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(七)ひさ子再び・その九 ド派手な結末

「あら、もう終わり? まだまだ物足りないわぁ」


 血だるまでボロボロになった臨在を見下ろしながら、ひさ子は興奮した面持ちで語る。


(可哀そうに…… こいつ、いたぶるのが好きなんだよな)


 高ぶっているひさ子を横目に見て、藤兵衛は気絶している相手に同情した。


 決着がついたところを見計らって、凛が駆け寄る。


「凄かったね、二人とも! 後は、主水さんたちに任せるんでしょ?」


「そうだな。あらかた片付いたみたいだし、なあ、ひさ……子?」


 藤兵衛はひさ子に同意を求めたのだが、彼女は一点を見据えていた。


「まだ二人、残ってるわよ」


 興奮冷めやらぬ彼女は、獲物を見つけたかのように嬉しそうに鞭を鳴らす。


「「え?」」


 二人がひさ子の目線を追うと、そこには身を寄せ合って震える吉佐と太右衛門の姿があった。


「「ひ、ひぃぃいいいいい!!! 見つかったぁ!!」」


「だ、だから、早くずらかろうって」


「だ、だって、腰が抜けて……」


 怯える二人の所へ、ひさ子は鞭を鳴らしながらゆっくりと近づいていく。


「まだまだ、体の疼きが収まらないのよね…… あんたたち、結構頑丈そうね。だったら……」


「「……だ、だったら?」」


「強めにやったって、……壊れない、よね?」


 妖しい笑顔で、怖ろしいことを口走りながら。


「「た、助けてぇえええ!!」」


「……止めないの? あれ(汗)」


「……巻き込まれそうだから、やだ。……うん!?」


 ここで藤兵衛はあるものが目に入った。先ほど凛が投げつけた樽が屋敷に向かって転がっており、いつの間にか樽の栓が外れ、黒い粉状のものを垂れ流していたのだ。


(も、もしかして…… あれは火薬か!?)


 更に線となった黒い粉のそばで、かがり火が今にも崩れ落ちようとしている。


「げ!」


「え? 何?」


「え、ちょ、ちょっと……」


 凛は気付いていないが、ひさ子は異変に気付き顔が引きつった。


 ちょうどその時、主水率いる奉行所の面々が表門を打ち破って中へとなだれ込んできた。


「だ、大丈夫ですか!? ひさ子殿ぉ!!」


 主水の叫び声が聞こえた藤兵衛は、このままでは大惨事になると判断し、力の限り叫んだ。


「み、皆! 伏せろーーーーー!!」


 反射的にひさ子、そして主水や部下たちも伏せ、自身は凛を庇うように抱きすくめて地面に伏せた。


 ____ガララララ……


 ほぼ同時にかがり火が崩れ、火薬に引火。シュルルルと音を立てて火が走っていく。そのまま樽に火が届くと……


 ____どごぉぉぉおおおおおおん!!


 ____ずごぉぉぉおおおおおおん!!


 凄まじい轟音とともに大爆発が起こる。屋敷の中に別の火薬でもあったのか爆発は幾度も発生し、太右衛門の全財産をつぎ込んだ屋敷は大方が吹き飛んだあげく、火の海に包まれてしまった。


「あ……あ、あ、私の、屋敷が…… 私の、希望がぁぁああ!!!」


 太右衛門は業火に包まれる屋敷を前に、へなへなとへたり込む。爆発で吹き飛んだ木材がゴツンと太右衛門に当たる。だが、何も感じていないのか、呆けた表情で前を見ていた。


「おい! しっかりしろ! 太右衛門!」


 その隣では吉佐が太右衛門の肩を何度も揺すっていた。


(ふ…… 吹き飛んじゃった…… (汗))


 そんな二人の様子が見えた凛。彼らは親の仇であったが、凛は人を深く恨む性質(たち)ではないこともあってか、今回も捕まえて二、三発殴る程度で考えていた。屋敷を吹き飛ばすつもりなど、まるでなかった。


 呆ける太右衛門の姿を見て、なんだかいたたまれなくなり、スタスタと近づくとオホンと咳払いを一つ入れる。


「ま、まあ、形あるもの、いつかは滅する、よ」


 ポンと太右衛門の肩に手を置き、慰めにならない言葉をかけるのであった。


 こうして最後はド派手な結末となったものの、目的はほぼ達したことになった。藤兵衛たちは後の処理は主水たちに任せ、藤兵衛たちは役目は終わったとばかりに現場から立ち去るのであった。


