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(九)麗しの女道場主 その四・若旦那

「あ、あなたは!」


「「ん?」」


 声がした方を見ると、そこには高価そうな服を着た若い男があごに手をやって立っており、その後ろにはさきほど逃げ去った男たちが控えていた。


「私の求愛の使者を追い払うとは酷いじゃないか! 一体いつになれば、私の想いは君に届くというんだい?」


 若い男は見ていて恥ずかしくなるような身振り手振りを交える。男は、見栄えだけは良かった。


「「き、求愛!?」」


 凛と藤兵衛は突然の出来事にちんぷんかんぷんであったが、太刀音が言い返す。


「何が求愛の使者ですか、おかしな事はおっしゃらないでください。前にも、あなたに言ったはずです。自分より強い男性でなければ、私は受け入れないと。そちらの方々と手合わせしましたが、問題外では無かったですか!」


 すると、若い男はまたも大袈裟な身振りで、嘆いてるということを表現した。ここで、平太が藤兵衛たちに小声で説明をする。


「え~と、ですね。あそこに立っている立派な服を着た男性は、実は三越(みつこし)屋の跡取り息子でして、太刀姉に惚れたみたいなんです。でも、既に結婚していますから、(めかけ)になってくれとしつこく迫っているんですよ。あまりにしつこいので、太刀姉は自分と勝負して勝ったら、という条件を付けたんです。そうしたら、本人ではなく代理、今もあそこの後ろにいる男たちが来たんですよ。代理なんて相手にしなくていいと僕は言ったんですが、太刀姉は聞かなくて。それで手合わせする流れになったんですが、あの人たちはまったく勝負にならず、あまりの不甲斐なさに逆に太刀姉が怒り出す始末になったんです」


「なるほど。馬鹿(若)旦那に言い寄られてね……」


「酷い。女性を何だと思ってるの!」


 藤兵衛は大まかな状況を理解し、一方で凛は若旦那の不埒(ふらち)さを怒った。ちなみに、三越屋とは江戸でも一、二を争うほどの呉服屋の大店(おおだな)である。


「ああ。では、どうすれば、僕の想いは届くのだろうか?」


 いちいち動作が大袈裟な三越屋の若旦那は、己の悲劇っぷりに浸ると、ふと藤兵衛と目が合った。


「おや…… 君は? ここの新しいお弟子さんかな? ……!!」


 ここで若旦那は妙案が浮かんだのか、太刀音にある提案を持ちかける。


「太刀音殿、こういうのはどうだい? 僕はこれでも剣術をかじっていてね、中でも教え方は上手い方なんだ。そこにいる君の弟子と僕の弟子とで勝負をし、僕の弟子が勝ったら求愛を受け入れ、君の弟子が勝ったら大人しく引き下がる、というのはどうだい?」


「何を言っているのですか? 藤兵衛殿は弟子ではなく、お客様なのです。私とあなたが勝負すればよいだけの話ではありませんか」


 太刀音は当然のように断るが、若旦那は大袈裟にかぶりを振る。


「おやおや、道場の(あるじ)たる者がそんな考えで良いのかい? 人を率いる者は、自らの力よりも人を育てる力の方が重要だと、僕は思うけどね。……それとも、自信が無いのかい?」


「……な、なにを!」


「じゃあ、この勝負、受けるかい?」


「わかりました! 受けて立ちます!」


 太刀音は若旦那の挑発に、簡単に乗せられてしまった。


「よし。じゃあ、試合はそうだな…… 十日後で場所はここにしよう。では、楽しみにしてるよ」


 そう言い残すと、若旦那は取り巻きとともに去って行った。一部始終を見ていた凛が、藤兵衛にひそひそと耳元で囁く。


「あの若旦那って人、絶対剣術なんかやってないよね。きっと、太刀音さんに敵わないからって、上手く話をすり替えたのよ」


「まあ、そうだろうな(でも、すぐに受けた太刀音さんもどうかと思うけど。……根が、単純なんだろうな)」


 藤兵衛は曖昧に答えるが、心の中では半ば呆れていた。


 若旦那一行が帰った後、平太が呆れ顔をする。


「太刀姉、なんですぐに受けるんですか。そもそも、うちには弟子がいないでしょう?」


「ああっ! そうだった! ど、どうしよう!?」


 後先のことを考えていなかったのか、太刀音は頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。


(考えてなかったんだ……(汗))


(この人、天然なのかな……?)


 うずくまる太刀音を見て、凛と藤兵衛も呆れてしまうのであった。


 つづく

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