(九)麗しの女道場主 その六・弟子対決
弟子同士が対決するという、試合の日になった。藤兵衛と凛は早めに極道場に出かけ、諸々の準備を手伝う。そうこうするうちに、若旦那が数人の男たちを引き連れてやってきた。
(おや?)
取り巻きの男たちを見て藤兵衛は首を傾げた。彼らは、以前に太刀音に叩きのめされた男たちであり、試合に出るとは思わなかったのだ。
(代表者は、後から来るのかな?)
そう思い、腰を下ろしたところで、若旦那が声を張り上げた。
「さて、太刀音殿。そろそろ試合を始めるけど、いいかい?」
「ええ」
「まずは、お互いの弟子を紹介しようじゃないか。では、僕の弟子を紹介しよう。……先生! お願いします」
若旦那が大声を上げると、男が一人、扉を開けて入ってきた。その男はどこか野性味を帯びた風貌をしており、なぜか口に葉っぱを咥えていた。
「ふふ…… この人は大金を積んで、急遽僕の弟子になってもらった方さ。彼こそは、人呼んで、『無宿人の星・椋助』殿さ!」
若旦那は胸を反らせ、自慢げに語る。だが、藤兵衛、凛、平太の三名は呆れてしまった。
「おいおい、教えてねえじゃねえか」
「何それ。結局、お金なの!?」
「さっき、先生って呼んでましたよね」
小声で総ツッコみを入れるのだが、
「無宿人の星…… 強そうな二つ名ですね」
太刀音だけは、違和感を抱かなかったようだ。
椋助と呼ばれた男が一歩前に出て、ダミ声で自分のことを語り始める。
「俺は椋助という。剣術とは足腰が基本よ。食い逃げ、痴漢、賽銭泥棒など、日頃の修羅場で鍛え上げた剣法『無宿人剣術』の餌食になるのは、どいつだい?」
「鍛えるっていうより、逃げ回っているだけじゃないのか?」
「せ、せこい……」
「町役人を呼んだ方がいいのかな?」
三人はまたしてもツッコみを入れるが、太刀音だけは険しい表情をして、
「むむ、基本を知っているとは、手ごわいですね」
と、呟いていた。
これは余談だが、江戸時代では、庶民は『人別帳』というもので戸籍管理されていた。無宿人とは様々な事情から人別帳から漏れた人たちのことで、今で言うアウトローや乞食などが多かった。そのため、『無宿人の星』と呼ばれても、大した自慢にはならない。
続いて、太刀音が藤兵衛の紹介に入る。
「では、我が無双流の弟子を紹介します。急遽、我が極道場に弟子入りした藤兵衛殿! 人呼んで…… ? えっと」
太刀音が迷っていると、すかさず凛がフォローを入れた。
「元・傘張り浪人!」
これに藤兵衛はガクッとなった。
「無理に相手に合わせんでいい! それになんだ、『元』っていうのは!」
凛に文句を言いながらも、藤兵衛は立ち上がる。一方、凛や相手方は大いに笑ったので、藤兵衛はイラっとした。だが、椋助の方は、
「ふ、俺は笑ったりはしない。だが、傘張りでは足腰は鍛えられまい」
と、もっともらしい台詞を放つと、咥えた葉っぱを取り外して竹刀を構える。
(こんな茶番、さっさと終わらせよう)
藤兵衛も、合わせるように竹刀を構えた。両者がにらみ合うなか、太刀音が開始の合図をする。
「では、時間無制限の一本勝負になります。 ……はじめ!」
合図がかかった瞬間、椋助が真っ先に仕掛けてきた。
「いくぜ! 食らえ、『無宿人剣術・参の型』!!」
竹刀を小脇に抱え、突っ込んでくる。無宿人剣術と語っていたが、藤兵衛にはただの突きにしか見えなかった。
(なんだ、こいつは。ただのアホか)
呆れた藤兵衛は、相手の竹刀を巻き上げてあっさりと弾き飛ばし、そのまま椋助の頭に強烈な面を浴びせる。
「面あり、一本! 勝負あり!」
「やった! さすが、藤兵衛さん!」
「まあ、藤兵衛さんが相手じゃ、こうなりますよね」
