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(九)麗しの女道場主 その三・地雷、踏んじゃった?

■この部分からの追加人物

(へい)():太刀音の甥で、しっかり者。

「も、申し訳、ございません」


 その後、凛の取り成しで勘違いだったことがわかり、太刀音は平謝りをする。もっとも凛が助けを入れたのは、藤兵衛が太刀音に暫しの間、『性根を叩き直された』後であった。


「あ、あ、あの、本当に、申し訳ございませんでした。てっきり、さっきの男たちの仲間かと、思いまして……」


「いえいえ、いいんですよ。この人、ここのところたるんでましたから」


 凛は愉快そうに笑って済ませたが、藤兵衛は半泣き状態であった。


(いつ、俺がたるんだんだ! 単に、仕事が無くて暇だから、ごろごろしていただけだろう!)


 それがたるんでいるという事なのだが、藤兵衛も怒るつもりはなかった。むしろ、事故だったとはいえ、太刀音とお近づきになれたことに胸がときめいていた。


(それにしても、さすがは『東の横綱』だ)


 藤兵衛は、まじまじと太刀音を観察する。涼やかな目元、左右が完全な対称型の顔、眉も細く、これほど完璧に近い顔を見たのは初めてだった。


 そして、美しいのは顔だけではなかった。胸は適度に大きく、腰は細く、白い無地の着物の上からでもスタイルの良さがわかった。更に、肌もきめ細やかで、声も良かった。澄んだアルトの声音は、聞いているだけで心が洗われるようであった。


 藤兵衛が見惚れていると、目の前にそっとお茶が出された。


「まったく、太刀 (ねえ)はそそっかしいんだから。荷物を持っていたんだから、あいつらとは違うって、よく見ればわかったでしょう!?」


 お茶を出した少年に説教をされ、太刀音はしゅんと縮こまる。その姿も可愛らしかった。


「まあまあ。この人、これくらい何でもありませんから」


 と、ここで凛が間に入る。


「あ、申し遅れました。私、『いろは』のお使いで来ました、凛と申します。で、こちらが藤兵衛さんです。お梅さんに頼まれ、荷物を持ってきました」


 続けて簡単な自己紹介をし、持ってきた荷物を差し出す。


「わざわざ、ありがとうございます。こちらこそ申し遅れました。私、この極道場の主を務めております、太刀音と申します。そしてこちらは、私の甥の(へい)()です。今は二人で、この道場を守っております」


「平太です。どうぞ、よろしくお願いします」


 そうして、太刀音は平太と呼んだ少年と並んでお辞儀をした。


 平太という少年は十二、三頃ぐらいに見えるが、言葉遣いや所作から年齢の割にはしっかりしている印象を受けた。それと、血筋なのか顔立ちが太刀音とよく似ていて、なかなかの美少年であった。


 二言三言あいさつを交わした後、凛がキョロキョロと辺りを見回す。


「へ~、こんな大きな道場なのに、お二人だけで経営しているって凄いですね。ところで、他の門弟たちはどこにいるんですか? きっと、大勢いるんでしょうね」


 すると、太刀音と平太は顔を見合わせ、動きが止まった。どうやら、凛は地雷を踏んだようだ。やがて、太刀音が気まずそうに口を開く。


「あ、あの…… 実は、今はこの道場は、私と平太の、二人だけでして……」


「え!?」


 凛は大いに驚く。


「そ、そうなんですか!? 極道場の無双流って、すごく人気があって多くの門弟で賑わっていたって、聞いていたんですけど」


 凛には悪気はないのだろうが、太刀音は凛が言葉を発するたびにつらそうな、そして何かが刺さったような反応をする。


(おいおい、凛さんよ。それくらいにしときなよ。そもそも、『いた』って過去形になってますぜ)


 藤兵衛は心の中でツッコみ、ジト目で凛を見つめる。


「確かに昔は、凛さんのおっしゃるように、門弟が多くいたんです」


 ここで、平太が代わりに答えた。彼は一度ふうっとため息をつくと、これまでの経緯を語り始めた。


「ですが、二年前に初代当主…… 太刀姉のお父上なのですが、病で急に亡くなってしまったんです。その後、太刀姉の兄上が後を継ぎました。ところが、兄上は剣術の腕前は物凄いんですが、道場の経営に興味が無かったのか、ある日突然、武者修行の旅に出ると言い残して道場を出て行ってしまったんです」


「それは、大変でしたね……」


 凛が気遣うと、太刀音は顔を下げた。平太の話は続く。


「そこで、太刀姉が急遽当主を務めることになりました。ところが、太刀姉は剣術には妥協しないところがあって…… 厳しすぎる修行についていけなくなった門弟が一人減り、二人減り、となりまして。そして、最後にはご覧の通り、私と太刀姉の二人だけになってしまいました」


「そう、ですか……」


 と、ここで太刀音は我慢しきれなくなったのか、


「平太。私は、厳しくしたつもりはないのですよ。剣術を学ぶ者として、必要最低限の心構えというか、技術というかを教えようとしただけで……」


ボソッと呟く。


「何言ってるんですか。竹刀で木を切ったり、一日十里(約四十km)走るとか、どこが最低限なんですか。普通の人は、そんなの出来ませんよ」


 あっさりと言い返され、太刀音は恨めしそうに平太を見て、尚も呟く。


「気合があれば、出来ますよ……」


「あらら、そういうことですか」


 凛と藤兵衛は二人のやり取りを見て、なんとなくだが理解できた。おそらく太刀音は剣術の才能に優れているが、自分ではそのことに気付いておらず、周りにも同じレベルのものを求めてしまったのだろう。それで、皆がついていけなくなり、閑古鳥が鳴くまでに落ちぶれたのだと。


 だが、もう一つわからないことがあった。


「道場の現状は理解出来ました。だとすると、さっきの逃げ出した男たちは、何だったんですか?」


 巻き添えを食わされたこともあってか、藤兵衛はあの一件を尋ねた。


「あ、あれはですね……」


 太刀音が口を開いた瞬間、


「太刀音殿! いるんだろう!?」


若い声とともに扉がガラッと開かれた。


 つづく

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