(九)麗しの女道場主 その七・復活!極道場!
こうして色々あったものの、太刀音の妾問題は無事解決となった。
「これで、もう大丈夫かな? さ、帰りましょうか、藤兵衛…… さん? どうしたの? 真剣な顔をして」
藤兵衛が真面目な顔をしていたのが、凛は気になった。
「うむ。若旦那の問題は解決した。だが、もう一つ、解決しなければいけない問題がある」
「もう一つって?」
「うむ。門弟が集まらない、という問題だ」
「ああ、そっちね。……だけど、そういうのって、長い目でコツコツやることなんじゃないの?」
凛は、そこは太刀音と平太が対処する問題だと考えていた。
「確かにそうなんだが、ひとつ俺に考えがある。どうですか太刀音さん? この一件、俺に任せてもらえませんか?」
「え…… それは有難いのですが、そこまでやって頂くわけには」
「遠慮なさらずに。俺に、妙案があるのです!」
太刀音は固辞するが、藤兵衛はぜひにと迫る。凛はその熱心な様子を見て、なんだか面白くなかった。
「いいじゃないですか、太刀姉」
とここで、平太が間に入った。
「せっかく藤兵衛さんが、ここまで仰ってくださるんですから、一つお願いしてみようじゃないですか? それに、僕らだって、何か妙案がある訳じゃないでしょ?」
「そ、それは、確かにそうだけど……」
結局、最後には太刀音も折れる形となった。はてさて、藤兵衛の案とは一体どのようなものであろうか。
◇
それから数日後のこと。
「「「せい! うりゃ!」」」
早朝にも関わらず、外から威勢の良い掛け声が聞こえてきた。
(なんの…… 声でしょう?)
声で目が覚めた太刀音は、眠い目をこすりながら中庭に続く扉を開ける。
「「「おはようございます!! 当主!!」」」
すると、大勢の人が中庭に整列し、自分に向かって挨拶をしてきたのだ。
「……え?」
まだ完全に目が覚めていない太刀音は、目の前の状況に頭が追いついていなかった。暫く呆けた後、中庭には藤兵衛の他に、凛や平太もいることに気付いた。
「あ、あの…… これは一体!?」
ようやく目が覚めた太刀音は、整列した人たちの先頭に立っていた藤兵衛に声を掛けた。すると、藤兵衛は、
「この人たちは、極道場に入門したいと望む、若者たちです!」
と答えると、続いて、
「「「おねがいしまーーーーす!!」」」
整列していた者たちが、一斉に声を張り上げる。ほとんどが男性であったが、中には女性も数名混じっていた。
「そ…… そんな。まさか、本当に!?」
ここで太刀音は、藤兵衛が宣言通りに入門希望者を連れてきたのだ、と気付いた。感激のあまり、太刀音は涙ぐむ。
「でも、すごいじゃない藤兵衛さん。まさか、本当に連れてくるなんて。一体、どんな手を使ったのよ?」
ここで凛が間に入ってきた。
「ふ…… いやなに、人徳ってやつですよ」
「またまた~」
鼻を擦りつつ、照れ臭そうに返す藤兵衛に、凛も笑いながら相槌を入れる。
「これは私だけの力ではありません。太刀音さんが陰で努力していたからこそ、このように実を結んだのです」
「藤兵衛殿……」
歯の浮くような台詞であったが、太刀音はうるっときてしまった。
「さあ、まずは、あの新しく入った人たちを鍛えねば!」
藤兵衛は整列している者たちに向き直るのだが、その際に懐から紙切れが一枚、ひらりと落ちた。
「ん? なにこれ?」
気付いた凛が拾い上げ、中身を確認する。紙切れは瓦版で、歌舞伎役者の浮気の記事が主題であったのだが、後半に次の文面が書かれていた。
『極道場の入門者求む! 見事師範代となった暁には、太刀音嬢より接吻が振る舞われる也!』
「……は?」
「……え?」
「……へえ」
いつの間にか、太刀音と平太も後ろから瓦版を覗き込んでいた。三人とも後半の文面を見て呆気に取られていたが、やがて凛は紙を持った手を震わせ、藤兵衛の肩をトントンと叩く。
「藤兵衛さん? こ・れ・は・何・です・かあ?」
「ん? なんだ、凛。今、忙しんだ…… あ!」
藤兵衛が振り向くと、凛が怖い顔をして、あの瓦版を見せつけるように立っていた。
「(ま、まずい! バレた!)……あ、その…… そ、そうだ! 用事を思い出した!」
危険を察知した藤兵衛は、適当なことを言って中庭から飛び出していく。
「あ、待て! 逃げるな、こら~~~~!(怒)」
凛も藤兵衛を追いかけて、中庭を飛び出していった。
おわかりのように、藤兵衛の策とは広告を打つことだったのだ。文面は師匠の源内とも相談し、
『やはり餌がないと駄目でおじゃるな』
の一言で、あの一文が決まったのであった。ちなみに藤兵衛自身も入門して師範代となり、接吻を頂戴しようという下心があったのは言うまでもない。
一方、中庭に残された太刀音と平太は、接吻目当てでこんなにも集まったのかと妙に納得した。
(しかし、私の接吻ひとつで、本当にこんなにも集まったのでしょうか?)