あっけない勝負に凛は喜び、平太は当然といった表情を浮かべた。
「そ、そんな…… こんな、あっさりと……」
一方、若旦那はあっさりと負けたことが信じられないでいた。
「道場剣法は、実践剣法には敵わないと聞いていたのに……」
素直に負けを認めるかと思いきや、そうはならなかった。
「そ、そうだ! 違う勝負にしよう! 今度は、弟子の数で勝負しようじゃないか!」
なんと、違う勝負にすり変えようとしてきた。
「「「「はあ?」」」」
これにはさすがに太刀音も含め、全員が呆れてしまった。
「今になって別の方法にしようとは、虫が良すぎませんか? 到底、受け入れることなど出来ません!」
太刀音はピシャリと断るが、若旦那は駄々をこねるように喚き散らす。
「た、太刀音殿こそ、ずるいではないか! どうせ、腕利きを雇ったのだろう!? この勝負は、無効だ! やはり、数で勝負すべきだ!」
「「「そうだそうだ! 数で勝負だ!」」」
取り巻き連中も、若旦那に合わせて騒ぎ立てる。静まりそうにない、その時だった。
「みっとものうございますよ。若旦那」
突然、かん高い女性の声が喧噪を切り裂いた。顔を向けると、高価そうな着物を着た女性がおり、供の者を数名後ろに従えていた。その女性は四十代ぐらいであったが、背筋がシャンと伸び、目には鋭い光が灯っていた。
「は、母上!!」
若旦那は女性を見るや、驚きの声を上げて後ずさりする。そんな若旦那に女性は近づくと、いきなり片側の耳を掴み、ひねり上げた。
「実夕という可愛い奥方がありながら、商いの勉強もせずに、妾を作ることに必死とは何を考えているのです! しかも、勝負に負けても潔く負けを認めず、別の勝負を持ち込むとは…… あなたはそれでも男ですか! 恥を知りなさい!」
女性は物凄い剣幕でまくし立てる。
「す、すみません、母上!」
叱られた若旦那は、先ほどまでの威勢の良さはどこへやらで、泣きべそをかきながらひたすら謝っていた。
「この様子では、あなたに三越屋を継がせることなど出来ません。弟の誠二郎に継がせます。……実夕とも離縁させて、あなたは三越屋から放逐します!」
「そ…… それだけは、ご勘弁を! 母上ぇ!」
「それが嫌なら…… 一から出直しなさぁい!」
「ひいいいぃぃ!!」
勢いそのままに母上と呼ばれた女性が若旦那を供の者に引き渡すと、供の者は若旦那をどこかへと連れ去っていった。それを見届けると、女性は太刀音の方を向いて深々とお辞儀をした。
「太刀音さん、でしたか? この度は、うちの息子がご迷惑をお掛けしました。金輪際関わらせませんので、どうかご容赦ください」
「は、はあ……」
「それと、こちら側のお詫びの気持ちとして、後日品を届けさせますので。それで、今までのことは、どうぞご内密にお願いします」
一方的に言うと、女性はくるりと踵を返して去っていった。
「「「「…………」」」」
嵐は過ぎ去ったが、四名はしばらく呆けていた。若旦那が引き連れていた取り巻き連中も、いつの間にか姿を消していた。やがて、あることに勘付いた藤兵衛が、凛を見た。
「もしかして…… お前か?」
「あら、ばれちゃった? ある伝手を頼って、母親にこの一件が耳に入るように仕向けたの」
凛は、にこりと笑いながら答える。
「そ、そうか……」
(まるで、あの婆さんみたいだな……)
若旦那の性格を見越しての行動だったのかはわからないが、凛の打った一手は根本解決に繋がったのだ。その見事なやり方に、藤兵衛はお梅婆さんを思い出した。
(こいつ、将来とんでもない女性になるのかも……)
そう考えると、思わず背筋が寒くなるのであった。
つづく




