(十一)白百合の花 その二・大坂の町で
■この部分からの登場人物
・竹:お梅婆さんと若い頃一緒に暮らしていた女性。元・武家の娘で頭がいい。
・松:同じくお梅婆さんと一緒に暮らしていた女性。家系の影響で占いが得意。
商人の町、大坂。ここに基盤を置き、天下を治めたのが太閤殿下・豊臣秀吉であった。今は、その子の秀頼の時代となっている。天下の形勢は東の江戸に拠点を構える徳川家に既に傾いていたが、大坂で暮らす庶民には興味の薄い話であった。
今日もいつものように威勢の良い掛け声が、商売街のあちこちで飛び交う。その喧噪の中を少女が一人、人混みを縫うように走っていた。
「は~い、どいて、どいて~。危ないよ~」
軽快な口調に合った動きで、少女は混雑した中をするりするりと巧みに通り抜けていく。その後ろの方では、男二人組が辺りをきょろきょろと見回していた。
「おい、あの娘どこ行きやがった!?」
「あ、あっちだ! もう、あんなところに!」
どうやら二人組は、少女を追いかけていたようだった。既に小さくなった少女の姿を見つけると、完全にまかれたと地団駄を踏んで悔しがった。
「へん。あんたらなんかに捕まるかっての。一昨日来なってね」
首筋のあたりで髪を切り揃えた少女は、十分にまいた事を確認すると、舌をぺろりと出して勝利宣言をした。言葉遣いは乱暴であったが、少女の顔立ちは整っており、勝気そうな瞳とショートヘアーが何とも似合っていた。
その後少女は走るのを止めて大通りを歩き始めるが、ある所で脇道にそれる。そうして迷路のような路地を右に左に曲がると、やがてお世辞にも清潔とは言えない区域に入り込む。そのまま歩を進め、木と布を適当に組み合わせただけの、家と呼んでよいのかわからない建物の前に立った。
「竹、松、今帰ったよ~~」
少女は元気な声とともに、扉代わりの筵をくぐり抜ける。
「お帰り、梅。随分早かったじゃない」
応えたのは、髪を後ろで束ねた利発そうな顔立ちをした少女だった。彼女は帳面に書きこんでいた手を止め、梅を迎え入れる。
「竹、あたしに掛かれば、あんな依頼ちょちょいのちょいってもんさ」
「はは。さすがだね、梅は」
誇らしげに語る梅を、竹と呼ばれた少女が眩しそうに見つめる。
「あれ? ……松は?」
ここで梅は気になったことがあったようで、竹に尋ねる。すると、竹は何も言わずに筆の柄で奥の方を指し示した。それで合点がいった梅は奥の方へ入り込むと、ボサボサ髪の少女が何やら石のような物を投げてはブツブツひとり言を呟いていた。
梅はその少女の所までそ~っと近づき、すぐ後ろまで忍び寄ったところでいきなり声を掛ける。
「松! 今帰ったってば!」
「おぉう! びっくりした!」
飛び跳ねるように驚く少女を見て、梅はしてやったりと笑い声をあげた。
「な~に? あんた、また、占いの真似事してたの?」
「お、驚かさないでほしいのう、梅。それに、占いの真似事とはひどいのう、勉強と言って欲しいのう」
梅が呆れた口調で言うと、特徴的な話し方をする松が文句を言った。だが、梅は松の文句をスルーして、心底感心した様子で両手を頭の後ろで組む。
「よくもまぁ飽きもせずに、ず~っと家の中にこもれるわね。実家が占い師だからって、大したものだわ」
言い終わると、梅は甕の蓋を開けて水を掬い、それを一息に飲む。
「あんたとは真逆だよね、梅。あんたは日中家にいることなんか、ほとんどないもんね」
そこへ笑いながら竹が近づいて、梅に布切れを渡す。梅は「ありがと」と答え、受け取った布で汗を拭き始めた。
「……で、どうだった? 無事届けた?」
