「大事にしなよ、その花も。その気持ちも。……こんな時代だからさ」


「うん……」


 続く竹の優しい言葉に、梅は素直にうなずく。とここで、松が突然立ち上がった。


「そうだのう。せっかくだから、梅の恋が上手くいくかどうか占ってやろうのう」


「え、いや、いいよ……」


「気にするなのう。練習も兼ねてるからのう」


 止める間もなく、松はすぐに占いを始めてしまう。梅は竹に救いを求めるが、竹は(諦めな)とばかりに被りを振った。しょうがないので、梅は松の占いを見守ることにした。


 松は表裏に『陰』『陽』の文字が書かれた小石を三個、数回投げては手元の紙に記号めいた棒線を書き込んでいく。そして書き終わると、その記号を眺めてぶつぶつと言い始めた。その間、梅はなんだか落ち着かなかった。


「……おう。()が出たのう」


 やがて松が告げると、梅だけでなく、竹まで松に詰め寄った。


「……で? 松、どんな結果?」


「この卦は……」


「「……この卦は?」」


 二人は更に詰め寄る。


「うん、『凶』と出たのう」


「「…………」」


 梅は反射的に、近くにあった紙の束で松の頭をはたく。


「い、痛! 何するんだのう!?」


「あんたねえ…… そういう時は、結果が悪くても、さも良いように伝えるのが占い師じゃないの!? そんなんじゃ、お金取るなんて出来ないよ!」


「そんな事言われてものう。卦は卦だからのう、嘘ついてもしょうがないであろうよ。それに、この占いは今の時点での未来を暗示してるんだのう。もし悪い暗示が出たのなら、人の力で変えればいいんだのう」


 普段はアホな事ばかり言っているくせに、こういう時はまともな台詞を言う。梅は苦々しい思いで松を見る。


「まあまあ、松のはなんちゃって占いだからさ。そんなに気にすることないよ、梅」


「そ、そうだね……」


「た、竹。なんちゃってとは、ひどいのう!」


 竹のフォローに松は文句を言う。梅は竹の言うように考えないようにするのだが、どこか心の奥底に引っかかるものを感じるのであった。


 つづく

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