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(十)新商品を売ろう その三・地獄に仏

■この部分からの登場人物

主水(もんど):北町奉行所の与力。お梅婆さんの知り合いで、ひさ子に惚れている。

平賀(ひらが)源内(げんない):自称・天才発明家のおっさん。


 大通りの端っこで藤兵衛は膝を抱え、がっくりと落ち込んでいた。


「初めてだ、こんな敗北感…… 棒手振りが、こんなにも難しいなんて……」


「いや、あれは、ちょっと…… いかがなものかと、思いますけど」


「まあまあ。かなり面白かったわよ、藤。大道芸人ならお金取れるんじゃない?」


 落ち込む藤兵衛に対し、凛はあきれ顔になり、ひさ子はフォローになっていないフォローを入れる。


「う~ん。さっきのやり方は別にしても、思っていたより手強いわね。これは何か、いい方法を考えないと」


 凛が真面目な顔つきで考え込むと、ひさ子がふと思いついたように聞いた。


「そう言えばあなた、この洗い汁とかいう怪しい液体、実際に使ったことあるの?」


「え? ありますよ? 汚れは確かに落ちたんですけど、それ以上に泡がいっぱい出てきたのに驚きましたね」


『泡』という部分に、ひさ子は強く反応した。


「それだわ!」


「は?」


 凛が首をかしげるが、ひさ子は藤兵衛の方を向く。


「いい? 藤。 こうなりゃ、実演よ!」


「え? 実演?」


 藤兵衛はどんよりした目でひさ子を見上げた。


「そうよ。商品の特徴がわかるように、体を張って宣伝するのよ! あれを見なさい!」


 ひさ子が指さした先には、『これに取りいだしたるものは、鎌屋の火打ち石にて……』の口上とともに、火打ち石を実際に打っている棒手振りや、()次郎(じろ)兵衛(べえ)と呼ばれる木でできた人形を、指先に乗せて売り歩いている行商人がいた。


「な、なるほど……」


 確かにあれなら人の興味を惹くだろう、と考えると、藤兵衛の心の奥底に闘志が灯った。


「でも、普通のやり方じゃインパクトが足りないからね。……ちょっと耳を貸しなさい! ……あれをこうして、ああして……」


「ふんふん」


 ひさ子は小声で耳打ちをし、藤兵衛に指示を出す。凛はその様子を黙って見つめていたが、いや~な予感がした。はてさて、ひさ子が出した指示とは、一体……



 ◇



 ざわざわと通行人の間でどよめきが起きていた。それもそのはずである。上半身泡まみれの男が、天秤棒を担いで大声を張り上げていたからだ。


「あわ~、あわ~、ぬる~、ぬる~。 ぬるぬるのあわあわ、洗い汁でござ~い~」


 泡まみれの男は半ばやけくそといった感じで、『洗い汁』という、聞いたことのない商品名を連呼する。極めつけは、


「この洗い汁を体にまぶせば~。ほら、このと~り~。泡が立って、汚れがとれま~す~」


 体をくねくねさせながら、叫んでいた。この藤兵衛の姿を見て、ひさこは大爆笑。


「あ~ははははは! ひ~、お、お腹が痛い……」


 涙目になって、笑い死にしかけていた。


「藤兵衛さん……」


 一方、凛は悲しい目で藤兵衛を見つめた。


 当然、こんな実演販売(?)では売れる筈もない。売れるどころか誰かが通報し、町役人が駆けつける騒ぎにまで発展した。


「あ、あれ? 藤兵衛さんですか? 何をやってるんですか、変質者が出たっていうから来てみれば……」


 駆けつけた町役人は、以前に裏稼業で共に仕事をしたことがある、北町奉行所の与力(よりき)・中川 主水(もんど)であった。


「こうまでして売らないと、家に帰れなくて……」


 藤兵衛は、半べそをかきながら己の窮状を訴える。と、そこへ笑いが未だ収まらない、ひさ子が加わる。


「あら、主水さん、こんにちは。ぷくく…… どうです? おひとつ買って行かれません? これ、洗い物にいいらしいですってよ?」


「あ、え? ひさ子さん!? もしかしてこれ、ひさ子さんも関わってるんですか? やだなぁ、それならそうと言ってくださいよ。では、一つ買わせて頂きます」


 こうして主水がお客第一号となったのだったが、藤兵衛は内心複雑だった。というのも、売れたのは自分が体を張った成果ではなく、取り締まりに来た人がたまたま知り合いで、かつ、ひさ子絡みだったから、である。


