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(十一)白百合の花 その三・出会い

■この部分からの登場人物

又兵衛またべえ:大坂に仕官に来た浪人で。ひょんなことから梅と出会った。

 最近多くなった『手紙を届ける』という仕事を終え、梅は一息つこうと道の脇に積まれた材木に腰を下ろす。そのまま通りを眺めていると、武器を持ってはいるが身なりは綺麗とは言えない『元・侍』の姿がちらほらと見えた。


(最近、ああいう輩が増えてきたね。江戸方が攻めて来るって噂は、本当なのかも)


 (ちまた)では江戸の徳川家が豊臣家を潰そうとあれこれ画策し、近々に大きな衝突があるのでは、という噂がよくされるようになった。そして、その噂を聞きつけ、豊臣家に仕官しようと浪人が集まっているらしい。


(あ~、やだやだ。なんで戦なんてするんだろ)


 自分や竹、松の境遇のこともあるが、梅は戦を毛嫌いしている。徳川と豊臣、どちらが上かで揉めているらしいが、そんなものは戦ではなく、別の方法で白黒つければいいのにと心から思っていた。


 そんな事を考えながらふと見ると、一人の男がふらふらと、こちらに向かって歩いて来るのが目に留まった。よろよろと歩く姿が気になり、つい気になって眺めていると、自分の近くまで来たところでばたっと前のめりに倒れてしまった。さすがに放って置くわけにはいかず、梅は近寄り、そっと声を掛けた。


「あ、あの~。大丈夫、かい?」


 男はうつ伏せのまま、


「は…… 腹、減った」


と答えると、ぐぐぅ~~~~、という盛大な音が続いた。


 病気とかではないのか、と梅はほっとする。そして、お昼用にと松から渡された握り飯を懐に入れている事に気がついた。一瞬どうしようかと迷ったが、結局、譲ることにした。


「よかったら、これ食べる? ただの握り飯だけど」


「何! 握り飯!?」


 男はすぐさま起き上がり、梅から握り飯をひったくると物凄い勢いで食べ始めた。あまりの勢いの良さに、梅は唖然とする。


「落ち着きなって。誰も、取りはしないからさ」


「もぐんぐ、かたじけのう……」


 気を取り直して梅が優しく声を掛けると、男は咀嚼しながらお礼を言おうとする。すると次の瞬間、喉に詰まらせたのか、ゴホゴホとむせ始めた。そこで梅は持っていた水筒を手渡すと、これまた勢いよくゴクゴクと飲み始める。それでようやく落ち着いたようで、男はふ~っと息をついた。


 初めは驚いた梅であったが、男の一連の動作に思わず笑みがこぼれる。


「あは、あはは。……少しは落ち着いた? 初めて見たよ、握り飯をあんなもの勢いで食べる人」


 すると、男は照れくさそうな顔をして答えた。


「いや~~、かたじけない。助かり申した。実は、三日ほど飯抜きだったので……」


 男の顔には皺が深く刻まれ、顔だけ見ると五十前後に見えた。しかし、体躯はしっかりとしていて背筋もピンとしており、何よりも目の奥に強い光があって、五十よりも若く見えた。梅がそんな事を考えながら男の姿を眺めていると、男は急に姿勢を正した。


「あれは、そなたの昼飯だったのでござろう? それを頂いてしまって、なんだか申し訳ないでござる。このお礼はいつかきっと致すでござる」


 あまりにも生真面目に答えるので、梅はぷっと噴き出してしまった。


「いいって、いいって。あんな握り飯ぐらい。ところで…… お侍さん、でいいのかな? あんたも噂を聞いて、大坂に来たのかい?」


「これは申し遅れた。(それがし)又兵衛(またべえ)と申すしがない浪人でござる。そなたの言う噂というものは良くわからないでござるが、ここに来れば仕事にありつけるかと思い、やって来たのでござる」


 男の名乗りを聞いて、梅は自分の名を明かしていなかった事に気付く。


「あ、私は、梅って言うの。よろしくね、又兵衛さん」


「梅どのか…… 良い名でござるな」


 頷きながら又兵衛が言うので、梅は少し気恥ずかしい気分になった。


「そ、そんなこと無いって。……あ、で、噂ってのは、江戸方と戦があるんじゃないかって事なんだけど。あんたも、それを狙って仕官しに来たんじゃないの?」


「なるほど。そういう噂でござるか。……まあ、そういうことであれば、大まかには梅どのの言う通りでござるな。古い知り合いから連絡をもらって、様子を見に来たのでござるよ」


