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(八)馬よりも速く! その三・御届丸、発進!

■この部分からの追加人物

平賀(ひらが)源内(げんない):自称・天才発明家のおっさんで、藤兵衛の心の師匠。

・えり、せり、(らん):凛の同僚で、「いろは」の従業員。

 日が経つにつれ、藤兵衛は徐々に飛脚の仕事に慣れてきた。今日も凛が仕立てた飛脚の服を身に付け、走吏屋へと向かう。


「じゃあ、今日も行ってらっしゃい。頑張って、稼いできてね」


「おう」


 凛が火打石をカチカチと鳴らして送り出すと、藤兵衛はそれに応えて出掛ける。その様子を眺めていた、同じ長屋に住む顔見知りのおばさんが話しかけてきた。


「今日も藤兵衛さんは、飛脚屋かい? ……そうしていると、まるで若奥さんみたいだねぇ」


「え? え!? そんな事ないですよ~」


 顔を赤らめ、凛は照れ隠しで火打ち石を思い切り叩きつける。すると、あまりに力が強いせいか、火打石はみるみると砕けていった。


「あ、あれ? この火打石、すぐに砕けちゃいますね。やっぱり、安物は駄目なのかな~。あはははは」


「そ、そうだね……(汗)(こりゃ藤兵衛さんは、大変だねぇ……)」


 凛は明るく話すのだが、おばさんは砕け散った火打ち石を見て、背筋が寒くなるのであった。


 そんなことがあったことなど露ほども知らない藤兵衛は、走吏屋に到着すると、すぐさま与太郎にあいさつをする。


「おはようございます、与太郎さん。今日もよろしくお願いします」


「おう! よろしくな! しかし藤兵衛も、短い間にすっかり飛脚が板についたな。大したもんだぜ」


「いやいや、これも与太郎さんの教えが良いからですよ」


 謙遜ではなく、本心で藤兵衛は語っていた。事実、短期間で慣れることができたのは、与太郎の走り方を真似たからだった。


 与太郎の走り方は、手や足の動きが最小限で、かつ上半身のブレがほとんど無かった。『なんば走り』と与太郎は呼んでいたが、今まで何も考えずに体力任せに走っていた藤兵衛がこの走法を真似ると、仕事を終えた後の疲労度が格段に減ったのだ。


 速く走るのではなく、いかに疲れを残さないように走るのか。職人の奥深い世界を学び、世間は広いと藤兵衛は感じるのであった。



 ◇



 その日は午前に二件の仕事をこなすと、時間が空いたことと近くまで来ていたこともあり、『いろは』で小休憩しようと寄ってみた。昼のかき入れ時より早いおかげか席はそこそこ空いており、ひさ子も丁度来ていたのか端の方でくつろいでいた。


「あら、藤。今日はもう終わり?」


「いや、ちょっと時間が空いたんで寄ったんだ。お前は、お梅婆さんか?」


「ま、そんなこと」


 ひさ子と同じ卓に座り、二人でまったりしているところに声を掛けられる。


「お~~、藤兵衛でおじゃるではないか! 久しぶりじゃのう」


 振り返ると、そこには手提げ箱を持った源内が立っていた。藤兵衛は慌てて立ち上がり、


「あ、師匠! こちらこそお久しぶりです。いろはで昼飯ですか?」


深々とお辞儀をした。


「へ? 師匠?」


 近くにいたひさ子は、『師匠』と呼んだことが不思議だったようだ。


「うむ。それもあるでおじゃるが、実は新たな発明を思いついてのう。じゃが、まだ改良が必要なので、お梅さんに材料を頼みに来たのでおじゃるよ。……そうだ! お主たちもせっかくだから、見てみるでおじゃるか? 拙者の試作品、飛脚からくり『御届(おとどけ)丸』を!」


 そう言うなり、頼まれてもいないのに手提げ箱から、からくり人形を取り出した。


「師匠。器用ですね」


 人形の姿形は飛脚そっくりで挟み箱も担いでおり、額には墨で『飛』の文字が書かれていた。この挟み箱に手紙を入れて運ばせるのだろう、と藤兵衛は推測した。


 源内はジィコジィコと背中のぜんまいを巻き上げ、御届丸を地面に置く。いつの間にか後ろには凛や、えり、せり、蘭が集まっていた。


「ふふ、これを見ると小便ちびるでおじゃるよ? 皆の集、覚悟はいいでおじゃるか?」


 余程自信があるのか、源内はドヤ顔を決める。


「はいはい、わかりました」


「本当に動くの?」


「人形、可愛いじゃない」


「……さっさと、やれ」


 凛と三人娘の反応は様々であった。


「よし、それでは、ゆけい! 御届丸!! 発っ進!!」


 源内が背中にある出っ張りを押すと、御届丸は目をくわっと開き、前へ歩き出す。


「「「「「おお! …………お?」」」」」


 皆、最初は驚いたのだが、次第にその表情は呆れに変わっていく。というのも、御届丸は歩いてはいるのだが、動きが非常に遅かった。ギィコギィコと音を鳴らしながら一生懸命に進んでいるが、人の歩みより遅い。


「し、師匠…… こ、これは……?」


 源内の才能を尊敬している藤兵衛だったが、さすがにこれに賛同することは難しかった。


「うむ。今、飛脚は人手不足なのでおじゃろう? そこで、この御届丸の出番でおじゃる。御届丸は人形である故、疲れることはないのでおじゃる。じゃから、丸一日働いても大丈夫でおじゃるので、人手不足の解消に繋がると思ってのう。もっとも、今は四半刻(しはんとき)置き(三十分置き)にぜんまいを巻く必要があるので、まだまだ改良は必要でおじゃる」


 源内は腕組みをして、説明する。


(四半刻置きにぜんまい巻きって、それ専用の人が必要になる気が…… しかも、この遅さじゃ……)


 狙いはいいと思うのだが、これでは売れないだろうと藤兵衛は思った。周りを見ると、皆、似たような感想を抱いているのが、表情から読み取れた。


「これは…… ちょっと……」


「かえって、邪魔な気が……」


「動き、可愛いね」


「……がらくた」


 娘たちの反応もイマイチなものが多く、その中でも蘭の毒舌は際立っていた。


 周囲の低評価などは気にせずに、御届丸はひたすら歩み続け、やがて店を出て大通りへと差し掛かる。すると、ちょうどそこへ荷物満載の大八車が通りかかった。


「どいた、どいた!」


 大八車は御届丸に気付かずに、ぼごっと跳ね飛ばす。その衝撃で御届丸はバラバラとなり、敢えなく殉職をとげたのであった。それを見た皆がガクッとくずれるなか、


「あ、ああ~~~、御届丸~~~!!(泣)」


と、一人、源内は悲しみにくれていた。


(こりゃ、モノになるのはずっと先だろうな。だけど、その頃には飛脚屋そのものが無くなっていそうな気がする)


 泣きながら御届丸の残骸をかき集める師匠の姿を見ながら、藤兵衛はそんな未来を予想するのだった。


 珍騒動が終わり、凛が仕事に戻ろうとしたところを、ひさ子が呼び止めた。


「ねえ、さっきのは、一体なんだったの?」


 源内を初めて見たひさ子は、あまりのアホっぷりに理解が追いついていなかった。


「源内さん? あの人、いつもああですから。気にしたら負けですよ」


 軽く答え、凛は店の仕事に戻っていった。


 つづく

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