(十)新商品を売ろう その四・よしこれで! と、思いきや
源内のアドバイスを参考に、三人は売り方改革に手をつける。
まずは売り歩く棒手振りスタイルから、ガマの油売りのように大通りの一画に露店を構えるスタイルに変更する。そして、使い方を書いた幟を、三人がそれぞれ用意した。
『しつこい油汚れ、洗濯、体洗いに。更には世間でついた汚れも落とせマス』 作:藤兵衛
『ぬのにつけ 水をくわえて こするだけ あっとおどろく ためごろう』 作:凛
『ぬるぬるなのよ。だって泡だもの』 作:ひさ子
「……ひさ子、なんだこれは?」
「え? ぬるぬるってコアなファンが多いから、ウケるかなと思って」
「ま、いいや……」
これ以上追求してもしょうがないと諦め、幟を設置する。最後に、商品名は凛の発案で『汚れ落ち~る』とし、これで準備万端とばかりに商売を再開したのだった。すると、幟を見て興味を持ったのか、お内儀さん層を中心に客が集まり始める。
「へ~、これで油も落ちるんかい」
「泡が凄いんだね。面白そうだから一つおくれよ」
一つ売れ始めると、次から次へと売れるようになる。更には、凛やひさ子が箱を持って呼び掛けると、今度は売り子に釣られて男性陣が集まり始めた。
「お、俺に一つくれ!」
「面白そうだな。かかあの為に、一個買うか」
「ぬるぬるって本当か!」
中にはぬるぬるに強く反応する妙な客もいたが、とにもかくにも売れに売れて、この日は見事完売となったのだった。
「やった…… やったぞぉ!」
藤兵衛は両手を広げ、天を仰ぐ。
「よかった、よかった」
「まぁ、今日は綺麗どころの売り子がいたからね」
凛はほっとし、ひさ子は女性陣の力あってこそよと、さりげなくアピールする。
「どう? 明日からは、一人でも大丈夫? 藤?」
「ああ。もう、大丈夫だ」
藤兵衛は胸を張って、うなずくのであった。
◇
初めこそ売り上げは快調だったが、日を追うごとに徐々に減っていき、さらに数日が経過すると……
「えぇ!? 今日売れたの、一個だけ!?」
凛の高い声が、土左衛門店にこだました。
「なんですって!? このダメ人間! 罰として今日は夕ご飯抜きよ!」
「そんな……」
たまたまその場に居合わせたひさ子の悪ノリに、藤兵衛はか細い声を出してシュンとしてしまう。
「こらこら、言い過ぎでしょ!」
慌てて凛がフォローに入るが、一個のみはやはり衝撃だった。
「徐々に減ってはいたけど、一個だけなんて……」
「今日買っていったのは、ぬるぬる好きのおっさんだけだった…… この商品、何か欠点があるんじゃないのか?」
売れないのは『汚れ落ち~る』の商品性にあるのではないかと、藤兵衛は疑い始めている。
「う~ん…… これは根本的なところから考えないとダメなのかも。明日、玉次さんの所に相談に行きましょ」
こうして次の日、三人は玉次の住まいを訪ねた。
「そんな…… 俺の一世一代の商品『洗い汁』が売れねえだなんて」
初めのうちはなかなか信じてもらえなかったが、日毎の売り上げ推移を見せると現実を受け入れたのか、玉次はがっくりと肩を落とす。と、ここでひさ子が口を挟んだ。
「こうやって日毎に落ちているのを見ると、リピーターがいないように思えるわね。……どうなのよ、藤? 固定客っていた?」
「そう言われると…… 新顔の客ばかりで、固定客はぬるぬる好きのおっさんぐらいだった」
藤兵衛は思い出しながら答えた。
「やっぱ、そこね。初めは珍しくて買ってみたけど、使ってみてイマイチだった、てことなんじゃないの?」
「そう言われれば、ちょっと使いづらいかも」
ここで、凛が実際に使った時のことを補足した。
「確かに汚れはよく落ちるんだけど、濯ぎに水をかなり使うんだよね。泡がなかなか落ちなくて……」
「江戸の町は水が潤沢にあるわけじゃないからな。水をたくさん使うってのは、たしかに良くはないな」
「うう“……」
三人からダメ出しをされ、玉次は死にそうな顔になる。
「水、か…… そいつは盲点だったぜ。俺の夢は、幻で終わっちまうのか……」
玉次が弱音を吐くと、凛が叱咤する。
「何言ってるんですか。諦めたら、そこで試合終了ですよ? 違うことに使えないのか、皆で考えましょうよ」
「そ、そうだな。勝負は、痛遭斗からだよな」
「……二人とも、何の話をしてるんだ?」
藤兵衛が二人のやり取りにツッコむが、策を考えることには賛同する。こうして『洗い汁』が他の用途に使えないかを、皆で探ることになったのであった。
つづく