「ふ~~ん」


 梅が軽く答えると、又兵衛は急に真面目な顔つきになった。


「梅どの。もし無事に仕官出来たら、きっと恩返しをするでござるよ」


「仕官ね~~。あんまり、期待出来そうにないけどね。又兵衛さん、戦に向いてなさそうな感じするし」


 戦とは猛々しい男たちがするもの、と勝手なイメージを抱いている梅は、髭は生えているがどこか優し気な顔立ちをしている又兵衛には似合わないと感じた。思ったままを話すと、又兵衛は笑いながら頭を掻く。


「これは手厳しいでござるな。 ……まぁ、いずれにしても、受けたご恩はいつか必ず返すでござる。それでは、梅どの。いずれまた」


 又兵衛は丁寧なお辞儀をすると、大通りを歩いていった。梅は後ろ姿を眺めながら、


(『いずれまた』って、私がどこに住んでるかも知らないくせに)


とおかしく思ったが、それと同時にまたどこかで会える、そんな予感があった。



 ◇



 それから十日ほど経った頃。竹が差配した『手紙の配達』を終え、その帰り道のことだった。梅が家へと向かっていると突然数人の男が現れ、行く手を遮った。


「待て、そこの女」


「な、何よ、あんたたち」


 いきなり呼び止められ、梅は思わず一歩後ずさる。同時に素早く男たちを見回すと、先日まいた二人組が男たちに混じっているのがわかった。


「さっき手紙を届けただろう。依頼先は、どこの誰だ」


 男たちは梅の問いは無視し、高圧的な態度で問い詰めてくる。


「そんなこと、知らないよ。……それに、例え知っていたって、あんたらみたいな怪しい奴らに言う訳ないっしょ」


 梅は本当に知らなかったのだが、男たちの態度が気に食わなかったので、敢えて挑発するように答えた。すると、男たちはひそひそと二言三言交わすと、唐突に刀を抜く。


「そうか、女。さては敵の間者か。……ならば死ね」


 そして、問答無用で斬りかかってきた。いきなり襲ってくるのは予想外だったため、梅は一撃目を軽く受けてしまう。


(な、な、なんなの一体!? 普通、いきなり斬りかかってくる!?)


 二撃目は何とかかわし、かわしざまに蹴りを入れるが多勢に無勢であった。すぐに劣勢に陥ってしまう。逃げようにもなかなか隙が見つからず、焦り始めた時だった。足元の石につまずいて転んでしまった。それを見逃さず、一人が刀を振り上げる。


(ま、まずい! 竹! 松!)


 目を瞑り、仲間を思った瞬間だった。


「ぐぁっ」


 刀を振り上げた男が、突然崩れ落ちた。


(え?)


 不思議に思った梅が見上げると、崩れた落ちた男の先には先日握り飯をめぐんだ、あの又兵衛が立っていた。


「何だ、お前は? さては貴様も仲間か!」


 男たちは邪魔をした又兵衛に狙いを変え、襲い掛かる。すると、又兵衛は相手の斬撃を難なくかわすと、殴りつけたり投げ飛ばしたりで次々と男たちを倒す。最後の一人も危なげなく沈めると、又兵衛は梅の方を振り向いてにこっと笑った。


「大事ないでござるか? 梅どの? まさか、こんな形で会うとは思わなかったでござる」


 話しかけられて、梅ははっと気を取り戻す。慌てて立ち上がると、着物についた泥を払いながら礼を言った。


「つ…… 強いんだね、又兵衛さん。お陰で助かったよ、ありがとう」


「なあに、あれしきのこと…… う、梅どの!」


 と、ここで又兵衛は、梅の腕から血が垂れていることに気付いた。


「う、腕から血が!」


「ん? あ、ああ。初めにちょっと斬られちゃって。でも、大丈夫だよ、こんなのかすり傷……」


 だから平気、とつなげる前に又兵衛が大声を出した。


「駄目でござるよ! 梅どのはうら若きおなごなのだから、傷跡でも残ったら一大事でござる! (それがし)の住まいが近くにあるので、そこで手当をするでござる。さあ!」


「え、あ…… ちょっと」


 又兵衛は梅の手を掴むと強引に引っ張っていく。梅は初めこそ戸惑ったが、女性扱いしてくれたことが何やらむず痒く感じ、やがては又兵衛の引かれるままに任せたのであった。


 つづく

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