「でも藤兵衛さん。行商をするのでしたら、普通にやってくださいね。では、また」


 主水はそう釘を差すと去っていった。


(俺…… 一体、何をやってるんだろう)


 主水の背を眺めながら、藤兵衛は自問するのであった。

 実演も芳しくなかったということで、三人は次の作戦を考え始める。


「上手くいくと、思ったんだけどね~。……演技力が、足りてなかったんじゃない?」


「お前は単に、面白がっているだけだろ! おかげで、えらい恥かいたわ!」


「いや…… あれをやる方も、やる方でしょ」


 実演の反省も兼ねながら、三人であ~でもない、こ~でもないと議論をしていると、ふと後ろから声を掛けられた。


「もしや、藤兵衛に凛殿でおじゃるか? こんな所で、何をやってるのでおじゃる?」


 声の主は源内だった。腕には花子弐号を抱えていて、二人(正確には一人と人形一体)でお出かけ中だったようだ。ひさ子は源内を見て、


(あ、あのギャグ要員の……)


と、初めて会った時の『御届(おとどけ)(まる)事件』を思い出す。※第八話参照。


 源内は普段はアホだが、新しい商品を売りだす才能には長けていることを凛は思い出す。そこで、ダメ元で洗い汁の件を相談することにした。


「源内さん。実は折り入って相談があるんですけど…… かくかくしかじかで……」


「そうなんですよ、師匠~! このまま売れないと、ダメ人間の烙印を押されてしまうんです!」


 凛の後に、藤兵衛が半泣き状態で迫った。


「なるほど、なるほど。つまり、その洗い汁なるものを売れるにはどうしたらよいか、でおじゃるな?」


「はい~! 誇りも捨て、体も張ったのに、まだ一個しか売れてないんです~!」


 藤兵衛は必死に訴える。


「そうでおじゃるな……」


 源内は花子弐号を抱きかかえたまま、とつとつと語り始めた。


「物を売る時の基本は、『わかりやすさ』でおじゃる。食べ物であれば、おいしいのか? どうやって食べるのか? 物であれば、何の役に立つのか? でおじゃるな」


「ふむふむ」


 まともな内容にひさ子が驚く一方で、藤兵衛は熱心にメモを取り始めた。


「後は商品の名前も重要でおじゃるが、これも『わかりやすさ』が第一でおじゃる」


「と、言いますと?」


「今おぬしたちが売ろうとしている…… え~と、洗い汁、でおじゃったか? ぱっと聞くと、食べ物なのか?と勘違いしてまうでおじゃる。なので、商品名も変えた方が良いでおじゃるな」


「たしかに……」


 凛も初めは『あら汁』かと思ったので、源内の言には素直にうなずいた。


「使い方を書いた(のぼり)でも立てて、商品名も聞けばすぐ思いつくようなものに変えれば、多少は売れると思うでおじゃるよ?」


「ありがとうございました、師匠! 地獄に仏とはこのことです!!」


 藤兵衛が深々とお辞儀をすると、源内は満足気にうなずく。


「うむ。では、拙者はこれから花子弐号と買い物に行くでおじゃるから、頑張るでおじゃるよ」


「は、はい!」


 そうして源内は、去っていった。話を黙って聞いていたひさ子は、ぼそっと呟く。


「ギャグ要員かと思っていたけど、存外まともなことも言うのね……」


「確かに、そうですね……」


 これには凛も、大いに同調するのであった。


 つづく

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