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(八)馬よりも速く! その一・高速一代男

江戸時代の郵便といえば飛脚です。それと主人公を絡めたお話です。(五部構成の予定です)


■この話の主要人物

・藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、かつて「白光鬼」と呼ばれた盗賊。傘貼り仕事を生業としている。

・凛:茶髪の豪快&怪力娘。「いろは」の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手。

・お梅婆さん:「いろは」のオーナー。裏世界も含め、色々な商売をしているやり手の婆さん。

・ひさ子:ミステリアスな女泥棒。藤兵衛とは昔からの知り合いのよう。

与太郎(よたろう):凄腕の飛脚。界隈では有名人。

「藤兵衛。あんた、ちょいと飛脚屋で働いてみないかい?」


 ある日のこと。隻眼の浪人・藤兵衛は、『よろづや・いろは』の女主人であるお梅婆さんに、唐突に話を切り出された。


「飛脚? なんでまた?」


(こういう時の、この婆さんの発言には裏がある)


 今までの経験からそう直感が働いた藤兵衛は、素直にうんとは言わなかった。


「そりゃあ平和な時代になって、物流もどんどん広がっているだろ? 単に、人手が足りないんだよ」


「……でも、何で俺が?」


(本当か? 本当にそれだけなのか?)


 疑心暗鬼に駆られた藤兵衛は、仕事をもらう側という非力な立場ではあるが、出来る限りの抵抗を試みた。


「そりゃあ、あれだよ。誰でも出来る仕事じゃないからね。健脚の持ち主じゃないと、務まらないからさ」


「…………」


 ここまでは筋が通っていると、藤兵衛は思った。しかし、答えずに黙っていると、


「……わかったよ、実はもう一つ、理由があるんだよ」


お梅婆さんは観念した様子で言った。


(ほうら、やっぱりね)


 心の中で小さな勝利に喜んでいたのも束の間、続く言葉で絶句する。


「あんたの傘張りの仕事、暫く無いから、その代替えって意味もあるのさ」


「ええ“!!」


 突然のリストラ宣言に、藤兵衛は大いに驚いてしまった。


「傘張りの仕事だけど、ここんところ新規参入者がやたらと増えてね。そのせいで、在庫がかなりだぶついてるんだよ。だから、あんたに依頼する分が暫くないのさ」


 これには藤兵衛も思い当たるふしがあった。納期にはうるさい凛が、ここ最近は大人しく、そのうえ、


『暫くは、藤兵衛さんの好きなペースで仕事してていいからね』


と、優しい言葉までかけてきたのだ。今更ながら、藤兵衛は凛がそう語った理由を理解した。


「じゃあ、改めて聞くけど、やるかい?」


「はい、わかりました……」


 藤兵衛は力なく答えるのがやっとで、お梅婆さんの口元がにいっと緩んだことには気付かなかった。



 ◇



 そういう訳で、翌日から藤兵衛は飛脚屋で働くこととなった。飛脚屋へは凛が連れて行く手筈になっていたようで、


「さ、行きましょうか」


と、半ば申し訳なさそうな様子で道案内をするのだが、どういうわけかひさ子も一緒にいた。


「なんで、お前までいるんだよ」


「べつにいいでしょ。藤の飛脚デビューを、拝ませてもらおうと思ってね」


 文句を言ったが、適当にあしらわれるだけであった。引っ越してきて以来、ひさ子は暇があるとこうして行動を共にすることが多くなっていた。


 歩いて八半刻(やはんどき)ほど(約十五分)で、目的地に到着する。


「え~っと、ここですね。藤兵衛さんが今日から勤めるお店は。……結構、おっきいお店じゃないですか」


「あら、ホントね」


 辿り着いた先は大店(おおだな)と呼んでも差し支えない程に大きく、表門には『走吏(はしり)屋』と達筆で書かれた屋号が掲げられていた。


「……なんだか、暴走しそうな名前だな」


「なんですか、それ?」


 ツッコミを入れつつ、凛が先頭になって中に入る。


「うわぁ、すごい……」


「大盛況ね」


 店の中には、ランニングシャツのような腹掛けに、(ふんどし)が見える程まで着物の裾をまくり上げた、いわゆる飛脚の姿をした男達があちこちで待機し、それに指示する人や、荷物を依頼する客でごった返していた。


「え~と。まずは、このお店のご主人に挨拶しないと……」


 凛がきょろきょろと辺りを見回していると、


「お、もしかして、梅婆の紹介でやってきた新人かい?」


と、後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには背が高く痩身の、見るからに足が速そうな男が立っていた。


「あ、はい。今日からよろしくお願いします」


 藤兵衛が挨拶すると、男は爽やかに笑った。


「おう! こっちこそ、よろしくな! 俺は(なか) 与太郎(よたろう)ってんだ。わからない事があったら、何でも聞いてくんな!」


 笑顔と同じ爽やかな自己紹介にほっとした藤兵衛であったが、なぜか凛が驚いていた。


「? どうした? 凛?」


「え? 知らないの、藤兵衛さん? この与太郎さんって方、江戸じゃ有名人なのよ!」


「そうなのか?」


 藤兵衛は初めて聞く名であった。


「そうよ! この人は、あの売れっ子小説家・井原東鶴(とうかく)が書いた『高速一代男』のモデルになった人よ! 『馬より早いぜ、飛脚野郎!』ってフレーズ、聞いたことあるでしょう?」


「そう言えば……」


 そのフレーズだけは藤兵衛も耳にした覚えはあったが、大流行したことまでは知らなかった。ふと見ると、


「へへ…… 照れるぜ」


 与太郎は指で軽く鼻を掻いていた。


 と、ここでひさ子が、いきなり変なことを言い出す。


「あっちの方も、早かったりして♡」


「は?」


「……アホか」


 凛はよくわからないという表情を、藤兵衛は呆れた表情をする。だが、当の与太郎の反応は違った。突然ぶるぶると震え出すと、あらぬ方向を見上げ、


「おたまーー! 何故だーーー!!」


 いきなり女性の名前を叫ぶ。


「わっ! ……ど、どうしたんですか? 与太郎さんは?」


「夜の不一致ってやつね」


 凛がおそるおそる尋ねると、ひさ子がぼそりと答えた。


「……どういうこと? 藤兵衛さん」


「……俺に、聞くな」


 凛は()に落ちない様子であったが、とりあえず与太郎を落ち着かせようと宥めるのであった。


 つづく

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