自分の魅力に未だ気づいていない太刀音は、瓦版の効果に半信半疑であったが、ふと集まった者たちに目を向けると、皆、真剣な顔つきであることに気付いた。
「皆さんは…… 本当に、入門したいのですか?」
「「はい!」」
「「押忍!」」
太刀音が問うと、返ってきた声も真剣そのものであった。
「修練は、きついかもしれませんよ?」
「「「望むところです!」」」
これには、太刀音もグッとくるものがあった。以前いた門弟たちには、このような熱意が感じられなかったのだ。動機が今一つ理解できなかったが、集まった人たちは『本気』なのだろうと悟った。
ふと近くにいた平太を見ると、
(まぁ、こういうのも、ありなんじゃないんですか?)
と、目で返され、太刀音の心も決まった。
「……わかりました。それでは皆さん、これからよろしくお願いします」
そう言ってお辞儀をすると、歓喜の声が沸き起こった。
「いよっし! 絶対、師範代になってやる!」
「なんの、俺こそ!」
と、息巻いている者。
「これで、お姉さまと・・」
という、少し危ない発言をする女子もいた。大歓声のなか、太刀音は平太に話しかける。
「よかったですね、平太。これで、この道場も何とかなりそうです」
「そう、ですね。(凄いや、ホントに全部解決したよ)」
「ん? なにか、言いましたか?」
呟きが聞こえた太刀音が聞き返すと、
「え? いえいえ。こっちのことですよ」
平太は、適当に誤魔化すのであった。
こうして極道場は、前当主の時代よりも入門者が増え、大いに栄えるのであった。師範代が誕生したかどうかは、また別のお話で。一方、立役者であった藤兵衛だが、やり方に問題があると凛がおかんむりになり、きついお仕置きを受けたうえ、暫くの間雑用でこき使われる羽目になったのであった。
◇
極道場に門弟が溢れてから、一月ほど経った後のこと。とある部屋で、話を交す二人組がいた。
「ありがとうございました。お陰で言い寄られることも無くなりましたし、道場にも活気が戻って参りました」
顔立ちの整った少年が、感謝の言葉とともにお礼の品を差し出す。
「そりゃあ良かった。あたしの言った通りだったろう、平太? あいつは美人に弱くて馬鹿だけど、やる事はやるからね」
そう答えるのは、煙管を口に咥えた元気そうな老女。
「でも、正直驚きました」
「……何がだい?」
「お梅さんは、ここまで読んでいたのですか? 荷物の依頼が、あそこまで繋がるってことを」
平太が心底感心した顔つきで問うと、
「ま、何となくね。所々で仕込みが必要だったけど…… 人生経験が長い分、なんとかなるのさ」
お梅婆さんはそう答えると、ゆっくりと紫煙を燻らせ、にいっと笑うのであった。
~麗しの女道場主・完~ 次話へとつづく
最後まで読んで頂きありがとうございます! 如何だったでしょうか?
小説を書いていて、一番悩むのは『人の名前』です。面白おかしいものはポンポン出てくるのですが、真面目なものはなかなか出てきません。そんな中、今回の女性『太刀音』は自分の中ではヒット作でしたね。ということで、これからもちょくちょく登場します。
では、次話以降もよろしくお願いします!




