(十一)白百合の花 その一・初夏のとある日
女傑・お梅婆さんのかなり若い頃の思い出話です。(十部構成の予定です)。
■この話の主要人物
・藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、かつて「白光鬼」と呼ばれた盗賊。傘張り仕事を生業としている。
・凛:茶髪の豪快&怪力娘。「いろは」の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
・お梅婆さん:「いろは」のオーナー。裏世界も含め、色々な商売をしているやり手の婆さん。
・ひさ子:ミステリアスな女泥棒。藤兵衛とは昔からの知り合い。
春が遠ざかって初夏になり、日中は暑いくらいに感じるようになった。そんな中、『よろづや・いろは』の女主人であるお梅婆さんは、いつもの仕事部屋ではなく自分の家に引きこもり、縁側に佇んで物思いに耽ることが多くなった。長年勤めている番頭によると、毎年この時期になるとそうなるらしい。
そのお梅婆さんは、今日も縁側に座りながら煙管を口に咥え、外をぼんやりと眺めていた。
「え、あの婆さんの元気がない? ついに惚けたのか?」
「何てこと言うんですか! 毎年、この季節にはそうなる、って言ったでしょ!」
そんなやり取りをしながら歩いているのは、お梅婆さんに大いに世話になっている茶髪の娘・凛と、片目の浪人・藤兵衛の二人組である。凛がお梅婆さんを元気づけようと、藤兵衛と一緒に郊外に出掛けて花を摘み、それを届けに行く途中であった。
「あら、百合の花じゃない」
そこへ現れたのが、藤兵衛の住む土左衛門店の二つ隣の真斗店に住んでいるひさ子であった。彼女は藤兵衛が手に持った花を見て、嬉しそうな顔をする。
「もしかして私に? ありがとう、藤」
「そんな訳あるか。婆さんへの贈り物だよ。最近、元気が無いらしいから」
冷たい返しはある程度予想していたのか、ひさ子は肩を軽くすぼめる。ひさ子はお梅婆さんのことを『偉大な先輩(泥棒の)』と敬っていることもあってか、
「それは心配ね。年も年だし。……私も付いていくわ」
と同行を申し出、結局、いつもの三人でお梅婆さんの家へと向かうのであった。
◇
お梅婆さんの家は『いろは』の隣にあり、小ぢんまりとしているが庭もあり、外見も中身も手入れが行き届いていて、お梅婆さんの性格が窺い知れるものだった。
「ごめんくださ~い」
凛が表戸の前に立って声を掛けるが返事が無い。何度か呼び掛けるが、やはり返事は返ってこなかった。
「あれ? いないのかな?」
凛は首を小さく傾げる。
「……もしや、餅を喉に詰まらせて、旅立ったんじゃ……」
「どうしてそんなこと言うんですか! 縁起でもない!」
「正月はとうに過ぎたんだし、そんな事ある訳ないでしょ」
藤兵衛が不謹慎な発言をするので、凛とひさ子が一緒になってたしなめた。
「だとすると、入って来た賊を返り討ちにして、その後処理に困ってるとか?」
「……そしたら奉行所に知らせるでしょ。まあ、あってもおかしくないけど……」
「そうね。賊の方に同情しちゃうわね」
続いての発言には、二人はさもありなん、というような反応をする。とりあえず、三人は家の周りを回って所在を確かめることにした。すると、庭に周ったところで、お梅婆さんが縁側に座って外を眺めているのが見えた。
「ほら、いたじゃないですか。お梅さ~ん!」
凛が外から呼び掛けると、お梅婆さんはようやく三人に気が付いた。そして藤兵衛を見て、少し驚く仕草をした。
「? なんか、お梅さん、藤兵衛さんを見て驚いてない?」
「……藤、あなた、何か変なことでもしたの?」
「そんな怖いこと出来るか! 俺は、無実だ!」
藤兵衛はそう答えるが、内心は冷や冷やしていた。そのうちにお梅婆さんが手招きをしたので、三人はぐるりと回って庭に入った。
「気が付かなくて悪かったねぇ。……ちょいと、考えごとをしていてね」
入るなり、お梅婆さんは詫びの言葉を入れる。それを聞いた藤兵衛がホッと安堵する。
「な~んだ。てっきり、あれとかあれがバレたのかと…… でも、考えごとって、どうせまた悪事でも企んでたんでしょ? ……あいたぁ!」
続いて出た軽口には、すぐさま顔面に湯呑が飛んできた。
「悪事とはなんだ。人聞きの悪い」
お梅婆さんの反応の良さに、
「なんだ…… 元気じゃん」
藤兵衛は、顔をさすりながら呟く。一方、凛とひさ子は、『今のはあんたが悪い』という目を藤兵衛に向けた。
「まったく、口が減らない男だねぇ、お前さんは。一瞬でもあの人と重ねた自分が情けないよ。……おや、そいつは?」
と、お梅婆さんは、凛が手にした花に目を向けた。
「あ、これ、お梅さんに贈ろうと思って。元気が無いって聞いたので、お花でも飾れば少しは気が紛れるかなぁって」
「…………」
「? お梅さん?」
どうやら凛の言葉が耳に届いていなかったようだ。
「……ああ、ごめんよ。ちょいと懐かしい花を見たもんでね。昔を思い出しちまったよ」
そう言うと煙管に新しいもぐさを詰め、吹かし始める。三人はお梅婆さんの言葉が気になったのか、顔を見合わせた。と、ひさ子がふいにこんなことを尋ねた。
「人づてに聞いたことがあるのですけど、お梅様は元々江戸の生まれじゃなかったとか。上方の方って耳にしたのですが、本当ですか?」
お梅婆さんは暫し黙っていたが、やがて口を開いた。
「これも運命なのかねぇ。この時期に、その花かい。……あんた達、時間があるんなら聞いていくかい? 私の昔の話を」
「ええ、ぜひ」
「俺も。興味がある」
「あ、私も聞きたい」
三人ともに興味津々の顔つきで答えた。何しろ伝説の盗賊と言われた『暁の蝶』の過去だ。知りたいに決まっている。
三人の食いつきの良さに、お梅婆さんは苦笑する。
「そんな大した話じゃ無いけどね。ここじゃなんだから、家に上がりなよ。せっかくだからお茶でも淹れて、ゆっくり話そうかい」
そうして三人はお梅婆さんの家へ上がり、凛が四人分のお茶を淹れる。ひとしきり落ち着いた後、お梅婆さんは自分の過去を話し始めた。
「あたしは元々、大坂の生まれでね。まだまだ世の中も落ち着いていない頃で、戦も絶えなくてねえ。父親はあたしが小さい頃に戦で死んじまったんだよ。それで、母親が女手一つで育ててくれたんだけど、苦労が祟ったのか病で死んじまってねえ。頼る親戚もなく、十四か五の頃には天蓋孤独の身になっちまったのさ」
「「「…………」」」
衝撃の出だしに三人は何も答えることが出来なかった。その様子を見たお梅婆さんは、小さく笑う。
「まあでも、あの当時はそう珍しい話でもなくてね。それで同じような境遇の仲間と、身を寄せ合って暮らしていたんだよ。あの頃は大変だったけど、今思うと、懐かしいねぇ……」
そこからお梅婆さんは、遠い目をして語り続けた。
つづく