梅が一息ついたところを見計らって、竹が仕事の首尾を尋ねる。
「あったり前でしょ!? 私がやらかす訳ないっしょ」
梅はドヤ顔を決めて答えるが、その後に気になったことを付け加えた。
「……あ、でもさ。届けた後に、変な二人組に絡まれたんだよね。……ま、まいてやったんだけどさ」
「そう。やっぱり……」
心当たりがあるのか、竹は表情を曇らせる。
「そう言うって事は、ヤバい筋だってこと? ……って、そんなことわかりきってるしね。じゃなきゃ、商売にならないっしょ!?」
梅は努めて明るく言うが、もし捕まればどんなひどい目に遭わされるかわからない。それがわかっている竹は申し訳なさそうにうつむく。
「悪いね、梅。あんたにばっか、負担させちゃってさ」
「な~に、言ってんのよ。それは、言いっこなしっしょ!? あんたが頭を使って仕事を取ってきて、私が体を使って仕事をこなす。そう決めたじゃん! そうやって、今まで三人で生きてきたんだからさ」
「そう言ってもらえると助かるよ。私は梅とは違って、体力はからっきしだからさ」
「その分、学があるじゃん! 竹じゃなかったら大人になめられて、騙されて終わりだったわ」
笑顔で語る梅を見て、竹は嬉しい気持ちが込み上げる。とここで、梅が顎に指を当てて、何やら考え込む仕草をした。
「あれ? ……でもさ、そうすると、松って余計だよね」
これに松が反応する。
「余計とはひどいのう、梅。ご飯は松が作ってるじゃろう? それに、占いで大成したら、その時は松が二人を養ってやるからのう」
「大成ねえ…… ま、期待しないで待っとくわ」
「ひどいのう、梅は。……竹は期待してるじゃろう?」
「ん~~、あたしも、梅と同じ意見かな」
「……二人とも、ひどいのう」
二人のつれない反応に、松はいじけてしまう。その姿を見て梅と竹は声を出して笑う。
「わ~るかったって、松。期待してるってば!」
「そうだね。そうなったら、『松先生』って呼んであげるよ」
心にもないことを言って、二人は笑い続ける。すると、松は嬉しそうな顔をして、
「じゃろう? そうなったら、うんと大きな家を建てて、梅と松に楽をさせてやるからのう」
と胸を張って答え、それから三人一緒になって笑うのであった。
◇
お梅婆さんは茶を一口すすると湯呑を置き、目を細めて懐かしそうな表情をする。
「……私と竹、松は同じような境遇でねえ。竹は武家の娘だったんだけど、関ヶ原の合戦で親父さんが戦死してから家が傾いちまってねえ。松の方は占い師の家系だったんだけど、これまた戦に巻き込まれちまって…… で、三人身を寄せ合って暮らしていたんだけど、そのうち『何でも屋』ってのを始めてね。小間使いや怪しい商売の手伝い、手紙の受け渡し、何でもやったさ。竹は学があったんで、ちょいとした良家から仕事を引っ張って、私が体を張って、松が家を守りで、三人でそれなりに上手くやっていたのさ」
「松って…… あの?」
「ああ、あの松さ」
藤兵衛が口を挟むと、お梅婆さんが即答する。すると、凛が驚きの声を上げた。
「え! 藤兵衛さん、その松って人のこと、知ってるの?」
「知ってるも何も…… 前に言わなかったかい? こいつは昔の知り合いからの紹介状を持っていたってさ。その昔の知り合いってのが、松なんだよ。……だろ? 藤兵衛」
「ええ…… 確かに世話にはなりましたが、あれは…… とんでもない婆さんでしたよ」
あまり良い記憶が無いのか、藤兵衛はげっそりした顔で答える。お梅婆さんはその姿を見て苦笑し、続きを語り始める。
「暮らしもそれなりに落ち着いてきて、それからすぐだったかねぇ。あの人と出会ったのは……」
つづく




