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(十)新商品を売ろう その一・アルバイトのお願い

江戸時代は行商が多かったそうで、主人公たちが商売で悪戦苦闘するコメディ話です(五部構成の予定です)。


■この話の主要人物

藤兵衛(とうべえ):主人公。隻眼の浪人で、かつて「白光鬼(はっこうき)」と呼ばれた盗賊。傘張り仕事を生業としている。

(りん):茶髪の豪快&怪力娘。「いろは」の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手。

・えり:凛の同僚。三人娘の一人。

玉次(たまじ):えりの叔父。新商品で一山当てようと考えている。

 『よろづや・いろは』の敷地は広い。敷地内には、半分がよろづ屋でもう半分が小料理屋店になっている建物、凛も含めた住み込み従業員用の建物、それにオーナーであるお梅婆さんの家がある。


 従業員も多く、料理屋の(おもて)を担当している凛、えり、せり、(らん)に加え、調理人や雑用係、それによろづ屋部門の店員なども合わせると十四、五人はいる。大きな店なので番頭もいるのだが、彼はよろづ屋が担当で、影が薄いこともあってほとんど目立たなかった。


 この前など、番頭の所在を尋ねられたえりが、


「番頭? いたっけ、そんな人?」


と、凛に聞いたほどだった。


 従業員の中には通いの者もおり、同僚のせりがそうなのだが、そのせりの様子が最近おかしかい。いつもは歌舞伎役者が誰それと付き合っているとか、この前はどこそこで素敵なお侍に会ったなど色恋の話でうるさいのだが、ここ最近は随分大人しかった。大人しいを通り越して元気が無いようにも見えるので、様子が気になった凛は声をかけた。


「どうしたの、せり? 何だか最近、元気がないじゃない」


「……ちょっとね、おじさんの事でね」


 おじさんとはせりの父の弟で、確か()()振りの行商をしていたはず、と凛は記憶していた。


「おじさんがどうかしたの?」


「う~ん、じゃあ、ちょっと聞いてくれる? 実はね……」


 せりが語った内容は次の通りであった。


 せりのおじさんは野心家で、世に無い新商品を出そうと仕事の合間に研究を続け、ついに待望の新商品が完成。ところが、いざ売りに出ようとしたところ、今までの無理が祟ってぎっくり腰になってしまったのだそうだ。更に、そんな状態になっても這ってでも売りに出ようとするので、家族が扱いに困っているというものであった。


「家族の誰かが売りに出ればいいのかもしれないけど、棒手振りをやったことある人なんていないし、そもそもみんな忙しくてそんな時間なんか無いし。かと言って、行商の人に任せようとすると『企業秘密が漏れるから駄目だ』って言い出すし、もう困っちゃって……」


 せりは心底疲れたとばかりに、ため息をつく。


「たしかにそれは困りものね。そうすると、信頼できる誰かに、任せられればいいのかも…… む!(閃)」


 ペカーンとばかりに頭の中に思い浮かんだのは、未だ障子張りの内職をしている隻眼の浪人・(とう)兵衛(べえ)であった。


「? どうしたの? 凛」


「せり。丁度いい人がいたわ」


「丁度いい人って?」


「企業秘密が漏れる心配がなくて、体力があって、それでいて暇な人よ!」


「そんな都合の良い人って、いるのかな?」


「それが、丁度いるのよ! ちょっと、頼んでみるね」


 せりは半信半疑であったが、他に妙案もないため凛に任せることにした。


「まあ、凛ちゃんがそこまで言うのなら…… じゃあ、お願いするね」


「うん、任せて!」


 こうして凛は藤兵衛を説得しに、裏長屋・()()衛門(えもん)(だな)へと向かった。



 ◇



「……ということで、人助けだと思ってやってもらえないかな? お給金は歩合(ぶあい)制にするからさ」


 凛はなるべく低姿勢になって、『人助け』の部分を強調する。


「棒手振り? 何で俺がそんな真似を」


 予想はしていたが、案の定藤兵衛の腰は重かった。今まで散々こき使われたせいか(主にお梅婆さんに)、別の意図があるのかと勘繰っているようだった。そうではないと、凛は手を合わせて懇願する。


「だからさ、今回は本当に純粋な人助けなのよ。裏の事情なんて無いから、ね? この通り!」


「そんなの別に俺じゃなくてもいいだろ? 大体、担いで売り歩くだけの仕事なんて、面白くもなんとも無い」


 この言葉に凛はイラっとした。


(この人、面倒くさいわね…… (苛))


 そこで、別の方向から攻めることにする。


「怖いんでしょ?」


「え?」


 急に話の流れが変わったせいか、藤兵衛はキョトンとする。


「一個も売れないんじゃないか? って、ビビってるんでしょ? だから、担いで売り歩くだけだなんて、下に見るような言い方をしてるけど、ホントは逃げてるんでしょ?」


 思いっきり上から目線で語ると、藤兵衛は思惑通り乗ってきた。


「なぁにぃ……? この俺が、逃げてるだってぇ? 見くびっちゃあ困りますぜ、凛さんよ?」


 そして立ち上がり、腕を組む。


「それなら、受けてやろうじゃありませんか。棒手振りだろうが空振りだろうが、売って売って売りまくって、即日完売させてやろうじゃあ、ありませんか!」


「よかった。じゃあ、お願いね」


 言質(げんち)を取った凛は、態度をころっと変えてにこやかに返事をする。当然、心の中では(ふ…… ちょろいわね、藤兵衛さん)と、ほくそ笑んでいる。


「あ、あれ?」


 藤兵衛は肩透かしを食らったような気分になったが、口に出した手前引っ込めるわけにもいかず、棒手振りの仕事を引き受けることになった。



 ◇



 次の日、凛とせりは藤兵衛を伴って、せりのおじさんの住む長屋を訪ねた。今回の件について、一通りの説明をしてもらう為である。


「おじさん、いますか? せりですけど、お邪魔しますね」


「いいの? 勝手に入って?」


 せりが引き戸に手を掛けたところで、凛が聞いた。


「大丈夫。ほら、おじさん腰が悪いから」


「あ、そっか」


 凛が納得したところで、せりは引き戸を開ける。すると、中には天秤棒を担ぐような形で枕にしている男が、布団に入って眠りこけていた。


「へへ…… まいどあり~」


 おまけに薄ら笑いを浮かべてぶつぶつ呟いており、正直不気味であった。


「なに、あれ……?(汗)」


「……俺に聞くな(汗)」


 凛も藤兵衛も気味悪がったが、せりは違った。スタスタと近づくと、布団を一気に引っぺがす。


「ちょっと、おじさん! ちゃんとした枕で寝てなきゃ駄目だって言ったでしょ? すぐ、そうやって夢の世界に売りに出るんだから!」


 これで目が覚めたのか、男は天秤棒を担いだままむくりと起き出した。


「いや~、ばか売れだったぜ、せり。今夜は放夢(ほうむ)(らん)だ」


「もう、なに寝ぼけてるのよ! まだ一個も売れてないでしょ! 今日はおじさんの代わりに売ってくれる人を連れて来るって、言ってたじゃない!」


 おじさんとのやりとりは慣れているのか、せりは相手の意味不明の言葉は完全スルーする。


「「…………(汗)」」


 だが、初めて見た凛と藤兵衛は二人のやりとりについていけず、今後の展開に一抹の不安を抱くのであった。


 つづく

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