(九)麗しの女道場主 その一・東の横綱・太刀音嬢
江戸時代には町道場があったそうで、それを基にして書いたコメディ話です。(七部構成の予定です)
■この話の主要人物
・藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、かつて「白光鬼」と呼ばれた盗賊。傘張り仕事を生業としている。
・凛:茶髪の豪快&怪力娘。「いろは」の看板娘でありながら裏稼業の助手もしている。
「よし、と。こんなもんか」
隻眼の浪人・藤兵衛は、完成した障子を目の前にして満足そうに呟く。傘の過剰在庫は未だ解消されておらず、藤兵衛は傘張り仕事の代わりとして、障子張りの仕事をするようになっていた。この仕事は、傘張りの技能が活かしやすいからと凛が紹介したものであった。
障子張りの仕事は思ったよりも需要があり、近所から直接依頼がくることもあった。つい先日には、ひさ子から依頼があった。
「ねえ、藤。あなた、障子張りの仕事を始めたんだって?」
「ああ。凛が紹介してくれてな」
「じゃあさ、あたしの家の障子も張り替えてよ。……そうね、中から外は見えるんだけど、外から中が見えないやつがいいわ」
「……出来るか! そんなもん!」
結局仕事は引き受けず、おおいに揉めただけであった。
障子張りもやってみると、やり甲斐のある仕事ではあったが、藤兵衛はやはり傘張りの仕事に戻りたかった。
その理由はこのまま障子張りを続けた場合は、裏稼業の武器として使っている『鉄傘』を見直す必要がある、と思い始めていたからだ。別に合わせる必要はないのだが彼にはこだわりがあるようで、鉄障子か、はたまた鉄 刷毛か、とあれこれ考えていた。
今も彼は、妄想を膨らませている最中である。
―妄想・始―
満月の夜の下。悪党たちが銃を構え、一斉に引き金を引く。
「危ない! 凛!」
叫ぶと同時に、凛を抱えくるりと反転する。すると、背負った大きめの鉄障子に銃弾が当たり、ギィンギィン、と弾き返した。
「「な…… なにい! て、鉄障子だと!」」
悪党どもは銃弾を防がれ大いにたじろぐ。
「え、ええい、ひるむな! 掛かれぃ! あんな重いものを背負っていたら、ろくに動けまい!」
だが、すぐに切り替えて刀を手に次々と襲いかかってくる。
「ふ…… それはどうかな?」
見通しの甘さを嘲笑うかのように鉄障子を持ち上げると、軽々とぶん回して悪党どもを次々と吹き飛ばしていく。
「な、なにい! あれを綿でも扱うかのように振り回すなど…… ば、化け物か!?」
悪党の頭らしき人物が、信じられないといった表情で叫ぶ。そうして最後に残った頭には、
「くらえい! 新・必殺技! 『鉄障子 冨霊素』!!」
と、意味もなく右目を光らせた後に、後ろ向きに倒れ込んで鉄障子ごと相手を押しつぶす。
「う、うわぁぁあああ!」
____ズシィィイン
悪党の断末魔の叫びと重い地響きが鳴り止むと、藤兵衛は勝利を確信した。
「ふ…… どうだ、凛。 俺の新しい相棒、『鉄障子くん』は?」
立ち上がり、ドヤ顔を決めると、凛も、
「すごい…… 攻めて良し、守っても良し、だなんて」
と、素直に感心する。決して『それ、ただの鉄の板じゃん』などと、鋭い指摘はしないのであった。
―妄想・了―
「何、ぼ~っとしてんの? 藤兵衛さん」
(はっ!)
凛の一言で、藤兵衛は現実世界に戻ってくる。目の前にある蕎麦が入ったお椀を見て、遅い昼飯を凛と一緒に食べに来たのだと思い出した。
「いや、ちょっと考えて事をしていて…… 鉄傘の代わりに、鉄製の障子なんてどうかな? と思って」
「鉄の障子? そんなもの、倒れてきたら危ないじゃない」
渾身の企画だったのだが、『不安全』の一言で片づけられてしまった。
「へい、そうですね。……うん?」
やはり女性には男の浪漫は伝わらないようだと諦め、気を取り直して蕎麦を食べようとすると、ある光景が目に入った。
店の端のほうで、白い無地の服を着た女性が二人組の男に絡まれていたのだ。しかも、その女性は遠目からでも顔立ちが非常に整っていることがわかる、かなりの美人であった。
「美女が、絡まれている……」
「へ?」
つられた凛が藤兵衛の目線を追うと、女性が二人組にしつこくナンパされている様子が見て取れた。
「これはいかん。お前なら大丈夫だろうが、かよわい女性ではさぞかし心細かろう。助けに行かねば!」
「ちょい待ち」
藤兵衛が立ち上がったところを、凛が後ろから襟首を掴んで引っ張りあげる。そのため藤兵衛は、
「ぐえっ」
と、嗚咽を漏らした。続けて、藤兵衛を白い目で見る。
「ほ~~? 私なら大丈夫ってのは、どういう意味かしら?(怒)」
「あ、いえ。決して凛がナンパされないと言っているわけではなくてですね。むしろ相手が怪我しないうちに、早く止めなければと、そういう意味でして…… うげぇっ!」
連続失言に、今度は襟元をキュッと締められた。凛は尚も白い目で見下ろす。
「ふん。……まあ、いいわ。あの人なら、助けに行かなくても大丈夫よ。見てれば、わかるわよ」
「え?」
(大丈夫って、どういうことだ?)
首をさすりながら藤兵衛が視線を戻すと、二人組の男たちは冷たく袖にされたのか激高していた。机をバンッと強くと、座っていた女性が持っていた割り箸を素早く振り上げた。
すると次の瞬間、男の着物がまるで刃物で斬られたかのようにハラリと開き、次いで帯も斬られたのか股引がストンと落ち、褌姿をさらけだす格好になった。そして女性の方は、呆然とする男たちの目の前に割り箸を刺すように突き出す。
暫し間を置いた後、自分たちの身に何が起きたかを理解した男たちは、
「「ひ、ひぃ~~。お助け~~!!」」
叫び声をあげながら、その場から逃げ出していった。
「すご…… 何、いまの?」
一部始終を見た藤兵衛は、思わず驚嘆の声を漏らす。
「だから大丈夫だって、言ったでしょ。あの人は、太刀音さんよ。女性の身でありながら、『極道場』っていう剣術道場の当主を務めている人よね。噂では、腕が相当立つって話よ」
すると、藤兵衛が驚きの声を上げた。
「ええ! 太刀音さんって、あの『大江戸 小町番付』で東の横綱をはっている、あの!?」
江戸の人たちは、何かにつけては『番付』という、今で言うランキング表を作ることが大好きであった。そして『大江戸小町番付』とは、江戸で評判の美人がランク付けされたものであった。
「そ~そ~。……そういや、そんな情報もあったわね」
そう答えて、凛はさも面白くなさそうに蕎麦を食べる。ちなみに凛も小町番付には載っていて、位は前頭上位であった。
「しまった…… それなら、尚更助けるべきだった。お近づきになる良い機会だったのに……」
悔しがる藤兵衛に凛は大いに呆れ、
「な~に、言ってるのよ。浪人で、しかも内職の傘張りですら失職中の人なんて、相手にされる訳ないでしょ」
と、きつい一言を浴びせるのであった。
つづく




