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(八)馬よりも速く! その四・これ、普通じゃないよね?

 飛脚屋として、忙しい日々をこなしていたある日のこと、藤兵衛は走吏屋の主人に呼び出された。


「藤兵衛さん。今日は与太郎さんと、二人でお願いしますね」


「二人?」


 珍しいと思った藤兵衛は、その場にいた与太郎に目を向けると、与太郎は目で会釈をする。


「はい。今回はちょっと特殊でしてね。郊外の茶屋で文を受け取って、高近(たかちか)藩の大名屋敷まで運ぶという内容です。茶屋の場所は与太郎さんがご存じですから、彼についていけば大丈夫ですから」


「……こういう案件は、大名飛脚が受け持つんじゃないんですか?」


 飛脚は大まかに(つぎ)飛脚、大名飛脚、そして藤兵衛が勤めている町飛脚の三種類があった。そのうち継飛脚は公儀(こうぎ)関係の文書を、大名絡みの案件は大名飛脚が受け持つ、というように棲み分けされていた。


「お、よく知っているじゃねえか。だけど、全く無いって訳じゃないんだ。たま~にあるんだよ。ま、上の事情ってやつだろうがね」


 与太郎の話ぶりが自然だったので、藤兵衛はそんなものかと、軽く考える。


「では、頼みましたよ、藤兵衛さん。はい、これ挟み箱です」


 主人から挟み箱を手渡されるが、ズシリ、といつもより重かった。


(あれ? なんだかこれ、重くないか?)


「さあ、いくぜ! 藤兵衛!」


「あ、はい!」


 違和感を覚えたが、与太郎が先に出たため、藤兵衛も急いで後を追うのであった。



 ◇



 郊外の、小高い丘の上にぽつんと建っている茶屋が、受け取りの指定場所であった。茶屋に着くと、与太郎が声を張り上げる。


「まいど! 走吏屋です!」


「……来たか」


 すると、中から侍が出てきたのだが、侍の姿を見て藤兵衛は思わず目をむいてしまった。侍は傷だらけで、着物もあちこちが破れていた。しかも頭に巻いた布からは血がにじみ、どう見ても重傷者だったのだ。


「こ、これを頼んだぞ……」


 侍は震える手で書状を二通、藤兵衛と与太郎それぞれに手渡すと、


「くれぐれも…… くれぐれも、敵に奪われるのではないぞ! 必ずや、高近藩大名屋敷におわす、()(すな)様に届けるのだ!」


 目を血走らせ、息も絶え絶えに語った。


(て、敵って…… これ、もしかして、とんでもない案件なんじゃ……(汗))