 そして、主水たちの作業が一息ついたころ、


「与力殿! この場に居た者たちの捕縛、終了いたしました!」


部下の一人が報告にやってきた。


「ご苦労様です」


 主水は労いの言葉をかけ、捕らえた者たちの顔ぶれを見て、あることに気付いた。


「……おや? ここの主人の太右衛門と、元同心の吉佐を見かけないですが?」


「え? いたのですか? ……我らは、見ておりませんが」


「そうですか(逃げられましたか)。……よし、わかりました! 今夜はここまでとし、ひとまず奉行所に引き上げましょう」


「はっ」


 肝心の二人に逃げられたことを悔やんだ主水であったが、深追いは危険と判断し、帰路についたのであった。



 ◇



 主水たちが後始末に追われている頃、暗い森の中を二つの影が駆けていた。一人は心ここにあらずの状態で、もう一人がその自失状態の男の手を引いている。


「……ちくしょう! なんだって、こんな目に遭うんだ! もう…… もう、あいつらには関わりたくねえ!!」


 木の枝や葉が幾度も顔に当たるが、味わった恐怖と絶望でもはや感覚が麻痺しているのか、構うことなく走り続ける。


「太右衛門! おい、しっかりしてくれよ、太右衛門!」


「あ…… あはあはあは。月がきれいだなぁ~~。あはははは……」


 吉佐は太右衛門に何度も呼び掛けるがまともな答えは返ってこず、太右衛門の乾いた笑い声が森の中に空しく吸い込まれていった。



 ◇



 あの出来事から数日経った朝のこと。凛は『いろは』の開店準備で店の前の掃き掃除をしていた。ふと掃除する手を止め、あの夜の一件に思いを巡らせる。


(これから、どうなるのかな)


 主水の奔走もあり、阿片を密売していた上野の拠点は潰すことが出来た。だが、主犯の吉佐と太右衛門を取り逃がしたため、またどこかで立ち上げる可能性があるだろうから油断は禁物だ、とお梅婆さんは言っていた。


 また、彼らの後ろについていた『荒覇馬儀』という宗教団体に関しては、捕縛者に対して厳しい取り調べが行われているが臨在たちの口は堅く、全容解明にはまだまだ時間が掛かるだろう、とも言っていた。


 凛は屋敷を爆破した件について何か言われるかと内心ビクビクしていたが、逆に『ファインプレー』だと褒められた。


 あの爆発の様子から屋敷の中にも火薬類があったことが想定され、状況によっては自分たちが屋敷内に踏み込んだところを爆破された可能性もあったらしい。その話を聞いた時は、思わずぞっとしたものだった。


(そういう危ない連中とは、もう関わりたくないな)


 しみじみと思ったところで、声を掛けられた。


「やあ、凛さん、あの時はどうも」


「あ、主水さん」


 振り返ると、そこにはいつもの温和な表情の主水がいた。


「いや~、大変な夜でしたね。……しかし、凛さんはここで働いているんですね」


 言われてみて、店の方で会ったのは初めてだったな、と凛は思い至る。


「ええ、住み込みで働いているんですよ。……そちらの方は、もう落ち着いたんですか?」


「まだまだ落ち着く兆しは見えないですね。今日は、お梅さんのところへお礼も兼ねて経過報告に来たのですよ」


「そうだったんですね」


 ここで凛は一度辺りを見回し、誰もいないことを確認すると主水に顔を近づけて囁いた。


「あの…… ところで、私が裏稼業をしているってことは……」


『秘密にしてくださいね』


 そう続ける前に、主水が手を前にかざす。


「わかってますよ。いろはの人たちには秘密ですね。お梅さんからも言われてますから、大丈夫です」


 相変わらずの人当たりの良い笑顔に、凛はほっと胸をなでおろす。


「……ところで、つかぬ事をお伺いしますが」


 と、今度は主水が辺りをキョロキョロと見回し、もじもじし始めた。


「? 主水さん?」


「あ、あの…… ひさ子さんって、凛さんのお知り合いですか?」


 先ほどまでとはうって変わった態度で、小声で照れ臭そうに話す。


「え? まあ、知り合いというか、ライバルというか…… でもどうして?」


「え!? い、いやいや、大した事ではないんですよ。ちょっと、元気かなぁ? と思って」


 照れ隠しなのか、そのまま笑いながらお梅婆さんの部屋へ早足で歩いていった。これを見た凛は気付いてしまう。


(主水さん…… まさか、ひさ子さんのことを? ……無理よ、絶対止めといた方がいいわ)


 真面目な主水と奔放なひさ子とでは、主水はいいように使われてしまうだけだ。しかもひさ子は泥棒稼業をしており、主水はそれを捕まえる側の立場なのだから、そもそも合うはずがなかった。


(お願い、主水さん。早く目をさまして)


 深入りして後で傷つかないよう、凛は強く祈るのであった。


 ~ひさ子再び・完~ 次話へとつづく

最 後まで読んで頂きありがとうございます。見直しを機に、ひさ子の性格(ちょっと危ないお姉さん)を表現したつもりでしたが、上手く伝わったでしょうか。


 この話よりひさ子は江戸に住み、藤兵衛や凛とあれこれひと悶着を起こしていく予定です。続きも読んで頂けると、幸いです。

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