 藤兵衛は不審に思い隣の与太郎を見たが、与太郎は「おう」と力強くうなずく。


「わかったぜ。この命に代えても届けてやる。だから、あんたは養生してな」


 この頼もしい言葉に侍は気が抜けたのか、その場に崩れ落ちた。


「さぁ、行くぞ、藤兵衛! こっからが正念場だぜぇ!」


 与太郎が気合を入れ、走り出そうとしたので慌てて止める。


「え? ちょ、ちょっとちょっと、与太郎さん! 正念場って、なんですか!? ……いや、それよりも、あの人の手当はしなくていいんですか!?」


 至極真っ当なことを言ったのだが、与太郎は藤兵衛の肩にぽんと手を置くと、かぶりを振った。


「藤兵衛…… そいつは野暮ってもんさ」


「や、野暮!?」


「おうよ! あいつは命懸けて仕事をし、それで掴んだものを俺らに託したんだ。だから、俺らはあいつの想いに報いる為にも、走らなきゃならねえんだ!」


「…………(汗)」


 与太郎は目に涙を溜めて熱く語るのだが、背景が全くわからない藤兵衛は、もう何がなんだかわからなくなった。


「じゃあ、いくぜ! 相棒!」


「は、はい!」


 混乱していたが、与太郎の掛け声に促されるまま、藤兵衛も走り始めた。



 ◇



 そうして二人は縦列になって走る。半里程(約二km)走ると、与太郎が、


「よしっ」


と声を掛ける。すると、今まで前を走っていた藤兵衛が、与太郎の後ろに回る。また半里走ったところで、今度は藤兵衛が、


「よしっ」


と声を掛けると、与太郎が藤兵衛の後ろに回った。


 これは、後ろを走る人物の風の抵抗を減らす、走吏屋の伝統走法『風減らし』であった。この走法で疲れを軽減させながら、二人はすいすいと進んでいく。


 ある程度進んだところで、藤兵衛は自分たちを追いかけてくる者がいることに気付いた。


「あの、与太郎さん。 ……つけられてる気がするんですが」


 すると、与太郎はやはり、という表情を見せた。


「やっぱり来たか。……いいか、藤兵衛。決して奴らに追いつかれるんじゃねえぞ。技阿(ぎあ)をあげるぜぃ!」


 そう答えると、速度を上げた。



 ◇



 暫くしたところで、藤兵衛が再び後ろを見ると、先程よりも追いかけてくる人数が増えていた。しかも、馬上の者までいた。


「あ、あの、与太郎さん!? さっきより、増えてるんですけど!」


「なにい!? ……なんの、まだまだ、これからよ!」


 与太郎はまたも速度を上げ、藤兵衛も離されまいと後をついていく。すると、今度は前方で待ち構えている一団がいた。


「よ、与太郎さん! あ、あれは!?」


「藤兵衛! このまま突っ込むぞ!」


「え、え!? 与太郎さん!?」


 止まるどころか、与太郎は更に速度を上げて、そのまま一団に突っ込んでいく。


「う、うおっ!!」


「こ、こいつら!!」


 この動きは相手の予想外だったようで、二人は見事突破し、あっという間に前を塞いでいた一団を振り切ってしまった。


 ほっと息をついた藤兵衛だったが、すぐに背中にぞくりとしたものを感じる。おそるおそる後ろを見ると、追手は数十人、更に馬も五、六頭と膨れ上がっていた。しかも、皆、鬼の形相で、


「「「待て、ごらぁ~~~!!!」」」


と、口々に怒号を放っている。


(……これ、絶対普通じゃないよね!(汗))


 ここまでくると、さすがに藤兵衛もこの案件の異常さに気付き始めた。


(なんだってんだ、一体!? とはいえ…… 今は、逃げるしかない!)


 追いかけられる理由はわからなかったが、藤兵衛は前を走る与太郎に離されまいと必死に走り続けた。



 ◇



 いつしか、追手は五十を超える規模になっていた。走る、というより逃げ続ける二人であったが、疲れからか徐々に距離を詰められる。これに気付いた与太郎は、軽く舌打ちをする。


「ちっ、敵もやるじゃねえか! ……こうなったら藤兵衛、二手に分かれるぞ!」


「え? 分かれる?」


「預かった書状は同じもので、どちらかが届けばいいことになってる。じゃあな藤兵衛、来世で会おう!」


 与太郎は一方的にまくし立てると、急旋回をして藤兵衛とは別の道に入る。おまけに速度を一気に上げて、あっという間に藤兵衛を置き去りにしてしまった。


「ちょ、ちょっと~~~! 来世って何ですか~! 与太郎さ~~~ん!!」


 だが、既に与太郎の後ろ姿は小さくなっており、藤兵衛の抗議の声は虚しく空に響いただけだった。


(ま、まずい! と、いうことは……?)


 ちらと後ろを見ると、案の定、追手は藤兵衛に狙いを定めてきた。


「「「うおお“~~~ まで、ぐぉらぁ~~~!!」」」


 目を血走らせ、修羅の形相で迫ってきた。


(…………(汗))


 ここでようやくお梅婆さんの企みに気付いた藤兵衛は、


「さ、さてはあの婆さん、このために俺を飛脚に~~! ちくしょう! だったら、ハナから言え~~!」


と、恨みの言葉を吐きながら、逃げるのであった。


 つづく

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